七章 三人の囚人
カツン、カツン……。
四天使が戻って来ない内に再び部屋を抜け出し、追憶回廊を抜けて魂の牢獄へ赴く。ここへ来るのは三度目だ。一度はまだリサが補助心臓を埋め込む手術を受けたばかりの頃、報告のため。もう一度は―――私自身が牢に囚われていた時だ。
―――おい、手前。出ろ。
―――……誰だ、お前は……?
―――んな事は出てから説明してやる!グダグダ言わずに来い!!
他の囚人達と違い記憶喪失だった私を、あの赤毛の天使は無理矢理引き摺り出した。仮の肉体を与え、異教徒狩りの手伝いをさせるために。
(しかし、分からんな)
任務は正直一人で充分な物だ。ただ本能のまま殺戮し、捕まえた哀れな魂を牢屋にぶち込む。痛む良心も、道徳心もプログラムされていない奴にとっては極めてシンプルな仕事。わざわざ訓練や義体の調整までして私を使うなど、面倒以外の何物でもない。
(まあいい)
どうせいつもの気紛れが起こした行動だろう。特に任務の無い今は、素直に与えられた自由を享受すればいい。
記憶した牢獄の番号を確かめ、鉄格子の中を覗き込んだ。
四十代前後の夫婦は斜めに向かい合うよう壁に凭れ、ぼんやりと雲海を眺めていた。男性の右の素足には火傷、奴の拷問の爪痕が残っている。
妹にそっくりな金髪と、十数年に及ぶ牢獄生活で気弱になってしまった赤い瞳の女性に声を掛ける。「やあ、息災か?」
放心した母親は、最初私の存在にすら気付かなかった。ここでの生活が長いと誰でもこうなってしまう、無理もない。何度か話し掛け、やっと顔を上げてくれた。
「私の事を覚えているか?」
「………ええ……私達を、殺した方……」
「ああ。今日は貴殿等の娘、リサの話をしに来た」
私は荷物から持って来た財布を取り出し、お守り代わりに収めた妹の写真を見せる。数ヶ月前、デイシー殿に二人並んで撮影してもらった物だ。
彼女は食い入るように写ったリサを見、信じられないと言った風に首を横に振った。
「――本当に、この子が私達の娘なんですか……?どうしてまだ生きて……」
「私の一存……だな。貴殿等もそうだが、赤子の彼女に罪は無い。勝手な贖罪の意識で今まで育ててきた。済まない」
てっきり罵倒が飛んでくると思いきや。下げた頭に振って来たのは、二人の啜り泣きの声だった。
「何故泣いている?私は……貴殿等を殺してここに閉じ込めた張本人だぞ?その上、大事な娘まで奪って」
「いいえ、いいえ……全部自業自得なんです。だって私達はあの時……あの子と一緒に死のうとしていたのだから……」
「何?」
確かに彼等を連行したのは、居住地の街から離れた場所。断崖絶壁の下は深い河、落下すれば確実に死ねただろう。
「おかしかったんです二人共。ただでさえ主人の事業が失敗して借金を抱えていた所に、折角生まれた二人目の娘が、心臓疾患で長く生きられないと聞かされて……。ろくな治療もしてあげられず、苦しませるぐらいならいっそ―――!!」
やつれた魂の拳を、指が食い込まんばかりに握り締める。
「私達夫婦はここに入れられて当然の罪人です。でもあの子は……まさか、あなたがこんなに大きく育ててくれていたなんて……」
「本当に、何とお礼を言っていいか……」
脚の傷を庇いながら、父親が鉄格子の傍まで這ってくる。
「そんな……私は、感謝される立場ではない」
想定外の事態に、ただの人殺しは混乱するしかない。
「あなた、お名前は……?教えて頂けますか」
「シルク……シルク・タイナーと名乗っている。――夭逝したあなた方の娘の名を勝手に拝借して済まない」
記録によると流産だったらしい。一応妊娠七ヶ月で名前は付いているが、御両親は声さえ聞いた事の無い子供だ。
「シルク……いいえ、あなたにぴったりだわ」
「ああ」
愛娘の姿を目に焼き付けようと凝視する御両親に、格子の隙間から写真を手渡した。
「またネガを焼き回せばいいだけだ。遠慮は要らない」
「ありがとうございます……何てお礼を言えばいいのか……」
床へ頭を着けようとした彼女等を止める。顔を上げた母親は、済みません……、と囁いた。
「謝らなくていい。どうか普通にしてくれ」
「そんな……あの、リサの話をして下さい。何でも聞きたいんです、あの子の事」
そう期待されては喋らない訳にもいかない。
「ああ。そうだな……そうだ、リサは最近子猫を拾ったらしく――」




