五章 財宝の地図と機械技師
「どうしよう……」
「何がどうしようだ小僧。さっさとこの遺跡に行け」
老人が目の前で掲げた地図は古びていて、字も所々擦れて読めない。と言うか、読めた所でエレミア人の僕にはこの宇宙の詳しい地理が分からないのだけど。
「行かないとは言ってません。ただ、その前に屋敷で準備を」
「お前みたいな小僧があそこに出入りするなど到底許可出来ん」
「だから、僕は住民なんですってば!」
屋敷に近付く度にずっとこの調子で、無理矢理行こうとすると杖で叩かれる始末。レイピア、パスポート、財布の三点セットで危険な作業に行けと言うのだろうか、このお爺さんは。
「頑固な爺だな」保護者も溜息しか出てこないようだ。「仕方ない。クレオ、お前は政府館に行ってエルシェンカさんに事情を説明しといてくれ。その間に俺が屋敷から必要な物を取って来る」
「済みませんアレ」
「駄目だ。政府館は遺跡の捜索が終わってからだ」
プランを一蹴され、僕達は呆気に取られる。が、そこで滅多な事では怒らない友人が噛み付いた。
「おい爺さん、それが人に物を頼む態度か!?」
だが激昂にも、老人は鼻で笑うだけだ。
「用があるのはこっちの小僧だ。お前になど言っていない」
「俺はこいつの保護者でトレジャーハンターだぞ!放っておけるか!」
「フン。にしては随分未熟だな。鍛錬も積んでない者が行っても野垂れ死ぬだけだぞ」
「何だと爺!?」
掴み掛かろうとした右腕を杖で強かに打たれ、”透宴”に手を伸ばすと今度は鳩尾に一撃。このお爺さん、ロディ君達と違って容赦無く手を出す性格なのか。困ったな。こんな所、誰かに見られたらどう説明すれば、
「ぐっ……何なんだよこいつ……!?」
「矢張りな。こんな役立たずを協会に入れるとは、全く……髭の息子は早くもめくららしい」
「チッ!クレオ、こいつは死霊どころかただの悪霊だ。専門家を呼んで来てやるからちょっと待ってろ」
僕の同居人、ルザの事だ。死霊術師の彼女なら、彼を強制的に引き離す事も出来るはず。
「黙れ未熟者。私は人間だ」
「しっかりばっちり透けてるくせに!この老眼!」
完全に敵対関係が決まったようだ。そう悪い人ではないけど、言動がキツ過ぎるのは困り物。
「あれ、クレオさんにアレクさん?」
可愛らしい声に僕達は振り返った。工具箱入りのショルダーバッグを右に掛け、機械技師のリサ・タイナーさんが立っている。
「どうしたんですか大声出して?――そちらのお爺さんは?何か透けているように見えるけど……」
驚く彼女に友人は、リサちゃん、信じられないかもしれないが、と前置きする。
「トレジャーハンター協会の設立者、ユアン・ヴィーの書斎にいた『とんでもなく』性質の悪い霊だよ。離れてた方がいい。下手に近付くと殴られるぞ」
「フン」
「そう、なの?確かに目は凄く鋭いけど……」
彼女は頭を下げ、初めまして、リサ・タイナーと言います、自己紹介した。人見知りで引き籠りがちな少女の進歩に、僕達は軽く吃驚する。
「ああ。どうやらこいつよりは礼儀を弁えているらしいな、感心したぞ」アレクをチラ見しながら褒める。
経緯を説明すると、少女は予想通り??の表情になった。
「ええと……つまりこのお爺さんが邪魔をしているせいで、クレオさんはお屋敷にも政府館にも行けない、と言う事ですか?」
「邪魔などではない。こんな小僧があそこに住まっているはずがないのだ。そして政府館へ行くにはまだ早い」
「は、はあ……」
断言されかなり困惑。ある意味当事者の僕達より真面目で可哀相になってくる。
