三十五話:――とあるおはなし②
ヒョウゲツに手を引かれるまま、到着した場所は森だった。魔の森程広くはないが、それでも”森”と呼称できる程度には広い。
何をするのだろうか、とヒョウゲツの方を見ていると、不意にヒョウゲツが魔法を発動した。紡がれる風魔法。はじき出される様に風の刃が発生したと思えば、次の瞬間には丸太が出来上がっていた。
……以前にもまして磨かれた魔法の腕は、もはや地上には並び立つ人がいないのではないのだろうか、と思わせるほどに高い。
まぁ、実際は俺の方が高いんだろうけど。それを言うのは野暮というものだ。
「……で、木なんか切り出して何をやるつもりだよ」
「へ、決まってるじゃない? ここまで来て気付かないの?」
俺を嘲笑うような魂胆はそこになく、ただ単に不思議なので尋ねた、と言わんばかりに首を傾げるヒョウゲツ。
丸太を召喚魔法陣に放り込みながら、ヒョウゲツはなおも丸太を生産し始める。
その大量さに、まるで家でも作らんとする意思があるようで……。
……ん? 家?
「……なるほどな。そういうことか」
「ええ、そういうことよ」
理由がわかったら行動は早い。森で木を切りながら、このあと必要なものをリストアップするのであった。
□
それから一日が経過し、家を作るために十分な木材が確保出来た頃。俺とヒョウゲツは、半壊した家の前にいた。
見るも無残な姿になった我が家に、心が少し痛む。この家こそは、俺とヒョウゲツの平穏の証左だった。少なくとも、俺はそう思っている。
さて、そんな家の前にたったヒョウゲツは、おもむろに右手を振り上げた。何をするつもりなのだろう、と首をかしげていると、事も無げに編まれ始めるのは極大の魔法陣。
「ヒョ、ヒョウゲツ……?」
「爆ぜよ」
魔法陣が収縮。使用者が望むままに、爆炎を生じさせた魔方陣は、一瞬だけ光り輝き、そして爆ぜた。
上方向に広がる爆炎。なびくヒョウゲツの銀の髪と唖然とする俺。
やがて収まる爆炎。家があったあたりはなぎ払われており、草一本すら生えていない。まさに不毛の大地。
そんな光景を見つめて、そして満足したのかふぅと一つ息を吐くヒョウゲツ。
「さて、サトウ」
唖然とする俺に、ヒョウゲツは微笑んだ。そんな笑みに惚れるまもなく、ヒョウゲツは召喚魔法陣を起動、先程切り出した木をそこに出現させた。
そんな木を目の前にしながら、ヒョウゲツはさらに風魔法を使って、それを大雑把に切り分け始めた。
「……何を、しているんだ」
「まだわからないの? もう1度家を作るのよ。私たちの」
鈍感ね、とでもいいたそうにジト目をこちらに向けてくるヒョウゲツ。そんなヒョウゲツに、俺はハッとした。
目に、明らかなさみしさが浮かんでいたからだ。
何がさみしいなど、もはや言う必要すらない。家を仕方なかったとはいえ、自分のせいで壊してしまったのだ。
普通の家だったらまだマシだったのかもしれない。しかし壊してしまったのは、俺とヒョウゲツで作り上げた唯一無二の家だ。
そこはヒョウゲツにとって、これ以上ない安らぎを得られる場所だったに違いない。
「……何をやればいい?」
そんなヒョウゲツを見ていたら、俺も何かやらなければいけないような気がした。
ヒョウゲツのためでもあるし、俺のためにも。
「早く作り上げてしまいましょう? 夜が来てしまうもの」
「……ああ、そうだな」
それから先は、言葉なく作業が進んだ。ヒョウゲツに差し出される材木を所定の形に切り出して、それを人をそのまま大きくしたような形のゴーレムに運ばせて。
そんな作業が、だいたい二時間ほど続いた。流石に二度目ということもあって、二時間経った頃には既に家を家として見れるレベルまでには完成していた。
三時間たった頃には、既に内装も完成しており、あとは細かいところを残すばかりと言った状態にまで仕上がる。
ちなみに、前回はログハウス風の家だったが、今回はどちらかというと日本旅館のテイストを含んだ平屋だ。
「……こんなに早く出来るなんてな」
「どうしたら早くできるか、この一ヶ月ずっと考えてたもの。設計図も頭の中に入ってたし、何より私とサトウがより深いところで通じあったのもあるかもしれないわね」
確かに、あの戦いでヒョウゲツのことをより深く知れた気がする。それはきっと、ヒョウゲツと俺の力を合わせて分配する、と言った行為が元となっているような気がする。
それはさておき、ヒョウゲツは召喚魔法陣から小物を取り出した。
「フロアライトか?」
「ええ。これをこの形に配置するのよ」
そう言いながら、設計図らしき紙を俺へと見せてくれるヒョウゲツ。そこには、五芒星を描くように配置されている記号があった。きっとこれがフロアライトなのだろう。
この一ヶ月でヒョウゲツはいろんな知識を身につけたらしい。そこには風水の効果も交えられていて、正直なところこれがもたらす効果は俺すらわからない。
「これはね、認識阻害の効果が込められてるのよ。他者からここを見にくくするの」
「……それって、俺やヒョウゲツにも同じ効果が発揮されるんだろ? 大丈夫なのか?」
「一定以上の魔力を持っている人ならば意味は無いわよ。だいたい、アマツくらいの魔力で見えるくらいになってくるのかしら」
「……ふむ、なら問題ないな」
じゃあ置いてからくつろぎましょう、と俺に笑いかけてくるヒョウゲツ。
玄関に入って、奥へと向かっていくヒョウゲツを見送りながら、俺は手元のフロアライトを眺めた。
中央に光の石が埋め込まれた、単純な構造のフロアライトだ。しかし、単純だからこそ機能的。そこには確かな、近代的な思想があるような気がする。
(近代的……か)
薄ぼんやりと光を放つフロアライトに吸い込まれるように、思考の坩堝へとハマっていく。
……そう、もう条件は整えられている。やろうと思えば、俺には既に実行できる程度の準備がある。
でもそれは、許されない裏切りだ。そして、絶対に俺が後悔する選択だ。だけど、俺の心は、そしてアイツらは、それを望んでいる。
話すべきだろうか。どうなのだろうか。俺は迷っていた。
ヒョウゲツが戻るまで。その顔が、慈愛を感じさせるものに変わっていたのを悟るまで。




