十五章 友情の亀裂
何て事だ……俺の不注意で。
「だらしのない若造だ。おい」
何時の間にあいつから離れたんだ?言うなり霊体が断り無く身体の中へ入ってきた。精神的嫌悪は凄まじいが、思ったよりも肉体の違和感は無い。
「くそっ!止めろ爺!?」
抵抗しようにも、もう口しか動かない。
「わわ~!憑依ですか~!?」新聞記者が不謹慎なぐらい手を叩いて喜ぶ。「見て見てカーシュ君~!肩からオーラが出てるよ~!」
「思った通り酷い鍛錬不足だな。満足な動きは期待出来んが止むを得ん」
「おい!止めろ!!」
操られた右手が勝手に”透宴”を構え、頭上数メートルを旋回する石像に視線を向けさせられた。羽ばたきの音に混じって、二人の声が切れ切れに聞こえてくる。幾ら死人とは言え――自らの命の危機にも関わらず、彼女は先に降りるよう言っていた。
(俺のせいだ……)
監督者失格だ。判断ミスの軽率な行動で、大事な仲間を危険に晒してしまった。なのに、
(くそっ!こんな時に何考えてるんだ!?)
一瞬過ぎった悪心を振り払う。と、憑依した爺が呆れたように鼻を鳴らした。
「如何にも若造らしい浅はかな考えだ」
「!?勝手に人の心を読むんじゃねえ!!?」
「そんな下種な事はしていない、お前と違ってな。フン、大方小僧がうっかり落ちればいいとでも思ったのだろう――何だ、図星か?」
「んな訳ねえだろ!?」
「アレク?」
義兄弟が不審げに叫ぶ俺を見る。
「何でもない。爺さんが頭の中でつまんねえ事言ってるだけだ」
「ならば無い頭で考えてみろ。あの機械人間が墜落して完全に壊れた所で、お前のご執心の」
「五月蝿え糞爺!!」
この感情に気付いたのはつい一週間前だ。聖者様の事件の後、秘密の計画を共有していた友人に俺は、激しく理不尽な怒りを覚えたのだ。しかもそのために、俺達が散々言っても聞く耳持たなかった肉体の事情を信じさせた。そう……彼女は信じたんだ、あいつの馬鹿懇切丁寧な説明ならば。
「だろうな。あの小僧に嘘が吐けるとは私にも思えん。信じる以外選択肢は無いだろう。――実に無駄な思考だな」
「何!?」
「死にゆく女に対し、友の不幸しか望めないお前に何が出来る、若造」
「だったらどうしろって言うんだ!?」
「アレクさん~?何をお話しているんですか~?」
流石に不審に思い始めたのか、二人が怪訝な様子で俺を見る。勿論正直に説明など出来るはずがない。
「見返りなど無くとも救えばいいだろう、情けない。甘っちょろい思考は捨てて、見てみろ」
老人の右手が天を、ルザを戒めから解放しようと動き出した被保護者を示した。
「早くしないとまた小僧に出し抜かれるぞ」
脚に昇るあいつの真剣な顔に、頭の中がカッ!と熱くなった。
「くそっ!おい糞爺!どうすればあの孔雀野郎を引き摺り落とせるんだ!?何かアイデアがあんだろ!?」
先を越されたくない一心で、身体に入り込んだ悪霊へ叫ぶ。
「やれやれ……これだから餓鬼は始末が悪い。だが――手を拱くだけの先程よりはマシか。おい小娘」
爺さんは初めて外部へ向けて声を発し、デイシーを呼び付けた。
「何ですか、ベテラントレジャーハンターさん~?」
「私が投げたこいつにありったけの電流をかませ」“透宴”の伸縮性のある紐を引き「こいつは金属製だ。心配せずとも余程の電圧にも耐えられる構造だ」
「さっきも全力でしたけど、罅が入っただけでしたよ~?」
「それはお前が弱点を見誤り、雷が深部にまで届かなかったせいだ。こいつの刃を心臓に突き刺し、通電させれば倒せる」
