四章 老霊と宝
約束の正午十分前に合流した僕達は、レティさんのリクエストした店でランチを摂る事にした。
ウエイトレスに案内され、窓際のボックス席へ。まだ時間が早いせいか、店内は空いていた。余り騒がしい所が好きでないので有り難い。
「懐かしいな。僕が初めてここへ来た時もこんなレストランに入ったんだよ。兄様やウィルのお兄さん、エルのお兄さんも一緒だったかな?」
養女と一緒にメニューを見つつ、元気にしてるかな兄様達?オリオール君は微笑み混じりに呟いた。
「レティはお子様ランチ?――あ、ゴメンゴメン。オムライスだね。じゃあ僕も同じのにしようかな。クレオは?」
「そうですね……じゃあ、焼きカレーのドリアでお願いします」
「あ、いいな!私にも一口頂戴」
「ええ」
注文を済ませ、用意された水を飲みながら窓の外に広がる街並みを眺める。他の星と違い、”白の星”には独特の木造建築がある。すれ違う住民も、着物や作務衣と言う不思議な服を普通に着こなしていた。課題で描く材料にしようと、メモリーへ刻み付ける。
「ねえ、私もあんな服着れるかな?」
眼下を歩く鮮やかなブルーの浴衣の同年代を指差す。
「勿論。食事が終わってから見に行ってみる?」
「うーん。今回は止めとく、荷物多いもん。お金もそんなに無いだろうし、ね」
大人びて常識的な返答に、僕等は互いの顔を見合わせて噴き出した。
「楽しかったね。また行こうよ」
「はい、是非」
美味しい食事を終えた僕達は午後三時、”黄の星”シャバムへ戻った。オリオール君達は荷物を抱えて真っ直ぐ屋敷へ。僕はアレクとの約束で、滞在先のトレジャーハンター協会へ向かう。今朝、遺跡発掘中の父親シルミオから連絡があったと電話があった。詳しくは今日会って話してもらう事になっている。
協会と言っても、見た感じはデイシーさんの勤めるシャバム新聞社と変わらない木造二階建て。玄関脇には協会名の彫られた金属製の看板が打ち付けられている。
扉を開けて中へ入ると、受付で分厚い本を読んでいた白髪のお爺さんが顔を上げた。
「済みません。アレク・ミズリーは在宅中ですか?」
「あいつなら買い出しで不在じゃよ。君が友達のランバート君かね?」
「はい」
どうやら行き違いを想定して、事前に話をしてくれているようだ。
「少し待っておれば帰って来るはずじゃ。――そうだ。興味があるならユアン・ヴィーの書斎へ案内しようか?」
「アレクの尊敬している協会創始者の、ですか?」
意外な提案に驚く。
「ああ。発掘品の大半は博物館へ寄贈されておるが、彼の蒐集した古書や地図、助手の出版した伝記の原本はここに保管されている。閲覧は無料じゃが、暇潰しにどうだね?」
「いいんですか?とても貴重な物では」
「まあな。と言って、協会員の私でさえ本の虫干し以外滅多に入らん。最近だとミズリーが出入りするぐらいだ。彼は父親のバズと違ってユアンのファンじゃから」
そう言えば以前、親父はユアンの仇敵に似ているとアレクが言っていた。バラッグ・ビータだったかな、業突張りの。
「分かりました。案内して下さい」
偶にはこの宇宙の文化を勉強しておくのも悪くない。それに彼の歴史を学んでおけば、ここ数日疎遠な友人との会話も弾むだろう。
二階の端の部屋に通され、お爺さんから一通り解説を受ける。
「この書き物机で、ユアンは晩年まで毎晩資料と格闘していたと言われておる」両腕を伸ばしてもまだ幅が余るマボガニーの机を指差し、続いて壁一面の書棚を示す。「これらは全て、彼が生涯を掛けて集めた物だ。場所を特定する手掛かりが足りず、未だ発見に至っていない遺跡も数多く記されておる。一説によると数十に上るとか」
「へえ……ユアンさんは一体幾つの遺跡を発掘したんですか?」
「公式に残っているだけでも百七十五」吃驚する僕に彼は言葉を続ける。「彼は八十一歳、最晩年まで現役のトレジャーハンターだった。亡くなる一週間前にも新たな遺跡探索に着手していたと言われておる」
「凄いバイタリティーですね……でも、何故彼はそこまで」
人間が身体能力に支障無く活動出来るのは、確か四十代程度までのはずだ。その倍ともなれば、病気で寝たきりでも不思議ではない。
するとお爺さんは顎に手を当てて深く頷いた。
「そう。それがユアン・ヴィー最大の謎だ。『彼の偉人を突き動かしていた物は一体何だったのか?』伝記にもただ遺跡に魅せられた男、としか書かれておらんが、君はどう思う?」
「よく……分かりません。僕の暮らしていたエレミアでは遺跡も、ある程度以上年を召した方もいなかったので」
でも少し羨ましい。一生を賭けられる程の信念を、この部屋の主は迷い無く持って生きていたのだから。
「エレミア?何じゃ、LWPだったのか。ふむ……異世界の人でも分からんとなると、ますます永遠の謎じゃな」
階下で電話が鳴ったので、お爺さんは僕に断って部屋を後にした。「後でコーヒーでも持って来よう。ゆっくりしていきなさい」
パタン。
取り敢えず座ってもいいと言われた創始者の椅子に腰を下ろし(年月を経ているだけあって、石の上に座っているみたいだ)、机上に積み上がる古本を捲った。ふむふむ……あ、綺麗な銀細工。大父神の加護を齎す幸運のお守りか。これもユアンさんが見つけたのかな?
