八章 船出前の乾杯
相談の結果、出発は夕食を摂ってすぐに決まった。全ては取り憑かれた僕を一刻も早く解放したい皆の総意の決断で、非常に申し訳無く思う。
「済まないなクレオ。私のせいで」
「いいえグリューネ様。これも人助けだと思えば悪くありませんよ」
お人好しが過ぎるかもしれないが、エレミアに帰ればきっと良い思い出になるだろう。ディーさんに話せる冒険は一つでも多い方がいい。
僕が屋敷にも政府館にも帰れないので、晩御飯はリサさんも入れて七人で(食べるのは六人)外食する事になった。
「クレオさんは何がいいですか?」リサさんが尋ねる。
「何でも構いませんよ」
「も~、駄目ですよそう言う優柔不断は~!」
頬を膨らませてプンプン!怒るポーズ。
「だってデイシーさん。そもそも僕、シャバムで夜どんな店が開いているのか殆ど知らないんですよ?」
「そう言えばあんた、ディナーの外食はジュリトの店一回だけね。いつも夜遊びもせず屋敷で大人しくしているし、無理無いわ」
同居人のフォローに新聞記者は、だったら仕方ありませんね~、納得してくれた。
「靭さんの屋台に行くには人数が多過ぎますし~、う~ん……カーシュ君達は何処か良いお店知りませんか~?」
「居酒屋でもいいなら一軒あるぞ。商店街の端にある『B・B』。この間行って結構良かったよなアレク?」
「ああ。居酒屋と言うよりレストランだな。子連れもいたし、酒は一応置いてある感じだ。多分リサちゃんでもい易い雰囲気だと思う」
話を振られた保護者が未成年者への配慮を付け加える。
「あ~、あそこなら私も新聞社の先輩達と何回か行った事あるよ~。チーズフォンデュが美味しいね~。誰か別案はありますか~?―――は~い、じゃあそこにしましょう~」
移動の間、僕はまだ片手で足りる程しか歩いた事の無い夜の街を興味深く観察した。あちこちで忙しく露天を切り盛りしているのは不死族の人達かな?皆、元気になって本当に良かった。
途中で靭さんのラーメン屋に挨拶しに行く。美味しそうな匂いの湯気を周りに撒き散らしつつ、彼はバイトの人と共にせっせとラーメンと新商品の焼き餃子を出している。縮れ麺を湯掻きつつ、僕等へ何時でも食べに来るよう言った(特にリサさんへは念を押して)。
ようやく陽が完全に落ちた頃、『B・B』に到着。入口に大人っぽいムードの陶器ランプが灯り、良い雰囲気が醸し出されている。早くも入るのが楽しみだ。
「邪魔するぜ」暗褐色のドアをカーシュが開ける。
三人の事前情報通り、お酒を飲む所と言うよりはレストランだ。まだ早い時間のせいか、客は中央のボックス席に二人だけ。
キッチンから物腰の柔らかい初老の男性が現れ、いらっしゃいませ、と言った。
「今日は大勢でお越しで。奥へどうぞ」
「ありがとうございます」
僕等はどん詰まりの八人掛けテーブルに通され、適当に腰掛ける。僕はキッチン側の右端。左隣はアレク、目の前にはカーシュ。意識した訳ではないが、男女が固まって座る結果になった。
「ほらメニュー」対角線上にいるルザがテーブルを滑らせて一枚渡してくれる。へえ、ディナーだけあってチーズフォンデュとかシチューのパイ包み、比較的こってりした物が多いな。アルコールは頼まないとして、そこそこ安くて普段食べられないような料理は……。
「じゃあ僕はシーフードピラフをお願いします」
「お、いいな。俺はそうだな……取り分け用にシーザーサラダ。あとペンネアラビアータとビールで」
「おい」
軽く怒りを含んだ義兄弟の声に、アレクは涼しい顔で応じる。
「運転するのはお前だろ?俺達はアルコール頼んでもいいはずだぞ」
「まぁそうだが……くそ、俺はカルボナーラ頼む」
男性陣と違い、女性三人は和気藹々とメニューを見て相談している。
「チーズフォンデュと、あとは……マルゲリータピッツァを一つ頼んで、皆で分ける?」
「そうですね。あ、私この白身魚の香草焼き味見したいな。デイシーちゃん半分食べてくれる?」
「いいよ~。カクテルは私がカルーアミルクで~、リサちゃんはカシスオレンジがいいかな~?」
「え?デイシーちゃん、私未成年だよ?飲めない事は無いだろうけど……美味しい?」
おや、意外と乗り気発言。以前の彼女なら確実に断っていた場面なのに。実はお酒に興味があったのだろうか?
