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十七章 遺された宝



「やれやれ、ようやく子守から解放されたな」

 夕方前のシャバムに降り立ち、お爺さんが第一声を発する。

「では小僧。政府館へ行くぞ」

「?協会に報告しないつもりか爺さん?」

 すると老人、如何にも不愉快そうに眉間へ皺を寄せる。

「後でな。まずはあいつの所だ」

「あいつ?」

「行けば分かる。お前等は付いて来るな、邪魔だ」説明する気は零のようだ。

「相変わらず酷い言い様だな。――クレオ、御老体の介助は任せた。俺は親父と電話で今後の作業について相談してくる」

「私も行くね~。船の中で書いた原稿、編集長に持って行かないと~」

「ルザ。行くぞ」

「ええ……」

 魔術で怪我自体は治ったものの、消耗しているため今日一日は安静が必要だ。彼女にはカーシュに肩を貸して貰い、先に屋敷へ戻るよう事前に伝えてある。

「悪いわねカーシュ……じゃあクレオ。暗くなる前に帰って来るのよ」

「はい」

 仲間達がそれぞれ別の方向へ歩き出し、霊と二人きりになった。

(とうとうこの人ともお別れか……少し寂しいな)

 人間には両親や兄弟姉妹の他にも、祖父母と言う家族がいるらしい。本物のクレオ・ランバートは会った事があったのだろうか?まさかこんな頑固な人ではなかったと思うけど、可愛がってもらっていたのかな?

 政府専用のドッグから政府館までは歩いて数分。いつものようにロビーから建物内に入ろうとした時、「クレオ!」中から声が掛かった。

「あ、オリオール君。あなたも不死省に用ですか?」

 外へ出てきた青年は、靴をトントン履きながら答える。

「まぁね。エルのお兄さんに呼ばれて書類手続きをしてたんだ。兄様に代わって、今日から僕が家主でレティの保護者って事になったから……親権の件は特に相談してなかったけど、良かったかな?」

「勿論構いませんよ。オリオール君の方が僕よりずっとしっかりしていますし、一安心です」

「ありがと。ところで今日は帰って来れるの?昨日はルザもいなかったし、エルのお兄さんも珍しく何も知らないみたいだったけど?」

「ええと、話すと長くなるのですが……」

 そう断ると、彼はクスクス笑う。

「昔の僕達と一緒だね。一から十まで説明し始めたら一日掛かっちゃう」

 不意に遠い目になり、茜色に染まり始めた綺麗な入道雲に視線を移す。

「兄様、お兄さんと元気にやってるかなぁ」

「昨日もレストランで言っていましたよ、それ」離れていても本当に仲が良くて微笑ましい。

「いいじゃん。だって兄様は僕の大事な人だもの。クレオだっているでしょ。ディーさん、だっけ?その人と同じだよ」

 成程。お爺さんの用が済んだら、彼に手鏡を貸そうかな。僕も誠さんとウィルネストさんが今どうしているか知りたい。


「おい小僧」

「わっ!」


 首根っこに杖を入れられ、無理矢理引き寄せられる。どうやら姿を消しているようだ。不自然過ぎる態勢にオリオール君が目を丸くする。

「どうしたのクレオ?」

「答えろ、今の話は本当か?」

「え?ええ……」

 嘘を吐く要素など僕等の間柄には無い。

「本当なんだな?」

 一体話の何処に反応したんだこの人?と思っていたら、不意に例の研究書と手鏡を押し付けられた。

「え?」

「やる。後は好きにしろ」

「は?それは一体どう言う」

 突然過ぎる展開に頭がついていかない。

「フン。お前はあの小僧と違って筋が良い。――いつか故郷へ帰れるといいな」

 そう言った老人は、大通りの人混みに紛れた瞬間――晴れた蜃気楼のように跡形も無く消えてしまった。掌中に遺品が無ければ、昨日今日の事は全て夢幻としか思えない。

 振り返ると、同居人は奇妙な面持ちで辺りを見回していた。

「オリオール君?」

「ん?ああゴメン。今キュ……いや、古い知り合いの声が聞こえた気がしたんだ。それよりクレオ、さっきは一体全体どうしたの?あれ、そんな本と鏡持ってたっけ?」

「あ、えっと……貰った、んです。いえ、本は元々協会の物だから返しておかないと……」

 言いつつ表紙を見、またもや吃驚仰天した。右下の隅に、昨日まで無かった古い署名があったせいだ。――ユアン・ヴィー。保護者の敬愛するトレジャーハンターの名前が達筆に刻み込まれていた。

