三十四話:――とあるおはなし①
「……傷一つないんじゃ、なんか気が抜けちゃうな」
あの後、アウドゥスが鎮座しているであろう、大司教の部屋へと向かっている途中にヒョウゲツと邂逅した。
ヒョウゲツは、砂ぼこりを服や髪に付着させてはいるものの、体に傷が見受けられない。そしてそれは俺についても同じだった。
……まぁ、俺はちょっと服が汚れすぎている節はあるが、それは置いといて。
「なんか、静かすぎないかしら?」
「ああ、確かに……」
俺たちがアウドゥスと対面した時は、あれほどにうるさく喚き散らしていたのに、今は静穏そのものが横たわっている。
その光景に違和感を感じる。――きっと、原因は扉を開けるとおのずとわかってくるはずだ。
扉に手を触れて、こじ開けていく。そこそこの大きさの扉が内側に開いていき、部屋の内装が露わになる。
戦闘の余波なのか、はたまたアウドゥスが暴れたからなのか、部屋の内装は乱れ切ったものだった。そんな部屋の中心で、アウドゥスは倒れていた。
上半身を遺すだけの、死体となって。
「……こりゃなんとも」
「奇妙よね……」
ヒョウゲツと二人で死体を見る。いろいろな角度、方法から検めていくと、アウドゥスの死体に魔力が残っていないことが判明した。
そして、アウドゥスの下半身が存在していただろうと予測される付近には、それなりの質量の砂が散らばっていた。――まるで、下半身がそのまま砂になったかのような。
ヒョウゲツの見立てでは、血液中を――果ては神経すらも通過する膨大な魔力の負荷に堪えられず、魔力が暴走したのではないか、と推測される。
自分以外の何を考えずに、歴史にも類を見ない大事件を引き起こした男に、ある意味お似合の最後ともいえた。
そんな意味でも、俺のコイツへの関心はほぼ零になっていた。あまりにもあわれすぎて、ちょっとドン引きしてしまったのもまた事実であるからにして。
「……帰るか」
「ええ」
ひとまず、この場から離れることを第一にしたのだった。
◇
――教会壊滅。なれど死者は一名のみ。勇者は無事であり、希望は潰えず。
一報が街中に広まるころには、ハリウッドスターよろしく、俺たちの顔も有名になっていた。
無論、ハリウッドスターのような華々しいものではなく、指名手配犯、と銘打たれた茶色い羊皮紙で広まった有名ではあったが。
……正直にいうなれば、別にこの程度どうでもいい。不名誉はもう被りなれた。
だけれども、一つだけ困ったことがある。――そう、調達ができないのだ。食材も、日用品も、果ては今日の宿さえも。
家も日用品もすべて一か月前のあの日に消し飛んでしまった。どうしようか、と途方に暮れまくって、それが今も続いている状態で今に至る。
ちなみに今までは、魔法で姿を偽装して宿に泊まっていた。だが、冒険者活動もできない以上、お金は減っていくばかりだった。お金のアテにしていた、教会のいろいろなものは、冷静に考えれば売却すれば足がつくし。お金は消し飛んでしまっていたし。
――そしてついに、今日の宿代をもってお金が尽きる。
「……どうする」
「どうするもこうするも、こうなったら手段は一つよ……」
心なしかやつれた顔のヒョウゲツを見ながら、俺は次の言葉を待つ。
そして、ヒョウゲツは、見バレ防止用のフードをはためかせながら、びしりと俺のほうを指さして、こういったのだった。
「――時代はモノづくりよ、サトウ」
なるほどな、と思う中で、そんな言葉をどこか胡乱げな目で受け止めている俺がいて。
でも、ヒョウゲツは引き下がりそうにない。目が爛々と輝いてしまっている。
俺はヒョウゲツに引っ張られるようにして、街の外に出たのだった。




