間違い
【☆★おしらせ★☆】
あとがきにとても大切なお知らせが書いてあります。
最後まで読んでくださると嬉しいです。
ホーエンハイム自身、身長180センチを超える偉丈夫だ。
だがそんな彼よりもアルフレッドの方が身長は尚高い。
豹を思わせるシュッとした顔と尾がついており、見た目は魔物というより獣人に近い。
彼が着込んでいる鎧は淡く発光しており、なんらかの魔法的な効果が宿っていることが窺える。
魔法的な効果の乗った武具……マジックウェポンは、財政的に豊かな帝国であってもそうやすやすと手に入れられるようなものではない。
それほどの逸品を魔物が着けているという現実に、ホーエンハイムは相手が魔物といえど決して未開の蛮族の類いではことを、改めて理解する。
だがそれは彼にとって、悪いことばかりではない。
相手が高い文化性を持っているのであれば、その分対話ができる可能性も高くなるからだ。
「失礼ながら、一つ質問をしてもいいだろうか?」
「うむ、構わないぞ」
「なぜ貴殿らは王国に味方をするのだ? たしか混沌迷宮は聖戦で王国と戦っていたはずでは?」
あちら側にペースを握られるより早く、ホーエンハイムは最も気になっていた質問をぶつけることにした。
彼ら混沌迷宮の魔物達が、戦っていた王国のためにここまでやってきているという矛盾。
対話の可能性を探るためにも、これは絶対に知っておかなければならないことだった。
アルフレッドは腹芸が得意なタイプではないらしく、彼は特に言い渋るようなこともなくあっけらかんと言い切った。
「それは我らが既に王国を打倒したからだ。現在ラテラント王国はその名をラテラント聖魔国と変え、我らの庇護下に入っている」
「……」
無論、その可能性は事前に行っていた幕僚達との話し合いの中でも、一応の候補には挙がっていた。
しかし、誰もがその意見を一蹴した。
たったの一週間で戦争を終わらせるなどあり得ないという至極常識的な判断故に。
だが……とホーエンハイムはちらとアルフレッドの後ろに控えている、先ほどの軍勢を見つめる。
人間とはその根本からしてまったく異なる彼ら魔物であれば、戦争を電撃的に終わらせることは不可能ではないだろう。
何せ自分達も、半日もしないうちに拠点を潰されたのだ。
先ほどの名乗りから考えるに、おそらく混沌迷宮には複数の軍が存在している。
彼らが力を合わせて攻略を行えば、たしかに王国が墜ちるまでには一週間もかからないだろう。
(……まずいな)
だがそれは、ホーエンハイムにとって決していい情報ではなかった。
王国が潰れたということは、現在帝国は実質的に混沌迷宮が支配している国家と国境を接しているということになる。
そして自分達はそんな国家に侵攻し、複数の街の拠点化と軍事施設化を行ってしまっている。
敵対行動と取られかねず、そうなった場合はおそらく上層部がまったく危惧すらしていなかった混沌迷宮との全面戦争に突入しかねない。
「ではこちらも要件をさっさとすませよう。我らは今から一時間後の午後二時よりこちらの砦に総攻撃をかける」
「そっ、それは……」
「我はそれを伝えるためにやってきたのだ。正々堂々戦わなければ面白くないからな」
アルフレッドが話にやってきた理由は対話ではなく、戦争開始のための軍使に過ぎなかった。
その事実を前に、ホーエンハイムの脳は急速に回転を始める。
相手方の魔物、そしてアルフレッドの圧倒的な実力。
現有戦力で彼らに勝つ見込みはかなり薄い。
そしてアルフレッドは魔物ではあるが、こうして対話のできる相手。
交渉し、降伏をする余地がある。
故にホーエンハイムはその場で即座に白旗をあげるべく、事前に持ってきていた降参用の軍旗を取り出そうとする。
