終章 二人のトレジャーハンター
キィ……。
『もう十一時だ。ルザ、君は部屋で休んでなよ。クレオは僕が看ているから』
ベッドで眠ったまま微動だにしない友人を、隣に座って見守る彼女に声が掛けられた。
『いい』
強情な同居人に、入って来た蒼髪の青年は首を横に振る。
『駄目だよ。寝不足が元で蝶が目覚めたらどうする気なのさ。僕は不死だから夜更かしには慣れてる。さ、ベッドへ行った行った』
『嫌……ここにいるわ』
意固地な一言に、胸の蟠りが一層強くなる。
『そんな事言っても、今日は怪我したり遺跡を歩き回って疲れているだろ?明日も不死省で仕事があるんだし、我儘言わないで』
家長が頭を掻きつつ説得するが、返事は同じ。弱ったなあ、そう呟いた時だった。
『二人共、どうしたの?』
ファンシーな兎が胸に描かれたピンクのパジャマ。それを着た眠たげな少女が、半開きのドアから現れる。
『ゴメン、起こしちゃったね。そうだレティ、今日はルザと寝てくれる?僕はここで看病しているから』
『お姉ちゃんが修理してくれたのにまだ起きないの?お寝坊さんなのね。うん、いいよ』
頷き、椅子に座った彼女の手を取る。
『行こ。子守唄歌ってくれたら嬉しいな』
『……仕方ないわね。じゃあ任せたわよ、オリオール』
『ああ、お休み二人共』
挨拶を交わし、彼女達は手を繋いでルザの部屋に入った――バタン。
「そろそろ寝ないと……」
流石に寝顔まで観賞するのはプライバシーの侵害だ。
手鏡から顔を上げ、机の目覚まし時計を確認すると、十一時十分を指していた。外で夕食を終えて寝る準備をして、かれこれ三時間近く覗いていた計算になる。
あいつが倒れた際吹き飛ばした手鏡を、林道で見つけたのは偶然だ。同じく持っていた爺さんの研究書は、先程拾ったデイシーが協会へ届けてくれた。女の勘で気付いたのか、彼女は始終何か言いたそうだったが、結局告げずに帰る。疲れていたし、面倒事はもう懲り懲りなので、俺も大して確認もせず書斎へ戻した。
アレク・ミズリーは協会公認のトレジャーハンター。発掘した宝を管理するのは当然の義務だ。これは決して拾得物隠蔽ではない。
「ルザ……」
リサちゃんの修理が終わってから夕食も殆ど食べず、傍であいつが目覚めるのをひたすら待っていた彼女。鏡に映った表情が、何より雄弁にその感情を語っていた。
「くそっ!」爺の忠告など糞食らえだ!
机に鏡を置き、顔を押さえてベッドに倒れ込む。醜い嫉妬に今にも狂い死にしそうだった。
「フン」
同時刻、政府館三階。無人の執務室に佇む老人の霊は鼻を鳴らした。と、鋭い切れ目が月明かりの差し込む窓へ向けられる。
フワッ。「ユアン!やっと出て来たのか!?」
床へ落ちる月光から降り立つ、体長約七十センチの赤茶毛キツネ。三十センチ以上ある尾を振り、老人へ親しげに歯を見せる。
「何だお前か、ネイシェ」
「何だじゃねえよ!何時まで経っても来ねえから、小母さんとお姉さん心配してるぞ。小父さんは面白がっていたけどな」
「だろうな」
狐は部屋を見回し、とうとう見つけたのか?期待混じりに尋ねた。
「いや。――だが、目的は達した」
「つまりお前とは一切関係無く、気付いたら勝手に叶っていた、と」
「身も蓋も無く言えばな」
「じゃあいい加減来いよ。俺、天国で妙齢の未亡人に囲まれて目一杯遊ぶ予定なんだからな」
「やれやれ。死んでも相変わらずか」
「ユアンもそうだろ?」
偉人は頭を振り、お前には珍しく一理あるな、感心と軽蔑をない混ぜに答えた。
「矢張り君か、ユアン・ヴィー」
閉まっていたドアが開き、隣室の主が熱々のコーヒー片手に入ってくる。
「エルシェンカ」
「デイシーから聞いてまさかと思ったけど……肉体を失っても、執念深さはちっとも衰えてないようだね。ああ、そっちはナンパ師の狐君。君も迷い出たのかい?」
ズズッ。
「俺はこいつを迎えに来ただけさ。邪魔したな」
「まあ待ちなよ。そんなに急いで成仏する必要もないだろう。丁度徹夜仕事に付き合ってくれる相手が欲しかった所だ、他愛も無い昔話の出来る、ね。ついでに愚痴も聞いてくれると有り難い」
「フン、聞いたぞ。お前に第七共が従うとはとても思えん」
「強情なのはジュリト神父ぐらいだよ。次席のリュネは概ね協力してくれているし、有事の際の支援も既に実働部隊長の靭に取り付けてある」
「相変わらず根回しの上手い奴だ。――あいつは」
老人は半月を見上げ、愛しげに目を細める。
「今、あの月のように笑っているのだろうか?」
「当たり前さ」
その答えに、厳格なトレジャーハンターは閉じ込められていた研究書を脱出して、初めて皺のある口元を綻ばせた。
「残念ながら君の努力に因ってではないけどね」
「そんな事はどうでもいい。行くぞ、ネイシェ」
「え、いいのか?」
古き知人に背を向けた相棒の肩、本来の定位置に乗りながら狐が尋ねる。
「もっとゆっくりしていけばいいのに。――あ、そうだ。向こうでもトレジャーハントをするのかい?」
その問いに、老人は一際大きく鼻を鳴らした。
「まさか。誰があんな気違いじみて大変な真似を好き好んでするものか」