物珍しさから、僕は時間をすっかり忘れて資料を片っ端から開く。古物に興味があるのかエンジンから出て来た光の鳥、グリューネ様も隣で眺め始める。
「ほう……たった一人でこれだけ集めるとは、凄まじい執念だな」嘴を上向かせ、感嘆の息を吐く。
「向こうの宇宙にはいなかったのですか?トレジャーハンター」
「いたぞ。尤もあちらでは遺跡荒らしと言われ、決して憧れの職業ではなかったがな」
久し振りの外なので、嬉しそうにクルクル部屋の中を旋回して飛ぶ。と、
ドサッ!
「済まん、つい我を忘れてしまった」
虹色の尾翼が棚の上の一冊に触れ、床に落ちた。
「大丈夫ですよ。僕が戻しておきます」
餡色の装丁の本を手に取り、薄く積もった埃を払う。これは……遺跡研究を纏めた書物のようだ。表紙や裏表紙、奥付に署名は無い。パラッ。開くと、手書きで遺跡に関する覚書がビッシリ―――ん?今、ページが光ったような、
ブワッ!!「わっ!!?」
突然古紙から突風が吹き上がり、僕は思わず書を床に放り投げる。しかし、驚くのはまだ数秒早かった。
「おい、小僧」
顔を上げると、今まで絶対部屋に存在していなかった人物が仁王立ちしていた。銀混じりの白髪、どう見ても受付の人より年上の老人だ。しかし眉間以外深い皺は刻まれておらず、一応杖を持っているが足腰は若者のようにしっかりしている。半透明なのがかなり気にはなるが……。
「貴様、聞こえているなら返事をしろ」
「は、はい!ちゃんと聞こえてます!」
老人はシャープな顎を突き出し、今時の若造にしては素直だな、と褒めてくれた。
「は、はぁ」
「まあいい。行くぞ」
「へ?」
霊は僕の肩を杖で叩き、決まっているだろう遺跡だ、そう言って出て来た研究書を掴み上げる。――『霊』だ。だって彼はロディ君達と同じに見えるし、タイミング的にもそうとしか思えない。
「ちょ、ちょっと待って下さい!僕はトレジャーハンターでは」
「何を言っている?私の書斎に来たと言う事は、大方髭の息子が寄越した手伝いだろう?全く、親に似ず無駄に人を心配する奴だからな。困ったものだ」
「髭??いえいえ、関係ありません!」
「そうだ。クレオはお主が封印されていたその本を偶々開いただけだ」
僕の肩に留まったグリューネ様に、老人は眉を顰めた。
「随分変わった毛並みのインコだな、しかも喋るとは。フン、まぁネイシェの奴も普通に話していたしな、驚く事でもないか」
今度は背中を叩かれ、強制的に入口の方へ歩かされた。若干苛々しているようだ。
「グズグズするな新米。おい、ロープとフックは持っているだろうな?忘れても私は貸さないぞ」
「いえ、だから僕は」
コンコン。「クレオ、待たせて悪い。入るぞ」ガチャッ。
「アレク!」僕は救世主の友人に駆け寄った。「助けて下さい!このお爺さん、何か勘違いしているみたいなんです!」
「ん?―――誰だ、この爺さん?どっから入ってきた?」
彼の手の中の本の事を話すと、本気か?目を丸くする。
「偶に残留思念が残っているって話は、ユアンの伝説にもあるが……まさかこの目で見られるなんて」若干嬉しそうに呟く。
「感心している場合じゃありませんよ!」
「まあまあ。こう言うのは大抵元の所に戻せばいいんだよ。ちょっと失礼」
彼はサッ、と老人から本を奪い、閉じて棚の上に置き直した。が、
バコッ!「ってっ!!」
「勝手に人の物を仕舞うな!全くこれだから若造は……」
ブツブツ言いながら、お爺さんは何事も無かったように背伸びで再び書を手にする。
「嘘だろ……くそ。こうなったらクレオ、協会を出るぞ。話はお前の所で」
「え、ええ」
僕達は急いで書斎を抜け、扉を閉める。途中でアレクが一旦自室に立ち寄り、鞄を引っ掴んだ。その後階段を駆け降り、玄関を飛び出すまで約一分。
「はぁはぁっ……自縛霊の類なら、多分これで大丈夫な」
「逃げるとは何事だ貴様等」
「げっ!!?」「わっ!!?」
眉間が裂けそうな程皺を寄せ、老人霊は堂々と僕等の背後に立っていた。