「弱点は生きた鳥と一緒なのか?」
「ああ、私の勘だがな。眉間で僅かも怯まなかった以上、恐らくは」
冷静な観察眼と豊富な経験に基くであろう見解に、一同納得するざを得ない。態度はともかく……今はその作戦以外、二人を救う方法は無い。
「分かった。俺が引き付ける。始末は二人に任せるぞ」
言ってカーシュが長鎌を手に、巨鳥へ向かって大声を張り上げる。
「おい化物鳥!何時までそこにいるつもりだ!?早く降りて来ねえと、手前の大事な鏡を持って行っちまうぞ!!」
単語に反応したのか、はたまた騒音が気に障ったのか、石像はあっさり挑発に乗って下降し始めた。急な移動に、ロープを切り離しかけていたクレオの態勢が一瞬崩れる。「わっ!?」「大丈夫!!?」
「しっかり掴まってろ二人共!今助けてやるからな!!」
俺の言葉で蒼髪の青年は器用に元の所へ戻り、不安そうに眉を顰めたルザの背中へ腕を回した。万が一落下した際、身を挺して庇うつもりだ。
(ちっ!お前にはもうシルクさんって人がいるだろうが!!)
何処までも人道的な態度に心底腹が立つ。あの機械人間はいつも全うに正論をほざく。恋敵でさえなかったら、素直で非常に好ましい弟分だったのに……!
「やるぞ」
「おい爺さん、身体を返せ。俺が投げる」
鼻で嗤われた。
「冗談だな。チャンスは一回だぞ?お前のヘボい腕で狙えるものか――ターゲットを定める補正はしてやる。その代わり全力で投げろ」
「ああ、頼む」
途端、操られていた全身の感覚が戻る。滑るように降下する番人との距離は、後五メートル前後。
投げの態勢で構え、俺は一度大きく深呼吸した。
(――ユアン・ヴィー、俺に力を貸してくれ!!)
乾坤一擲。”透宴”の刃が閃き、吸い込まれるように胸のど真ん中へ。
ケエエエエッッッッ!!!
「稲妻よ!」
直後発生した太陽のような激しい光。反射的に瞼が閉じかけたが、俺は身体の意志を無視して見開いた。
ギェエエエエッッッッッ!!!
胸部から真っ二つに折れた鳥が脆く崩れ、同時にロープの外れた二人が投げ出される。目が眩みつつも俺は両腕を目一杯広げ、飛んで来たルザを受け止めようとした。
だが、俺の指が触れる寸前、死した彼女は全力で右方向へ両腕を伸ばした――自分と同じく生命が無く、遥かに硬い者へと。
「あ」
「うっ!!」「ルザ!?」
床へ叩き付けられた彼女はしばらく呻いた後、庇った同居人に支えられ立ち上がった――間抜けに腕を伸ばしたままの俺ではなく。
「ルザ、何て事を……!?デイシーさん!早く診てあげて下さい!!」
「鳥さんはもう動かないみたいですね~。大丈夫ルザちゃん~?ちょっと怪我の具合を見せてもらうよ~」様子を確認した記者がスキップ気味に近付く。
「ええ、お願い……」
そう頼んで破れた服の隙間から擦り剥けた腕と、ロープが絡まっていた足首を見せる。ポタッ、ポタッ……滴る真っ赤な血に目を奪われていた俺の耳に、手首折れてますよ!憎ったらしいあいつの驚愕の声が届く。
「あ、ホントだ~。よく気付いたねクレオさん~」
「そんな、僕は……他の所も調べてみて下さい。ルザには痛覚が無いから、自分では分からないはずです……だ、大丈夫ですか?腰を下ろして下さい」
怪我のせいばかりではない潤んだ目を向けられ、鈍いあいつは別の意味でたじろいだ。座らせて安静にさせる。
「おい、二人共。治療はデイシーに任せて、俺達は手鏡を手に入れてこよう」
