十章 衛星四十五番の朝
事前連絡があったとは言え、真夜中に到着したにも関わらず、シルミオは僕等を快く歓迎してくれた。一月半振りに懐かしの小屋へ戻り、もう遅いので朝まで休む事に。用意された男女一部屋ずつ別れて眠った。
コンコン。「ん……」「誰だ?」
廊下からのノックに、床で寝ていた僕とアレク、ベッドの上のカーシュ(一人アルコールを我慢して船を運転してくれたのだ。これぐらいのお礼は当然だろう)が相次いで目を覚ます。
「起きてあんた達。朝食の用意が出来たわよ」
「ありがとうルザ。すぐ支度します」
着替えて階段を降りて行く。既に主のシルミオは起きていて、僕等が昨夜持ってきた食料で温かいブレックファーストを作ってくれていた。
「悪いな親父。遅くに大勢で押し掛けた上、朝飯の準備まで」
「済みませんシルミオおじさん」
「何、呼んだのはこっちだしな。食料サンキュー。次の買い出しまで贅沢出来そうだ」
手伝いの日雇いの人達は、小屋より遺跡に近い所にテントを張り作業しているらしい。と言っても発掘作業が一段落したので、今日自分達の乗ってきた船で帰ってもらうそうだ。主に日給的な問題のため。
「無理して若干借金しちまったしな。これで何も出なかったら破産だぞ」
「大丈夫ですよシルミオ。この遺跡には凄い宝が眠っているんです。きっとすぐに返せますよ、ね?」後ろを振り返って呼び掛けたが、朝は機嫌が悪いのか現れず。
訝しげに僕を見た父親に、息子が問い掛ける。
「ところで親父、遺跡の中はどうなってるんだ?少しは入ったんだろ?」
「ああ、基本的には一本道みたいだな。ただ、石碑や建築様式を調べたが、建てられた時代はまだ特定出来てない。つうか今の所、何も分かってねえ。もしかしたら未知の文明、世紀の大発見かもしれねえな」
「マジですか!?」
驚く義息に、初老のトレジャーハンターは深く頷いた。その背後で玄関の扉が開き、童顔の新聞記者がカメラを提げて入ってくる。
「皆おはよう~。荒野と朝日の良い写真が撮れましたよ~、近い内に新聞に載るかもね~」
「仕事熱心だなデイシー。流石は新聞社期待のホープ。一面を任される日も近いな」
片想いの人を手放しで褒める同級生に対し、彼女は冷静に、一面は硬派だから私の分野じゃないよ~、と言った。
「ルザ、朝食は何ですか?」
テーブルにはまだカットしたバケット、バターと苺ジャム、人数分の皿と食器が並んでいるだけだ。キッチンで鍋から何かをよそっている彼女に尋ねる。
「カレースープよ。缶詰を開けて野菜を入れた、ね」
「沢山食べろよ。遺跡探索はとにかく体力勝負だからな」
スパイシーな香りがダイニングに漂う中、お互いの近況を話しつつ食事する。相棒がシャバムへ行ってからも、シルミオは毎日コツコツ発掘作業を進めていたようだ。
「へえ、この遺跡は長いの?」
「見つけてから大体半年ぐらいだ。発掘作業としちゃ短い方だよ。普通は軽く年単位だからな」
「ふ~ん」
「ただ俺達には金銭的余裕が無いからな、一年も掘り続ける余裕はとてもとても……」
「支援者でもいれば話は違うんだがな」アレクも悔しげに言う。「ユアン・ヴィーは割りと活動の初期から功績が認められ、あちこちのお偉方や金持ちの寄進で協会を設立したんだ。しかも一番のパトロンはあの連合政府。未だに半公的団体として毎年多額の予算が振られてて、俺達も多少は恩恵に預かっている訳さ」
「偉大な人ですね。アレクが尊敬するのも当然です」
僕が感心すると、保護者は誇らしげに「だろう?」胸を張った。
シルミオは僕達の活動に興味津々なようで、あれこれ訊いてくる。勿論職務上秘密な事は多いが、日常の休日の過ごし方や友人関係の話なら出来た。
「へー、あの背の高え美女が。クレオも隅に置けねえな」
調査部結成パーティーの時、身長の高い彼女は客の中でも一際目立っていた。凄く綺麗で……あのドレス姿を再び見られる日は来るのだろうか。
「まだアプローチも何もしてないんだけどな」「早くしないと誰かに盗られるわよ」
「もう二人共、からかわないで下さい!」