「オレンジジュースと一緒だよ~。チャレンジしてみる~?」
「そうね……うん、お願い。ルザさんも何か頼みますか?」
「もうデイシーってば。責任持って家まで送り届けるのよ――じゃあギムレット」
「おい、滅茶苦茶度数の高い奴じゃねえかそれ!?」同級生が思わず声を上げる。
「死人だから別に平気よ。不死族達だって何杯飲んでも潰れないでしょ?――そんな不安そうな顔しなくても大丈夫。生きていた頃からアルコールは強い方なの」そう答えてウインク。「あんたも飲んでみたら?」
「いえ、僕は」
ケラケラ。
「冗談よ。幾ら人間臭くても、機械は酔えないわよね」
その通り。母がそんな機能を付けているとは思えないし、口にして故障を招いても困る。
「じゃあ俺とお前は烏龍茶でも頼むか」
「そうですね」
カーシュに賛同すると、それまで姿を消していた老人がフウッと僕の隣に現れる。
「おい小僧」耳元で囁きながら、店員を呼ぶベルを押そうとしているルザを指差す。「本当に死人なのか、あの娘?」
「え、ええ。ああ見えて心臓が止まっているんです」
するとお爺さん、意志の固い目をしばたたかせた。予想外の返事だったらしい。
「どうしたんですか?」
「いや……そうだな、不思議ではないか……しかし、確か第七はもう……」
一人悩む彼はベルの音と同時に消えた。訝しげにアレクが眉を寄せる。「何訊いてきたんだあの爺さん?」
「ルザがその、本当に死んでいるのかと」
予想外の答えに軽く目を剥く。「はぁっ?自分だって死霊だろうが」
「自覚は薄いみたいだけどね」当人も話に加わる。「でも第七、なんて言い方するって事は、少なくとも二百年は前の人間だわ。不死省が設立された後は死語になったはずだから」
そう言えば僕達、未だにお爺さんの名前を知らない。有能なトレジャーハンターなのは間違いないけれど……まさか、本当にアレクの尊敬するユアン・ヴィー?いやいや!享年ぐらいに見えなくもないけど、伝説の人にしては嫌味が過ぎる。大体彼がそうだとしたら、保護者は確実に再起不能な程幻滅してしまうだろう。
「お待たせしました。御注文はお決まりでしょうか?」
僕と同い年ぐらいの店員がお冷を配りながら尋ねた。
「あ、はい」
それぞれの注文を手際良く伝票に書き付けていく店員。最後に復唱し、間違いが無い事を確認する。
「では先に飲み物とサラダをお持ちしますね。――それと、お客様方と相席したいとあちらの方々が」
先に入っていたボックス席を指差すと、見覚えのある乳白色のローブと金のアクセサリーの端が覗いた。
「もしかして女の人ですか?」
「はい。その……実は、一人は有名な預言者先生でして。既に店長が占って頂く約束を」
『ル・モンド』の時と同じ手だ。断って店に迷惑を掛けるのも悪いし、僕達はOKを出した。
「申し訳ありません。ではお連れします」
店員が承諾の返事を胸にボックス席へ向かう間に、僕等は一つずつ奥の椅子に座り直した。手前の左右を一席ずつ空けた形だ。
「まるでストーカーね。あんたの行く所行く所出没してるもの」
「まさか預言の力を使って……?」
いや。夕食をここに決めたのは、あくまでカーシュの提案があっての事だ。彼が買収されている訳は……多分無い。
「充分有り得ると思います」意外にも同意したのはリサさんだ。「あの人、クレオさんの事好きみたいだから」
薄々勘付いてはいたが、やっぱりそうなのか……困るな。僕にはもうシルクさんがいるのに。
「こんばんは。偶然ね、こんな所で会うなんて」
常の悪戯っぽい笑みを浮かべ、エリヤさんが現れる。だがその後ろにいたのは、缶蹴り大会の時の細目のお兄さんではなかった。
「ごめんなさいね。邪魔するわよ」