(やっぱりあの御老人がそうだったんだ……でも、何の説明も無くいきなりいなくなるなんて)

 どうも僕とオリオール君の会話がきっかけで成仏してしまったようだが。訳が分からない。

「綺麗な手鏡だね。クレオの好きな大きなお姉さんにあげたら?」

「いえ、これは普通には使えない鏡で」

「?まぁ、あのお姉さんは鏡なんて見なさそうだしね。――え?一番好きな人が映る?まさかそんな……あ、兄様!!?」

 好奇心で鏡を覗き込んだオリオール君が一瞬硬直し、改めてまじまじと眺める。

「誠さん、どうしているんですか?」

「お兄さんに抱えられて、霧の中を歩いてるよ……良かった。ちゃんと目、覚めたんだ……」

 心底嬉しそうに呟き、安堵の息を吐いた。

「見せてくれてありがと。クレオはもう見たの、大きなお姉さん?もう一週間も会ってないんでしょ?」

「いえ、まだです」

 老人の用が済んでから、こっそり使わせてもらおうと思っていたのだ。

「ここで見ないの?」

「え!?い、いえ……後にします」

 幾ら気心の知れたオリオール君でも、見ている間傍にいられるのは恥ずかしい。きっとあられもない表情で声を上げてしまう。そう正直に言うと笑われた。

「それもそうだね。じゃあ夕飯の支度してるから、早目に戻って来てね」

「分かりました」

 一旦別れの挨拶を交わし、僕は改めて政府館へ向かおうとして、ふと方向を変えた。

 鏡の効力は証明された。なら――今なら家族がどうしているか分かるはずだ。エリヤさんの占い屋にいるルウさんに見てもらえさえすれば。彼女はまだディーさんに惚れている。自らを魔女と言い、平気な顔をしていても、大事な人の安否は知りたいはずだ。



 占い屋はてっきり行列かと思いきや、平日にも関わらずお客さんは誰もいなかった。また預言で体良く追い払ったのだろうか?と思っていると、入口から目的の人が丸くて脚の長いテーブルを抱えて出て来た。

「ルウさん」

「あらクレオ。占われに来たの?ちょっと待ってて。エリヤならもうすぐ戻って来るから」

「いえ、今日はルウさんに用があって」

「私に?あ、これ運んでからでいい?」

「手伝いますよ。他にも何かありますか?」

「本当?じゃあテントの中の椅子を頼むわ」

「はい」

 幕を開けて中に入ると、店内はさっぱり片付いていた。椅子を探すまでも無い。インテリア自体が既に一つしか無かった。

 テーブルと同じ上質そうな黒塗りの椅子を、傷を付けないよう気を付けながら外へ運び出す。

「こっちよ」待ってくれていたルウさんに声を掛けられる。

「はい」

 彼女と一緒に運んだ先は、徒歩数分の所にある一軒家だった。看板には賃貸とあるが、中々お洒落な煉瓦作り。どうやらここがシャバムにおけるエリヤさんの家のようだ。

 開かれたドアから玄関に入り、テーブルと共にリビングの隅へ置く。他にも椅子や水晶球、店の物と思われる品々が既にあった。

「ありがとう、お陰で助かったわ。今日はテンテイもいないし、一人で大変だったの」

「それって、あの猫好きのお兄さんの事ですか?」

「ええ。会った事があるなら話は早いわ。まーた五匹も拾っちゃって、今日病院へ予防接種と去勢手術に行っているの。家にも大勢いるのに、ちゃんと面倒見れるのかしら?」言いつつ含み笑い。猫が好きらしくちっとも迷惑そうではない。「ところで用って何?」

「えっと、この手鏡を見て、見えた物を僕に教えて欲しいんです」

「魔術でも掛かっているの?ふーん……凝った装飾ね。魔力も感じるわ。どんな効果があるの?」

 好奇心旺盛なエメラルドの瞳が反射面を覗き込みかけた。


「ガッカリするだけよルウ姉さん。以前と変わらない物が見えるだけ」


 何時の間に戻っていたのか、両腕の無い預言者が玄関ドアの傍に立っている。

「……成程。そう言う事」

 途端伸ばしていた首を引っ込め、キッパリ視線を逸らしてしまう。何故?どうしていきなりそんな態度に??

