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封神鬼ガウリ  作者: EZOみん
第四章 封神鬼
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本音

 ブレボ達はただ唖然とするしかなかった。

 怪物は全体的なフォルムは蛭そのものだが、サイズが桁外れだ。ぬらぬらした胴体部分は小さな家一軒に相当する幅があり、全長は軽く二十メートル以上ありそうだった。体表に幾つも肉腫が浮き出ており、身をよじる度に腐汁が噴出している。

 

「こ、これが……コモリガミ様なの……?」

「わけないでしょ。ったく、どこに隠れていたのかと思えば、そういうことだったのね」


 いつきたのか、ブレボの足元にスウィーの姿があった。


「蛭神はね、大公夫人の体内――多分、子宮に隠れていたのよ。つまり、こっちの情報はぜーんぶ筒抜けだったわけ。『わたくしが死ねば、すぐにコモリガミ様も滅ぶ』か。確かに嘘は言ってない。復活させた蛭神に自分の肉を奪われちゃ仕方ないけど」

「しかし、これは以前私が見たモノとはまるでちがう! これは……こんなものが、癒し神だと言うのか!」


 イリマの治療を続けつつ、老司祭は吐き捨てた。彼は神堕ろしの際に蛭神の姿を見ているのだ。

 スウィーは顔をしかめた。

 

「だーかーら、そうじゃないって言ってるでしょ! どうしてこう、アタシの話をちゃんと聞かない奴ばっかりなのよ! 蛭神はもう癒し神じゃないわ。それどころか、厄神ですらない。肉を得たものは、肉に支配される。半実体の存在である神が受肉すれば、神性を失い、ただの化け物に堕してしまうのよ。だから――ほら、見なさい」


 周りを囲んでいた触手が薄れて消えていく。

 蛭神は実体を得た代わりに、影を操る力を失ったのだろう。

 だが、代償はそれに留まらなかった。

 

「肉を得たことで、アレは強烈な飢えに苛まれているはずよ。だからなりふり構わず――」


 蛭神の肉腫が弾け、中からヒトの太股ほどもある巨大な蛭が続々と出てきた。

 

「あんな風に分身を出して、血を集めようとするわけ」




 数十匹の蛭達がガウリに襲い掛かってくる。

 多勢に無勢だ。

 四方から同時に飛び掛られたら防ぎようもなく、一旦吸い付かれれば引き剥がす暇などないだろう。

 

 ガウリは逆に、地を蹴って突撃した。

 

 群の真ん中に通路を切り開くと、そのまま蛭神に見えない腕を叩き付けた。

 蛭神の肉を抉り飛ばして鉤爪の跡が現れ、一拍遅れて血潮を噴出する。

 悲鳴を上げて後退するのを許さず、ガウリは蛭神を追撃しようとした。

 

 だが踏み込んだ足は、床に届かないまま止まってしまう。

 

 それどころか、ガウリの身体はじりじりと下がり、遂には吹き飛ばされて床に転がる羽目になった。

 両者の戦いをスウィーは興味深そうに観戦している。

 

「――防御結界か。アイツの突撃を阻止できるとは、さすが元癒し神。護りの力は大したものね」


 蛭神は背から擬腕を伸ばした。触手と同じような形状であったが、今度は肉を持つ実体の腕である。

 幾本もの擬腕はかわし切れず、とうとうガウリは捕まり、持ち上げられてしまった。

 

 蛭神は擬腕を滅茶苦茶に振り回して、ガウリを壁や床に叩き付けた。

 

 石材が砕けるほどの衝撃を喰らって、ガウリは吐血した。

 たっぷり仕返しをした後、蛭神はガウリを壁に向かって投げ捨てた。


「がっ……!」


 壁に激突し、ガウリは床に崩れ落ちた。

 

――肋骨が何本か折れてしまった。背骨もやられたのか、身体がじんと痺れて動かない。先ほど殺し損ねた分身の蛭達が、血の匂いに惹かれて集まってくる。立ち上がらなければ、奴らの餌食になってしまう。


 いや、それ以前に。

 どうしてまだ自分は死んでいないのか。


「そりゃあ、アンタがフツーじゃないからよ」


 頭のすぐ横にスウィーがいた。

 彼女は批判的な目で倒れたガウリを見下していた。

 

 いつものことだった。

 スウィーはどこにでも現れて、端的に正しいことを言う。

 

 じゃあ、やっぱり自分は怪物に支配されてしまったのか。

 

「アンタって本当に馬鹿ね。封印の呪縛に逆らってそこまで動けるのには感心するけど。いいこと? アンタの言う怪物なんてね、どこにもいないのよ」


 蛭達が寄ってきた。

 スウィーを無視し、もぞもぞとガウリの身体に這い上がると、思い思いに牙を突き立てて血を啜り始めた。


――怪物はいない?


 いるじゃないか。

 何度も声を聞いたし、さっきは爪だって――

 

「だから、それはアンタがやったんでしょ? 初めからアンタの中にはアンタしかいない。封印だって、アンタが感情に任せて暴走しないように施されたものなのよ。怪物がいるとしたら、それはアンタ自身しかいないわ」


 蛭達が血を吸って膨らんでいく。

 段々気が遠くなって、スウィーの言葉が良くわからなくなっていく。

 

――怪物が僕?


