ある男の回想録45:歴然とした違い
ヤマ様からミナリーム降臨について聞かされた3日後に、ミナリームから表向き人質の家族と使者がやって来た。
到着の前日に届いた書簡に使者も伴ってやってくる事はあらかじめ記されていたが、まさかこんな大物がやってくるとは思わなかった。
「此度使者の役目を仰せつかっております、メルヒオール・ヨーゼフ・アイト・ホフマンと申します」
船から降りた途端丁寧に頭を下げたのは、中年の、黒一色の風貌と装いをした男性だった。
ひと目で権力を行使するのに慣れている人間であることがわかる。
「ホフマン……国の運営に携わる重要な仕事を代々引き継いでいらっしゃる家系では?」
門の外の船着き場まで出迎えた理の族長が尋ねる。
ミナリームに神の御使いが現れたという噂が商人からも流れ始め、興味を持った父達が祖父に、ミナリームの貴族についてあれこれと質問していた中に確かそんな名前が出てきた。
「先祖の偉大なる功績の恩恵に未だ与っているだけでございます」
そう言いながら真面目な顔を崩さない男性は、前回来た王の親族である事で威張り散らしていた余計な事しかしなかったあの男性とはずいぶん違う。
「門前払いをされても文句は言えない立場ではございますが、こうしてお出迎えまでして頂き感謝致します」
とても丁寧な対応に理の族長も少々面食らっている様子だ。
顔には出していないが何となくわかる。いつもの攻撃性がなりを潜めているというか……。
それもそうだろう。これまでミナリームの権力者がこんな態度を取る事なんてなかったからな。
クダヤ側もミナリームに関してはうるさい虫程度にあしらってきたので、どんな人柄の貴族がいるのか詳しく知ろうともしていなかったようだし。
ミナリームにもこんな貴族が残っていたんだな……。
それともヤマ様のお力を目の当たりにして方向転換したのか。
「御使い様のご意向ですから。――そちらのご家族がそうですか?」
理の族長がホフマン氏の後ろに控えていた人達に視線をやりながら話しかける。
「も、申し遅れました、私クルト・ルーデンスと申します! 矮小なる身ではございますが、先だっての会談での出来事も含め、愚かなる振る舞いの償いをさせて下さい。誠に申し訳ありませんでした……!」
勢いよく謝罪する青年は確かにあの時見た青年だった。
俺より3、4歳ほど年上に見える。
「あなただけの罪ではありませんが、御使い様の恩情に感謝して下さい」
ホフマン氏もルーデンスさんも、ご家族の方達もひっそりと頭を下げている。
ご家族の方はとんだとばっちりだよな……。あんな小さな子まで……。
こちらに移り住んだ方が安全なのはわかっているが、生活が激変して大変だろう。
「簡単にではありますが、家族を紹介致します。父の――」
ルーデンスさんは両親、妹と紹介していき、最後の女性の所でややためらった。
「ノーラ……ノーラ・ヒューグラーです」
「あら?」
1人だけルーデンス姓を名乗っていない女性の存在に理の族長が声を上げる。
「彼女は……私の婚約者でして……近いうちに妻になります」
「おい、お前に似てると思ってたけど全然違ってたな。奥さんだって」
突然にやにやとした顔でひそひそと話しかけてくるカセル。
もちろん無視した。
「妻? ここでの生活はこれまでのような華やかなものではありません。貴女はそれでいいのですか?」
理の族長が婚約者の女性に問いかける。
「はい。クルト様は私の為に婚約を解消しようとなさったのですが、私が無理を言ってついて参りました。夫の支えとなるのは妻の役目です。皆様のお役に立てるよう精一杯務めさせて頂きます」
「へ~。大人しそうな顔してやるなあ~。男受けしそうな繊細な美人顔だよな~」
……カセルがうるさい。
「そんな女性に好かれてるのか~。あっちのアルバートさんは」
とうとうカセルを力いっぱい睨む。
「……俺だってそのうち……」
「そうだな。あのおじいさんの孫なんだから男が羨ましがるそりゃあ素晴らしい女性を捕まえるんだろうな~」
「……べ、別に俺にとって素晴らしければそれでいいだろ……」
しかめっ面をしながらカセルを睨む。
が、あちらとのやり取りを終えた理の族長が急にこちらに話を振ってきた。
「こちらの2人とは一度お会いになっていますね。――拝謁許可を得ている“風”のカセルとアルバートです。港までご案内致します」
「よろしくお願い致します」
「お任せ下さい」
「よ、よろしくお願い致します」
急な事でどもってしまった俺とは違い、すらすらと馬車に案内しているカセル。
さっきまでにやにやしていたのに……。
どこか悔しい思いをしながら馬車に乗り込む一行を目で追っていると、唇をかみしめながら緊張した様子でスカートを握りしめている、妹と紹介されていた女の子が目の前でつまづいた。
「あっ……!」
「あ」
1番近くにいたのが俺だった為、素早く反応できずにその子は地面に手をつく形になってしまった。
そしてその事をきっかけに、堪えていたものがあふれ出したかのように泣き始めた。
「おか、おかあさま……」
「あ……怪我はない?」
子供相手に仕事をしていた時のように咄嗟にハンカチで涙を拭き、怪我をしていないか調べる。
「も、申し訳ありません!」
慌ててお兄さんがこちらに駆け寄って来る。
「いえ。随分と賢い子ですね。――あんなにきちんと挨拶できるなんてすごいね」
急な生活の変化とこの雰囲気にこの年でここまでよく耐えたと思う。
俺だったら無理だ。きっと姉か母の後ろに隠れてめそめそしているだけだったと思う。
「……うん」
ハンカチで涙を拭いていると、俺の服をぎゅっと掴んでくる女の子。
そのまま手を引いて馬車に乗せようとすると、足にしがみついてきた。
「リ、リタ! やめなさい!」
「構いませんから」
俺にとっては少し重く感じたが、そのまま抱き上げて馬車に一緒に乗った。
「子供には好かれるのになんで同年代の女性は駄目なんだろうな~?」
……こそっと話しかけてきたカセルには後で肩からぶつかろうと決意した。思いっきり。