だがその動作を見た瞬間――アルフレッドが持っていた柔和な気配が一瞬にして消えた。
「あまりつまらないことをするなよ、ホーエンハイム」
彼が剣を振ると、ホーエンハイムが着込んでいる軍服の胸部部分が、その内側に入っていた軍旗ごと細切れにされる。
先ほどまでのこちらを慮る態度が嘘であるかのように、その表情は酷薄だった。
もしもう一度下らぬことを言えば容赦なく叩ききると、その目は百の言葉より雄弁に語っている。
「ふっ、そう緊張する必要はない。我ら混沌迷宮の魔物達はな……正直なところ貴殿ら帝国に、感謝しているのだよ」
「か、感謝……?」
こちらを向くアルフレッドの顔は、ホーエンハイムが言語化することができぬほどの非道さと悪辣さに満ちていた。
その表情を見た瞬間、ホーエンハイムはアルフレッドの、ひいては混沌迷宮の魔物達の本性を悟る。
「正直王国戦はまともに戦争とも呼べぬほど一方的で、こちらとしてもやりがいがなかったのだよ。我らが求めるのは狩りではなく戦い……両者がある程度拮抗し血で血を洗う争いをしなければ、面白くないだろう?」
目の前にいる相手は、人間ではない。
たしかに言葉は通じており、一見すると意思疎通もできているように思う。
だが彼らはあくまで、彼らなりの……魔物の論理で生きている。
彼らが自分達人間と本心からわかり合うことは未来永劫ないのだと、ホーエンハイムは確信に似た思いを抱いた。
「ありがとう! 貴殿達が我々に喧嘩をふっかけてきてくれたおかげで、我らは本気で戦うことができる! 無論ミツル様の命令に答えることこそ至高に他ならないが、やはり我々は魔物……闘争の中にこそ愉悦を感じる生き物だからな!」
アルフレッドはそれだけ言うと、手を振りながら楽しそうに自軍の方へと戻っていく。
浮かべている笑みは当初と何一つ変わっていない。
だがホーエンハイムにはそれが百八十度別物として見えていた。
彼はゆっくりと拳を握り、そのまま目を血走らせ……ぐっと歯を食いしばった。
「総員、戦闘準備!」
「――はっ!!」
帝国将官達は自分達よりも圧倒的に強い軍団を前にしても、それでもなお戦意を衰えさせることなく自身の得物を構える。
そして戦いの時が、始まる。
大量の魔物が、当初より更に堅牢となった砦へと向かってくる。
「――っ撃てえぇっ!!」
彼らが射程距離に入ると同時、指揮官達の指揮により魔法とスキルによる遠距離攻撃が始まった。
徹底した実力主義を標榜する帝国においては、一兵卒ですらベテランとなるCランク冒険者程度の実力を持っている。
彼らの放つ魔法は最低でも中位であり、中には上位ジョブによる強力な遠距離攻撃スキルを使う者達もいた。
「「「GAAAAAAAAAAA!!」」」
それら全てをその身に受け、あるいは避けながら、獣達は砦目掛けて突進してくる。
戦略も何もかもありはしない、真正面からの突撃。
射線を集中できるよう作られた星形の砦は、圧倒的な火力を実現する。
Cランクの魔物達はたちまち肉片となり、Bランクの魔物達は攻撃を食らいながら一匹また一匹とその数を減らしていった。
彼らは当然ながら、その攻撃のほとんどを食らっている。
帝国軍が用意した罠も、十分以上に機能していた。
落とし穴に落ち、背後からやってくる後続の獣達に押し潰される個体が、赤色の染みとなって消えていく。
水堀に落ち、溺死する魔物達の数はますます増えていく。
にもかかわらず、獣達の戦意はまったく衰えることない。
それどころか彼らはまるで戦えることが楽しくてたまらない様子でこちらに勢い盛んに向かってき続けた。
小柄な獣達を我先に追い越そうと中型の獣達が迫り、彼らは同胞の死体を足場にしながらも砦目掛けてかけ続ける。
「撃てぇ! 撃てええええぇっっ!!」