「だったらクレオさん。アレクさんが荷物を取ってくる間、私の家で待っていますか?」
「え?いや、でも……」以前約束したお菓子も用意していないのに。「迷惑ではありませんか?」主に付き添い的な意味で。
「全然。生憎お姉ちゃんはまだ戻って来てないけど、ゆっくりお茶でも飲んで行って下さい。――あ、そうだ。デイシーちゃん達にも連絡して来てもらいましょうか?本業のアレクさんがいても、二人だけで遺跡探索は危険でしょう?」
「ほう、よく気の回る小娘だな」老人が感嘆の声を上げる。「確かにこの小僧共だけでは難易度が高い。使える人間か?――フン、ならば呼べ」
「分かりました。クレオさん、行きましょう」
「ええ。じゃあアレク。着替えを二日分と予備電池をお願いします。机の上とクローゼットにありますが、分からなかったらレティさんに訊いて下さい」
ルザに代わりオリオール君が家事係になってから、自然一緒にいる少女も手伝うようになった。特に洗濯物を畳んで各部屋へ仕舞うのは彼女の専業だ。
「分かった。ついでに今夜は戻れないって伝えておくよ」
「はい」
そう言って一旦別れ、僕とリサさんは背後霊を連れてタイナー家へ向かった。
以前の言葉通り、心なしかリビングが片付けられていた。フカフカのソファに僕を座らせ、鞄を下ろさないまま壁掛けの受話器を取ってダイヤルする。
「もしもし、エルシェンカさんですか?―――ああ何だ、デイシーちゃんだったの。吃驚した。――ううん、コピー機の事じゃなくて、今家にクレオさんがいるの。ちょっと今から来てもらえないかな?ルザさんとカーシュさんも一緒に―――あ、うん。私が説明するより、実際見てもらった方が早いと思うから」
親友相手ともあり、彼女はふんふん頷きつつ会話を進める。
「――あ、うん分かった。じゃあ待ってるね」カチャン。
「どうでした?」
「丁度仕事が終わったから、三人揃って来るって。待っている間にお茶でも如何です?」
「いえ、皆が来てからで大丈夫です。――あの、リサさん。シルクさん、あの後連絡は?」
「ああ、今朝ありましたよ」
リサさんはふふっ、と笑い、そうだった、クレオさんには先にそっちの話が良いですよね、と言った。
「どう、でした?」
「何も心配要りませんよ。お姉ちゃん、この前よりずっと元気な声してました。もう二、三日もすればひょっこり帰って来ますよ。いつもそうだから」
「良かった……」
彼女の怪我の責任は僕にある。長引いたり後遺症が残ったらどうしよう……ずっと心配だった。ほっ、と胸を撫で下ろす。
「もう、お姉ちゃんてば。クレオさんがこんな顔してるって知らないから、暢気な事ばかり言えるのね」
「駄目ですよリサさん。入院生活で大変な彼女を悪く言っては」
クスクス。
「ごめんなさい。ちょっと妬けただけ」
お爺さんの霊は僕達の会話には興味無いのか、入ってきて以来ずっと本棚を覗いている。機械工学か、子供のくせに随分難しい物を読むのだな、感心しつつポツリと呟く。
「はい。えっと、お爺さんはトレジャーハンターなんですよね?」
「一応は」
「うーん……だったら面白い物は特に無いと思いますよ。家にあるのは機械関係か、お姉ちゃんの武術書、あとは少女漫画誌ぐらいですから」
「いや、特に読書したかった訳ではない。気を遣わなくて構わん」
そう言って矍鑠と僕の背後に立つ。幾ら霊体とは言え丈夫な老人だ。ここまでずっと立ちっ放しなのに、重心が全くブレず直立不動している。
(このスタミナに只者じゃないオーラ、もしかして彼は……)
湧き上がる仮説を胸に仕舞い、リサさんに始めたばかりの修理屋の仕事について尋ねた。