「ルウさん?お願いします。僕、何でもいいからディーさんの手掛かりが欲しいんです!」

 せめてまだエレミアに留まっているのか、この宇宙に来ているのか、それだけでも知りたい。

「残念だけど、見えても教えてあげられないわ。……ごめんなさい、ちょっと出て来る」

 そう断ると彼女は目頭を押さえ、入れ違いに外へ行ってしまった。邪魔者のエリヤさんに目を向けると、腕と繋がっていない肩を竦める。

「七十七羽が悪いんじゃないわ。全ては宿命の下。今のクレオには必要無かっただけよ」

「そんなのは僕が決める事です!ああ……やっとディーさんの安否が判ると思ったのに……!!」

 僕の唯一無二の家族。研究所から目覚めさせてくれた、親や兄にも等しい存在。

「落ち込まないで。ほら、七十七羽が預言してあげるから。何でも願い事を言うといいわ」

「お邪魔しました」

 チャンスを失ったまま、呆然自失の体で退出する。

(泣いてたな、ルウさん……)

 あれではもう何百回土下座しても絶対見てはくれないだろう。僕だって友人の彼女に無理強いして悲しませたくない。それもこれも、エリヤさんが余計な真似さえしなければ!

 来た道を辿って再度政府館へ向おうとすると、後ろから早足で預言者が追い掛けて来た。

「見た所でどうせ姉さんは教えなかったわ。機嫌を治してクレオ。そうだ、あなたの大事な防衛団の彼女について、今朝面白いヴィジョンが来て預言したのよ」

「え?ど、どんな!?」

 流石に無視する訳にいかず振り返る。これ以上無い程頬を膨らませた彼女と目が合った。

「何て現金な!まぁいいわ、店の前まで行きましょう。まだここで見ても発動しないはずだから」

「いいから教えて下さい!シルクさんが帰って来るのですか!?」

 少女はニヤリとし、無言のまま先行して歩き出す。しょうがない、今は従おう。嫌な予感しかしないが……。

 空のテントの入口へ到着。辺りを見回すが人影は無い。

「ところで、何故ルウさんに店の物を運び出させていたんです?引越しでもするのですか?」

「鋭いわね、それも関係有るの」

「いい加減秘密主義は止めて下さい。シルクさんは今」

「七十七羽に尋ねるより、それを使えばいいんじゃない?鏡は嘘を吐かないわ」

 ニヤニヤは最高潮に達し、僕の不安も同調する。手鏡を使ったら、何かが起こる預言なのか……?ええい、結局やってみるしかないって事か!

「分かりました」

 両手で紋様の入った柄を持ち、正面から反射面を覗き込む。

 本来なら僕の顔があるはずの鏡面には奇妙な事に―――ミニチュアの街が映っていた。

(ん?――いや、違う!)

 段々大きくなる街の端の特徴的な白い四角の建物。政府館だ。慌てて真ん中に視線を戻すと青々とした林、暗い紫のテント、そして――その傍に立つ見覚えのある二人。


「え?」


 僕は慌てて顔を上げ、天を仰いだ。白い服を羽織った人間が、引き寄せられるようにテントへ、


 ドンッ!!!


「あ……!!」

 余りの光景に思考回路が付いて行かない。誰かが墜落した……?いや、鏡に映る物と一瞬見えた横顔……間違えるはずがない。あれは……。

「クレオ、大丈夫か?」眩暈で頭を押さえた僕に、グリューネ様が胸から出て来て尋ねる。「安静にしていろ。エンジンの様子がおかしいぞ」

「平気です……それより、確かめないと……!」

 全てお見通しらしく、預言者は無言のまま道を譲った。

 衝突したテントは骨組みごとグシャグシャだった。その中央。地面を数十センチ窪ませ、血塗れの上全身の骨が折れ、糸の切れた人形みたいに―――愛しい女性が倒れ、


「あ………!!」


 後頭部を地面に打ち付けたショックを最後に、僕はオーバーヒートで意識を失った。




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