その狂気的な様子に根源的な恐怖を抱きながら、帝国軍は必死に応戦を続けた。
彼らの迎撃と火力の集中は一切無駄のない完璧な帝国式のそれであり、戦果をひたすらに上げ続ける。
だがやはり一人一人が精鋭の粒ぞろいといえど、限界は存在する。
Cランク程度の実力者である彼らは、中型の獣達の背を越えてやってくる大型魔物達に対し、抗しうるだけの攻撃手段を持っていなかった。
「BAOOOOOOO!!」
体躯だけで五メートルを超えるほどの圧倒的な質量を持つAランクモンスター、ベヒモス。 ライオンのようなたてがみを持つ二足歩行の異形は、その肥大化した腕を力任せに叩きつけることで、砦の中の兵士達を、砦ごと叩き潰していく。
「OOOOOOOOOO!!」
全身から炎を発しているBランク魔物、炎々猩々がその全身から噴き出す炎を使い砦を舐めるようにして燃やしていく。
Bランクの魔物が噴き出す高熱は多少魔法耐性のついている程度の装備では受け止めることはできず、彼らは苦悶の声を上げながら酸欠になり、その火力によって炭へ変わりながらばたばたと倒れていく。
「何が……一体何が間違いだったというのだ!」
この絶望的な状況を前にはさしものホーエンハイムも冷静さを保つことができず、彼は目の前の地獄を見つめながら叫んでいた。
自分を悪し様に罵るであろう政敵に対し、言い返したい反論は無限にあった。
あの時点で王国という果実に手を出さずにいられる者が果たしてどれだけいるものか。
魔物達がダンジョンを飛び出して外へ向かうなどと、一体誰に想像がつく?
更には自分達が進駐をしている間に王国が陥落し、魔物達の国になっているなどと?
魔物の襲撃が確認できた時点で、それが混沌迷宮の手の者による襲撃だと気付ける者が果たして帝国にどれほどいるものか。
「はははははっ、食いでがあるぞ! これからが楽しみだ!」
まるで大地が動いたかと錯覚するほどに巨大な魔物……タイラントエレファントの背に跨がりながら、アルフレッドが笑っていた。
彼が足に力を込めると、ビキビキと血管が浮き出す。
禍々しい魔力が一瞬にして戦場を支配したかと思うと、彼は飛び上がり、回転しながら剣を抜いていた。
「我はアルフレッド――この世界に混沌をもたらす混沌迷宮が第二軍団長、『唯我』のアルフレッド也!」
斬ッ!
漏れ出した魔力からは想像も付かぬほどに静謐な一撃が、空を斬った。
ホーエンハイムは自身が斬られたことを、徐々にズレていく視界で認識する。
結果として自身が引くことになってしまった戦争の引き金。
無論申し訳ない気持ちはあるが、死の足音が近づいてきた彼の胸中にやってきたのは、意外なことに安堵であった。
これからの帝国は間違いなく荒れることになるだろう。
人と相容れぬ魔物として戦いを求める、彼ら混沌迷宮の魔物達によって。
国家元首であるシヴァが負けることはないだろうが、それにしても帝国という国は大きなダメージを受けることになるだろう。
それによって生まれるであろう帝国の凋落を見ずに済んだことに、華々しい帝国の軍人として死んでいくことができたことに、彼は安堵したのだ。
ホーエンハイムが真っ二つに切り裂かれると、それに少し遅れる形で砦が音を立てて崩れ始める。
ズズゥン……。
砦は内部にいた者達全てを生き埋めにする勢いで、そのまま崩れていった。
「うっ、うわああああっっ!!」
「助け、助けて……」
数少ない生き延びた者達が、戦いを終え血に飢えた獣達の魔の手から逃れられるはずもなく。
こうしてガイザル帝国対混沌迷宮の戦いが、火蓋を切るのであった――。
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