「まあまあ、まだ知り合って二ヶ月も経ってないんだ。恋愛に焦りは禁物さ。――ところでお前達はいねえのか、良い人は?」
サッと頬を赤らめ、隣で一心にスプーンを使う同級生を見た義息とは対照的に、血の繋がった息子はキッパリ頭を横に振った。
「?シャバムには美人が沢山いるだろう?一人ぐらいは」
「いや……いない。まだ半人前の俺に色恋は早いよ」
「そうか?俺がお前ぐらいの時は、もう母さんと付き合ってたけどなあ」
首を傾げる父に硬い表情のまま、こう見えて晩熟なんだよ、と告げた。何だろう?こんな態度は初めてだ。いつもに比べ声に棘を持っているような。まるでその話に触れて欲しくないみたいだ。
血の繋がったシルミオもそれを感じ取ったのだろう。それはそうと、話題を変える。
「前電話で言ってたLWP殺人の捜査は進んでるのか?」
「芳しくありませんね~」デイシーさんが答える。
ヘレナさんとイムおじさんの事件は現在、他の星の殺人と合わせて連合政府が調査を行っている。僕は半身内と言う事もあり直接的な情報は齎されないが、エルシェンカさんから孫娘のデイシーさんを通じて時々は入って来ていた。
「クレオやそっちのお嬢さんと一緒に暮らしてたんだろう?そいつは……辛えな」
「ええ。しかも手掛かりは見つかっていないらしくて……ね、デイシー?」
「何せ目撃者も凶器も皆無ですからね~。う~ん、でも」
「どうしたんですか?」
「殺人課の捜査結果から考えられる限り~、二人は仕事途中に抜け出して、自力であの林まで来たはずです~。つまり犯人に呼び出された可能性が高い~と」
「それは変だわ」すかさずルザが反論する。「ヘレナ達はこの宇宙の言葉が殆ど分からなかったのよ?覚えの早いレティと違って、二人が聞き取って発音出来たのは精々挨拶と仕事に関係ある単語だけ。ねえクレオ?」
生前の様子を思い出す。単なる雑談にも彼女達はかなり不自由していた。
「ええ。人気の無い場所へ誘い出そうにも、肝心の言葉が通じないのでは……かと言って、こちらで唯一話せた誠さんが犯人のはずがありませんし」
当時魔に侵されつつあった彼は、現場に倒れていたものの凶器を所持していなかった。大体二人とは屋敷でほぼ毎日顔を合わせる仲。わざわざあんな所で殺す理由は無い。
「お兄様は他の全部の事件で完璧なアリバイがありました~。それに~、滅多刺しなんて持久力の必要な殺し方、年中貧血では無理でしょう~」
「待って。確かナイフを何度も突き刺すのって、女が多いんじゃなかった?」
ルザの指摘に、新聞記者は頷きかけて止めた。
「統計的にはそうですけど、今回の被害者は二人で~、しかもパン屋さんの方はメタボリックでしたからね~。非力な女性が、あの分厚い内臓脂肪を何回も貫けるとは考えにくいです~」
「成程」「それもそうだな」
同級生達が同意する中、アレクが更に質問を重ねる。
「なら犯人は男か?」
「完全にそうとは言い切れませんね~。女性でもシルクさんみたいな力持ちなら出来なくはないですから~。あ、ごめんなさいクレオさん~!悪気があった訳ではなくて」
「ええ、可能性の問題でしょう?分かってますよ」
彼女が犯人なんて、仮令天地が引っ繰り返ったって有り得ない。犯行は缶蹴り大会の最中だった。完璧とは言えないけれど、シルクさんにはアリバイがある。――仮に命を奪わなければならなかったとしても、心優しい彼女があんな苦痛を長引かせる方法を取るはずがない。
「でも、だとすると殺人犯の特定は相当難しいわね……大体動機は何なのかしら?二人を殺して得する人間なんて思い付かないわ」
「そこもネックなんだよね~。恨みを買うにしても~、そもそもこの宇宙に来てからそれ程月日自体経ってないし~」憎まれようにも言語が通じない。
「他のLWPも境遇は似たり寄ったりだろう。異世界人をわざわざ捜して殺すなんて、労力の多い犯罪だな」
「ターゲットは分かりやすく首に札を提げたりしていませんからね~」
「結局、分かっているのはLWPを殺し回っている奴が、この宇宙の何処かにいるって事だけか……参るな、そいつぁ」
最年長者の纏めに、僕等全員は揃って頷いた。




