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十九話:銀色の蜜月がのぼる空

部屋で、とは言ったものの、今日は天津と柊木が泊まっているのだ。下手なことはできないし、やるにしても音は最小で済ませなければならない。そのことをヒョウゲツに伝えて、今日はさすがに無理なんじゃないか、と言うと。


「風魔法でどうにかなるわよ? そのくらい」


 と、なんともなしに返された。……もはや、退路は絶たれたに等しかった。先に部屋で待っていると、まだ風呂の中に入っているヒョウゲツに伝えて、俺はそそくさと部屋へと戻った。

 以前小説で、同じようなシーンを読んだときは、男なら期待に胸を膨らませるばかりだろう、なんて思っていたが、実際体験してみるとそうでもないらしい。むしろ緊張やら不安やらで胸がいっぱいになってしまう。

 そんな緊張を誤魔化すように、壁に立てかけていた贋作聖剣を磨く。刀身を磨いていると、なんだか心が落ち着くような気がした。よし、このまま精神を鋼のように研ぎ澄ませて、冷静になるぞ――。


「……サトウ、入るわよ」


――なれませんでした。

 扉を開けてこちらへとやって来ようとするヒョウゲツ。俺は手入れに使っていた布と贋作聖剣を素早く元の状態へと戻して、ベッドに座る。そして、扉がゆっくりと開いた。

 ヒョウゲツの格好は、少し厚手のバスローブのようなものだった。ほほの赤みが僅かばかり残っているところを見ると、風呂を上がってそこそこの時間が経っているようだ。髪の乾き具合を見るに、髪を乾かして、梳いていたのかもしれない。

 そのままベッドに腰掛ける俺の方へと歩いてきたヒョウゲツ。いつもと違う、どこか妖艶な雰囲気をまとったヒョウゲツに、心拍数が跳ね上がる。漂ってくるのは、いつもの甘くて、どこか太陽を思わせる匂いではない。花の弾けるような、香り高い芳香だ。

 女性らしい匂い、といえばそうなのだろう。柔らかくて、華々しくて――どこか淫靡。日頃の太陽のようなヒョウゲツは形を潜めており、この場に静かに佇むのは、月のようなヒョウゲツだと、俺は思った。


「どうしたの、サトウ? なんか硬いわよ?」

「ど、どこがだよ……!」

「どこがって、表情に決まってるでしょう? ……そんなに私とするの、嫌だったかしら」


 目に見えて落ち込むヒョウゲツ。無論、そんなことは無い。俺だって健全な男子高校生だし、そういうことに対する興味や欲望だってある。俺の表情が硬いのは、そんな憧れを前にした、焦りにも似た何かだ。


「嫌じゃない」

「だったら、どうして表情が硬いのかしら」

「……こういうことするの、初めてだから。そりゃ、表情も硬くなるよ」

「そうよね、実はわかってたわ。……意地悪してごめんなさい」


 ヒョウゲツは、そう言いながら子悪魔のような微笑を浮かべる。そんな表情にドキッとしてしまうし、もういい加減、ときめきで死んでしまうんじゃないか、と思うほどに、心臓は跳ねていた。


「でも、ちょっと緊張は解けたでしょう?」

「……そうだな。ちょっと気が楽になった」

「そうなら良かったわ。じゃあ……」


 おもむろに、ヒョウゲツがベッドから立った。細く、白い腕が、ヒョウゲツ自らの肩にかかる。ゆっくりと、確実に――白魚のような指が、ヒョウゲツのバスローブを脱がしにかかっていた。

 まるで一秒が十秒にも思えるほどのスローモーションで、俺の視界はその過程を捉えていた。白い肩から、するりと落ちていくバスローブ。背中の白いライン、形のいいお尻、スラリとした脚線美を描く脚。振り向いたヒョウゲツの、青く潤む瞳。ふわりと、風と踊るような銀の髪。そして微笑。

 そんなヒョウゲツに、見惚れて……。まるで、蝶に手を伸ばすように、ヒョウゲツの肩に触れる。柔らかくて、華奢で――。元とはいえ魔王とは到底思えない。今日の家建設までの流れと言い、半日でDランク冒険者までランクをあげた時と言い、俺はこの細い肩に凄まじいまでの苦労を被せてしまった。

 そのことについて申し訳ないと思うけど――その結果として、今の俺のこの気持ちがあると考えると、感謝もしたい。ヒョウゲツがそこまで献身的じゃなかったら、きっと俺は今頃、ヒョウゲツをただの友人としてしか見ていなかっただろうし。


「サトウ……」

「……どうした?」


 ……ヒョウゲツが、薄く目を閉じて何かを期待するように頬を紅潮させた。

 さっきは、ここでヘタレてしまったけれど、今は行けそうな気がする。雰囲気というのだろうか。とにかく、何か大きい力が――勇気が、俺の背中を押しているような気がした。

 目と目、手と手、そして鼻。近づくにつれて、爆発しそうな程に跳ねる心臓。ゆっくりと、それでも以前とは違い、確実に顔を近づける俺。ヒョウゲツの顔が視界いっぱいに広がって、何にも形容しがたい、とてつもない幸せに包まれた。

 ああ、これから俺は、ヒョウゲツと一緒に溶けていってしまうんだろうな。なんてことを、多幸感の中で思った。そしてそれはきっと楽しいんだろうな、幸せなんだろうな――鮮やかな未来を思い描くように、俺はヒョウゲツの唇へと、自らのそれを触れさせた。


 そうして、俺たちは蜜月の時を過ごした。


 ……その日のヒョウゲツは、とにかく激しくて、まさに精魂尽き果てるという言葉が似つかわしいほどに、俺を骨抜きにしたのだった。


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