「ルウさん!?」
碧髪の友人は皆に一礼し、悪いわねこの子が無理言って、更に謝る。
「この人、クレオの知り合いか?」保護者が尋ねる。
「ええ、L」
「お詫びにここの支払いはさせてもらうわ。さ、何でもじゃんじゃん頼んで」
「本気で言っているんですかルウさん?」二人を入れて八人分のディナー代、確実に三万は超えてしまう。
すると彼女はジェスチャーで僕に席を立つよう指示した。
連れて行かれた先は店の玄関先。涼しくなり始めた夜風が気持ち良い。
「私達の財布の事は心配しなくていいわ。あの子が力を使うみたいだから」
「預言、ですよね?」デイシーさんのシュークリームと同じ。「店長さんを占う約束なんでしょう?」
「ええ。精々大人しい宣告にしてくれるといいんだけど……」
ガシガシッ。困惑を紛らわせようと前髪を掻く癖が出る。
「ねえクレオ、正直に言って。あの子、頻繁に使っているの託宣?幾ら商売とは言っても……周りの人間に迷惑掛けてない?」
「え、ええ……大丈夫です」今の所は。
「今の返事で大体予想が付いたわ。やっぱり出稼ぎなんてやらせるんじゃなかった」
後悔先に立たず。彼女は深い溜息を吐いた。
「それより、ルウさんの御家族がまさかエリヤさんだったなんて」
「こっちこそ、散々電話で聞かされてた男がクレオだとは思わなかったわ。一緒にいたのは友達?」
「はい。調査部の同僚です。今日は少し……事情があって、この後皆で出掛ける事になっています」
「ふぅん」
「ルウさんはしばらくシャバムにいるんですか?」
「三、四日はね。暇だったら会いに来るといいわ。開店時間中は手伝っているから」
「分かりました」
遺跡探索に何日掛かるかは分からないが、占い屋の見学も兼ねて一度は行きたいな。
ルウさんは柵に片手を付き、前髪を掻き上げた。
「ところでクレオ。どの子と付き合ってるの?可愛い子ばかりじゃない皆」
「へ?―――いえいえ、何言ってるんですかルウさんまで!?違いますよ!」
「あら、あの中の誰かがエリヤのライバルじゃないの?でもそう言えば、クレオより身長は大分高いって言ってたわね」
「シルクさんの事ですよ。さっき、奥に金髪の大人しそうな女の子が座っていたでしょう?彼女のお姉さんです。職務中に大怪我を負って、今は遠くの病院に入院中です。でも特殊な病院らしくて、お見舞いにも行けず……」
「気が気でないって訳」
「ええ。謝らないといけないのに、何時帰って来るかも分からなくて……」
皆は優しいから責めないけれど、自分自身痛い程分かっている。あの怪我は僕のせいだ……。
「――もっとしっかりしないと」
「真面目なあなたらしい感想ね。――私達も選んだ甲斐があるわ」
とても寂しそうに呟き、両腕を広げて一歩前に出る。
「連れ出して悪かったわね。戻りましょ」
「はい」
再び店内へ。丁度店員さんがドリンクとサラダをテーブルに置いている所だった。ルウさんの席にも鮮やかな緑色。預言者の前には白色の液体入りグラスが運ばれていた。
「あら、フェアリーなんて気が利いているわねエリヤ」
「おかえりなさい。あったから頼んでみたの、喜んでもらえて光栄」
席に着くと、グラスから爽やかなミントの香りが漂ってくる。へえ、ルウさんはこう言うお酒が好きなんだ。他の皆も色とりどりのグラスを持っていた。一体どんな味がするんだろう?飲めない分余計に興味が湧いた。
「で、あなたのは何?」
「ホワイト・レディ。清純派の七十七羽にぴったりでしょう?」クスクス。「じゃあ乾杯しましょう。姉さん、グラスを」
「ええ」
応じて左右に二つのカクテルを手にする。僕も烏龍茶を右手に持った。
「では、素敵な夜に乾杯」チィンチィン。




