近い近い
「わ!?」
本能のまま出た驚きの声に周りにいたガルさん達はさっと私の視線の方向を振り向いた。
「領主様だ」
え!?
「また何をやってるんでしょうかね」
のんびりとガルさん達は談笑しているが、こっちはそれどころじゃない。
その飛び降りた領主様とやらがこちらに向かってきているからだ。
ほんとに何やってんだ。
「どうした」
第一声がそれですか。
こっちのセリフだわ。
「ジーリに連れて来てもらったそうですよ~」
にこやかなガルさんとこちらから目を逸らさないサンリエルさん。
どうしよう、なんて説明しよう。
困って何も言えずにいると、ジーリさんが慌ててこちらに向かってくるのが見えた。
「領主様! 急に飛び出して理の族長がお怒りですよ」
そしてその後ろから風の族長であるティランさんも姿を現した。あ、カセルさんもいる。
「地の族長の声が聞こえてな」
困った顔でティランさんが教えてくれた事により、サンリエルさんがここにいる理由がわかった。
「窓から飛び降りたので驚きました」
「飛び降りてましたね~」
そっと近づいてきたカセルさんに報告すると、はははと爽やかな返答が。
いつ見てもモテ男オーラを振りまいている。
そして「ジーリさんに連れて来てもらったそうですが何か問題でも?」と当然のごとく質問された。
だよね。
「……港のお店を色々と見て商売に活かそうかと。ちょうどジーリさんがお仕事で港に戻る予定だったので案内してもらいました。……ミナリームの方達の噂も聞いたので新しい商売のきっかけになるかと」
ジーリさんを見ながら何とか説明をひねり出す。
「そうなんです」
ジーリさんも柔らかい笑顔で話を合わせてくれた。
そして『ミナリーム』というキーワードを出した事によりサンリエルさんとカセさんも私の意図を何となく察してくれたようだった。
「献上品の品質が向上するのは良い事だ。部屋でジーリと少し待てるか? 後で港を案内するが」
サンリエルさんのいきなりの提案に、私の事を商売熱心だと褒めていた騎士達が驚いた。
「領主様、この子中に入れるんですか?」
だよね。正体を知らない人の認識では、最近住民になった元はユラーハンの人間だもんね。
ちょっとひいきが過ぎるよね。
「ヤマ様が大変お気に召している献上品を取り扱う商人だ。多少の便宜を図っても問題はない。ヤマ様にお仕えする我らの役目だ」
「御使い様の為ならしょうがないですね」
「そうだな」
え、うそ、そんなあっさり信じる……?
しかも領主自らの港の案内とか必要ないんですけど。
一族の血こわい。
しかし「ご利益を分けてくれよ」とネコ科騎士達に肩をばんばん叩かれて握手をされてドギマギしている間に話は進んでしまっていた。
私のあほ!
ネコ科騎士達と別れ――ガルさんは残りたそうにしていたが――執務室がある建物の一室に案内される。
部屋にいるのはヤマチカの生き残り設定を知っているメンバーだけだったので、カセルさんが扉を閉めたのを見計らって小声で説明をする。
「本当はミナリームの人達の様子を確認して御使い様と守役様に報告するつもりでした」
ジーリさんとティランさんははっとした様子で視線を交わし合っていたが、お互いに秘密を知っている事を理解したようだった。
それにしてもややこしい。
御使い本人である事を知っているサンリエルさんとカセルさん、生き残り設定のみ知っているジーリさんとティランさん。
混乱しないように気をつけないといけない。自業自得だけど。
「ですのでミナリームの方達の今後の予定を教えてもらえれば助かります」
決定権を握っているサンリエルさんを見ながらお願いする。毎度毎度ごめん。
「ミナリームの者達が神の社に拝謁したいと希望を出している。その際に近付く事はできる」
お、尾行しちゃう感じ? 面白そう。
「ではその際にひっそりとどのような方達なのか確認させてもらいます」
スパイゲームの始まりだぜ。
「良かったね」
にこにこしているジーリさんにこっちもつられて笑顔になる。
ティランさんも素敵な微笑み。かっこいい。
「私の尾行の才能が開花するかもしれません」
「すごいすごい」
「はは、それは楽しみですね~」
ジーリさんとカセルさんと盛り上がっていると、サンリエルさんが急に近付いてきた。
「ジーリは飲み物を持って来るように。カセルは執務室に置いてある焼き菓子を。風の族長は話し合いに戻り進行役を」
おお?
「領主様は戻られないのですか?」
そうそれ。ティランさん、私もそう思う。
「私は後で戻る」
いや今戻った方が……。ミナリームの人達びっくりしてるよ。
この場にいるサンリエルさん以外の全員がそう思ってるのは表情を見ればわかる。
「……長くは待たせない」
私が真顔でじっと見つめていたのが功を奏したのか、そっと視線を逸らしてサンリエルさんはティランさんと部屋を出て行った。
「じゃあ飲み物持って来るね。冷たいのにする? 温かいのにする?」
「冷たいのでお願いします」
「私は領主様特製の焼き菓子を持ってきます」
そして私はこの部屋に1人残る事になった。
スパイならこの隙に機密情報を盗みに行くんだろうけど、私の場合部屋を1歩出た瞬間に見つかる予感しかしない。




