ある男の回想録46:心を、命を、忠誠を
必ず後の世にも語り継いでゆく。命の限り。
繰り返し繰り返し、あの方が再びこの地に、あの笑顔で現れるまで。
「あれすげーな!!」
「そ、そうだな……!」
突然空に見えた幾筋もの光。
それが何かわからずとも、クダヤ中の人間が目撃したはずだ。いや、クダヤだけではない。
もっと情報が欲しくて、俺は今カセルに引きずられるように遠見の装置のある部屋まで駆けあがっている。
足がもつれる……!
なんとか到着し、その勢いのまま部屋に飛び込むとすでに領主様がいた。
「領主様」
「方角的にミナリーム、恐らくリンサレンスに最古の魔物が現れたのだろう」
「やはりそうですか」
「のろしが上がっているから事は済んだようだ」
「では先程の光は……」
「恐らくヤマ様のお力だろう」
俺はぜえぜえと息を整えながらもカセルと領主様の会話を聞き洩らさないように耳を澄ます。
カセルはなんで息切れひとつしてないんだよ……!
「最古の魔物は退治されましたか~。さすがヤマ様のお力ですね!」
「急ぎ感謝の気持ちをお伝えしなければ」
「いいですね! 祝いの祭りですか?」
「ヤマ様を崇め奉る祭りは多すぎるという事はないからな」
何やら盛り上がっているカセルと領主様。
そこに風の族長も飛び込んできた。
「カセルも来ていたのか。ではあれは……」
「ヤマ様が最古の魔物を退治されたようです!」
「やはり……!」
監視担当の風の一族も加わり、皆興奮しながら先程の出来事について話し合っている時にそれは起こった。
覚えがある体への衝撃。
「え? ぅわ……!!」
咄嗟に床に伏せるが、視線を向けなくてもわかった。
ある方向から強い光が差し込んでくる。
「光の柱……」
誰かが呟いたのをきっかけに領主様の姿が一瞬にして視界から消えた。
「神の島! アルバート港に急げ!」
「お、おう!」
あっという間に小さくなるカセルを追いかけ先程のぼってきた階段を数段飛ばしでおりる。
「アルバート、大丈夫か?」
残って監視担当にあれこれ指示を出していた風の族長にもう追いつかれた。
「はい……!」
「先に行っているぞ」
いつ見ても爽やかでかっこいい笑顔で風の族長もあっという間に姿が見えなくなった。
「よし……!」
気合いを入れて1階を目指す。
何とか1階にたどり着き城門まで来た所、俺の為に馬車が待っていてくれた。
「早く乗りなさい!」
馬車の扉を開けてイシュリエ婆さんが叫んでいる。
「は、はい!」
そのまま馬車に倒れ込むように乗り込み港に向かった。
「あの時の神よ、きっと!」
「もしかしてまた違う神かもしれないぞ?」
「生きている間に何度も神をこの目に出来るなんて……」
到着した港にはすでに街のお偉いさん達が揃っていた。
水の族長がとても騒がしい。
同じくいつも騒がしい地の族長が見当たらないと思ったが、海に浮かべてある船の上で領主様と一緒に待機していた。
準備万端だな……。
迷ったが、カセルも一緒に乗っているので俺も船に向かう。
光の柱はまだ消えずに神の島に――――なんだ……? 神の島の上空に光が反射している……?
「…………!?」
光の塊が動いている。
それはどんどん大きくなって……鳥……? いや違うあれは……あれは何だ……!?
退避の合図が鳴り響いている。
しかしこの場にいる人間は誰も身動きが出来ず固まっている。一族の人間ですら。
それから目が離せないのだ。
それはゆっくりと港の上空で旋回している。
建物を、いや港全体をもすっぽりと覆えるであろう光り輝く生き物が空を飛んでいる。
何だこの光景は。ありえない。あの大きさの生き物が空を飛ぶなんて――
「あっ……!?」
その生き物から何かが剥がれ落ちたように見えた。
それは真っ直ぐに落ちてくる。
人だ……!