義兄弟の提案に乗り、男三人で番人の守っていた大広間を捜索する。奥は主のサイズに合わせた広大な祭壇だ。奉られているのがエレミアの神様か、それとも大父神かは考古学に疎い俺には良く分からない。――どちらにしろ、今は正直どうでも良かった。
あいつが左に行ったのを見て、何となく顔を合わせ辛くて反対側へ。蝋燭台の乗せられた石机に鏡が無いか探していると、背後から呼ばれた。
「何だカーシュ、見つかったのか?」
「いや、まだだ。お前、さっきから一体どうした?爺さんに何か言われた、だけじゃねえだろ。凄い目つきでクレオを睨んでたぞ。――まさか、自分で気付いてなかったのか?」
そんな訳が無いだろう。今も頭は焼け付くような嫉妬で一杯だ。
「……」
「喧嘩でもしたのか、お前等?適当に折れてやれよ。クレオの奴、繊細だからずっと気にしちまうぞ」
「……お前もあいつの肩を持つんだな、ルザと同じで」
俺の呟きに、一瞬で察したのか顔色が変わる。
「アレク、お前まさか……」
爺さんの癖が移ったらしく、俺はフンと鼻を鳴らした。
「笑えよ。まるでピエロみたいだろ」
「何て事だ……本気、なんだよな?」溜息。「でも冷静になれよ。ルザはいつか」
「怪物になって死ぬから諦めろってのか」向こうにいる恋敵に聞こえないよう小声で言う。「せめて残された時間をあいつと過ごさせてやれ、と」
「――残念だがそう言う事だ。子供じゃないんだ、寛大になれよ」
「じゃあお前は、デイシーがああなっても同じ事が言えるんだな?まぁ、既にリサちゃんに殆ど盗られているようなもんだが」
流石にあの可憐な少女に醜い嫉妬は沸かないだろう、と思いきや。
「全くだ。リサちゃんが仕事し始めてからあいつ、毎日案内で付いて行っているんだぜ?このままだと本気で結婚とか言い出しかねない」
「嘘だろ?そりゃ深刻だな」
そう言えば缶蹴り大会以来、他の皆はともかく義兄弟に対する扱いが相対的に軽くなったような気がする。
「だろ?折角エルシェンカさんの信頼も得てきた所だってのに……なあぶっちゃけどうよあの二人、って言うかデイシー?リサちゃんはほらさ、別に好きな男がいるだろ?姉さんの事で若干引いてはいるけど、何故か最近急にしっかりしてきたし。あれは対抗意識もあるんだろうな多分」
敢えて名前は言わない所に気遣いを感じたが、正直鬱陶しい。
「に比べて、肝心のデイシーは学生時代から特に誰とも付き合っていない。つまりビアンも全然有り得るって言う」
「ちょっと待て。何時の間にお前の恋愛相談になった?俺のはどうした?」
「あ、そうだった」
「そうだったぁっ!?手前、人が真面目に話してるのに!」思わず激昂する。「ああそうだよ!あの二人はその内事実婚状態になるのさ!毎日いちゃいちゃして、一方手前は一生独身だ!残念だったな!!」
「そこまで言う事無いだろ……悪い悪い。いやでも冥蝶が助けるって言ってただろ?そんな思い詰めなくても、治ってから告白すれば充分間に合うさ」
楽観的過ぎる。その可能性が低いのは誰だって分かる。だからここまで苦しく、切ない――。
「……本当に悪かったよ、アレク。だけど……やっぱ本人の意志を無視するのは良くないぞ。ルザが今の関係を維持したいなら、周りの俺達は協力してやるべきだと思う」
珍しく深刻げに腕を組み、目を伏せる。
「本人が一番辛いんだぞ。察してやれ」
駄々っ子みたいに諭すな。明日にも彼女は羽根が生え、黒い蝶に化けるかもしれないのに……。
「二人共、ありました!!」
嗚咽が咽喉を噴き出しそうになった瞬間、憎いあいつの歓声が聞こえてきた。