 ああ、僕は怪物に乗っ取られて――

 

「だから、違うってのに! お姫様を助けに修練場に行った時のこと、覚えてる? アンタはアタシが怪物の声を聞いたとでも思ったんでしょうけど、そうじゃないの。アンタの本音が顔に出ていたのよ! いい子の振りをしていても、まだまだ修行が足りないってこと」


――本音?


 怪物の声が僕の――ちがう。

 嘘だ。それは嘘だ。

 

「へえ、そう? 怪物の声とやらは、アンタがなにかを我慢している時にしか聞こえないんじゃないの? アンタが心からそうしたいと思ったことには、反対しないんじゃないの? それはそれがアンタの本音だからよ」


 それは嘘――じゃないの?

 

 だって怪物は――いつもひどいことを――あれが僕の本音……?

 それじゃ、僕は――

 

「さぁ、ガウリ。よおく、思い出してみなさいよ。いまならそうできるはずよ。自分の村から追い出される前のことを。アンタがどんな人間だったかをね!」




 田舎を牧歌的に捉えるのは、都会の人間の幻想に過ぎない。

 

 村は自給自足が原則だが、余裕のある暮らしをしている者などほとんどいないのだ。

 口減らしに子供を捨てたり、売り払う親は後を絶たなかった。

 

 孤児達の救済施設もあるにはある。

 

 だが実態は人間牧場に過ぎない。子供を育てはするが、それはあくまで買い手がつくまでの間だけなのだ。

 売られる前は一日中働かされて、水のようなスープしか与えられないこともしばしばだった。

 

 六歳になった時、ガウリは施設から脱走した。

 

 両親のことはなにも知らなかった。

 物心ついた時から施設にいたが、ここが逃げ出すべき場所であることは本能的に察知していた。

 

 無我夢中で走り、やっとどこかの村に辿り着いたが、そこも安らげる場ではなかった。

 

 村人達は汚らしい浮浪児を嫌い、追い払おうとした。

 実際には同情を覚えた人もいたはずだが、それもすぐにいなくなっただろう。

 

 ガウリが盗みを働いたからである。

 

 畑や納屋の作物、家畜だけでなく、家の中にまで侵入して生活物資を盗んだ。

 逃げ足が速く、子供とは思えない怪力で、並みの獣より数段性質が悪かった。

 

 村人は彼を排斥し、うかつに昼間出歩くと石を投げ付けられた。

 追い掛け回されて棒で打たれ、怪我を負うこともあったが、村に寄生する以外に生き延びる方法がなかった。

 

 よってたかって自分を苛む連中を、いつか思い知らせてやりたい。

 

 自分にその力があると気付いたのは、ある晩のことだった。

 村を襲った盗賊の一団と鉢合わせになったのだ。自分を殺そうとした盗賊団を逆に一掃した後、ガウリは力尽きて倒れた。

 

 村人達は彼を『祟るモノ』として檻の中へ閉じ込め、ギルドへ引き渡した。




「ギルドに引き取られた後、アンタは心の中に怪物を作り上げた。そして悪いことは全部怪物のせいにするようになったのよ。自分はいい子なのに、コイツが悪いんだ、ってね」


――そう、か。


 思い出した。

 いや、忘れようもなく覚えていた。

 

 存在全てを否定する蔑みの目。

 口を極めて罵る怒鳴り声。

 村人がガウリを追い払ったのは、怪物を恐れたからではない。

 

 彼が嫌われていたからだ。

 

「アンタが大したことのない地祭神にも過剰反応するのは、封印のせいだけじゃない。力を振るうことで、都合の悪い記憶を思い出したくなかったのよ。盗賊共を殺した時の感情を思い出したくなかった。だからアンタはなんでも当たり障りなく誤魔化して、厄介ごとからは逃げるようになってしまったんでしょ?」


――ああ、そうだった。


 楽しかった。とても楽しんで人を殺した。

 盗賊達を一人一人追い詰めて、夢中で嬲り殺したのだ。倒れなかったら、村の人もみんな殺していたかもしれない。

 

 怪物は強いだって?

 

 いやちがう。怪物は惨めな位に弱い。

 たまたま鋭い爪があって力もあるけど、心は弱い。

 

 凶暴な外見より、心の在り様の方がずっと醜いのだ。

 どこにも居場所がなく、誰からも受け入れられず、心が挫けて捻じ曲がってしまった哀れな奴なのだ。

 

 だから怖かった。

 本音を――醜い自分を見抜かれるのが怖かった。

 

 イリマを嘲笑った奴。

 皆を馬鹿にしていた奴。

 この世界に居場所がない奴。

 

 それは僕だった。

 

 僕は――怪物だったのだ。

 

「そうよ。それがアンタ。それがガウリよ。まずそこから始めないと、アンタはどこにも行けなかった……! やったじゃない。とうとう思い出したじゃない!」


 スウィーはすっかり興奮して、ピンと尻尾を振り立てている。

 こんなに嬉しそうな彼女は見たことがなかった。

 

 でもどうして? 僕はどうして怪物に生まれたの――

 

「それを知るためにも、蛭共に喰われるわけにはいかないでしょ? 枷を外してあげる――さぁ、獲物を喰らいなさい!」


 猫又は心底楽しそうに微笑んだ。

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