信じられない……! 羽が……羽を使って空を飛んでいる!
そしてそれは真っ直ぐにこちらに向かって――
「え……? ヤマ……様……?」
目の前に降り立ったその人はヤマ様によく似た顔をしていた。
しかし守役様のような羽が生えており、さらに御髪の色が神の宝石と同じだ。
目の色も……あんな深さを湛えた赤ではなかったはずだ。
だが、手には以前見せて頂いた神の武器を持っている。爪が青い。手の甲にはヤマ様と同じ紋様が――
「アルバートさん」
「あ……」
声が……ヤマ様の声だ。
「たくさん食べて、たくさん遊んで、たくさん寝て、たくさん仕事して、更に良い男になって下さいね」
「えっ?」
「嫌な事ははっきりと嫌だって言うんですよ」
「え? え?」
「真面目な所が素敵ですよ。体力が無くても何とかなります。あ、でも健康は大切です」
「ヤマ様!!」
ヤマ様の突然のお言葉に理解が追いつかずあたふたしていると、領主様の声が聞こえてきた。
領主様のあんな切羽詰まったような声は今まで聞いた事が無い。
そしてあっという間に領主様とカセルがヤマ様の前で跪いた。
それを見てこちらを遠巻きにしている周りの人々も。
「えっあっも、申し訳ありません……!」
慌てて俺もそれに倣おうとするが、ヤマ様に腕を掴まれた。
「そういうのは無しで。今日は友人としてお別れを言いに来たんですから。お2人も立って下さい」
お別れ……?
「サンリエルさん、カセルさん、アルバートさん、色々とお世話になりました。すべての方にお礼を申し上げたいのですが、時間がありません」
ヤマ様が少し悲しそうに目を伏せた。
「……これから神々の戦いに身を投じる事になりました。生きて戻れる保証はありません」
俺はもちろん領主様もあのカセルも息を呑んだまま何も言えない。
「もちろん諦めるつもりはありませんが……お元気で。――アルバートさん」
「は、はい!!」
「もっと自分に自信を持ってくださいね。アルバートさんは年を重ねるにつれて女性人気が高まるはずです」
そう言ってヤマ様は俺に向かってうんうんと頷いている。
「カセルさん」
「はい……」
「特に言う事はありません。このままずっと人気者の人生を歩んでください」
「なんですか……それ……」
カセルが……あのカセルの泣き笑いの顔を見られるとは。
「サンリエルさん」
「私はずっとお待ちしております。力を結集して不老不死の妙薬を必ずや生み出します」
いやあの領主様……。
「あーうん。その薬は悪用しないで下さいね。お店なんかのあれこれはサンリエルさんにお任せします」
領主様、ヤマ様が苦笑されてます……!
「御使いがいなくなることにより他国との関係がどう変化するか分かりませんが……クダヤの人達なら大丈夫だと信じています。エスクベル様はもちろんいらっしゃいますけどね。それでは健やかで良い人生を」
笑顔のヤマ様が数度羽をばたつかせ空へ。
「ヤマ様……!!」
無意識に声が出た。
ヤマ様は問う様に俺を見下ろしている。
「……た、楽しかったです!! 毎日すごく……! ありがとうございます! い、命を繋ぎます! 結婚して子供を、子孫を……ヤマ様の事を語り継ぎます……! 待ってます!!」
何度か声が裏返ってしまったが、気持ちは伝えられたと思う。
ヤマ様はこちらをじっと見下ろし――
突然、目の前が輝く色彩に包まれた。
「……!!」
俺は今、ヤマ様に抱きしめられている。
「私もとっても楽しかったです」
ヤマ様が……泣いている。
「ありがとうございます」
子供のような泣き顔のままヤマ様は光の柱に向かって飛び立った。
あの大きな空飛ぶ生き物――おそらく守役様だろう――と共に。
そして光の柱と共に消えた。




