ガイザル帝国
ガイザル帝国――正式名称イシュタールによるヴァサノバ正統からなるガイザル二重帝国は、徹底した実力主義を標榜する国である。
帝国が常に掲げているスローガンにこのようなものがある。
『豚は死ね、牙研ぐ狼だけが生きろ』
力がないものが食われるのは、負けるのは仕方がない。
そして実力がないものが淘汰される一方で、実力がある者は優遇されるのは当然だ。
彼らは強者に全てを与え、弱者は全てを奪われても文句を言うことはできない。
一方で彼らには腕っ節の力だけを誇るのではなく、実利主義の徒としての側面も持ち合わせている。
弱肉強食を国是とする彼らは、詭道の使用すらも厭わない。
もし誰かが騙されたのなら、それは騙されたやつが悪い。
むしろ騙した奴の方がそいつより頭が良いのだから素晴らしいと、自然にこのような考え方をするわけだ。
帝国では出自を問われない。
彼らは徹底して実力があるかだけを見られる。
たとえ元犯罪者であろうと力さえあれば皇帝となることができ、そしてただ力があるだけのやつは知恵があるやつの食い物にされる……そんな血で血を洗う化かし合い、だまくらかし合いが帝国では日夜行われている。
帝国の上層部などはその最たるものであり、彼らは徹底した実力主義によって形成される、帝国主義的な暴力装置だ。
彼らは日夜その牙を尖らせながら、狩れる獲物はいないかとその選定に目を光らせている。
そんな帝国に弱みを見せた者は即座に食われることになる。
そうして攻撃的な侵略行動を続けてきたからこそ帝国は現在大陸最大の版図を誇る大国となっている。
内では権力闘争を、外では侵略戦争をと彼らは内外で闘争を続けているのだ。
その圧倒的なエネルギーは、常に放出される先を探している。
彼らは常に獲物を探す、餓狼の群れだからだ。
そんな彼らに隙だらけの脇腹を見せればどうなるか……ラテラント王国との国境線において、それは如実に明らかになった。
「国境に……兵がいないだと?」
帝国軍第三軍団の軍団長を務めているホーエンベルク中将は、怒り肩と腰の辺りまで伸ばした髭が特徴的な初老の男であった。
軍歴は優に三十年を超えており、このまま軍功を重ねることができれば複数の軍団からなる一個軍を預かる大将や元帥への昇進の目も見えてきている、歴戦の武人である。
「そんなことがあるはずがないだろう、王国もそこまで馬鹿ではない」
常道的な戦をそつなくこなすと評価が高いホーエンベルクは、その真面目さ故に斥候から入ってきた報告に己の耳を疑った。
そして彼は自身の目でそれを確認し、報告が事実であることに愕然とすることになる。
「本当に、一兵もいないだと……王国は一体、何を考えているのだ?」
国同士の対話において、お互いの領土を確定させているものとは一体何か。
それは地形や講話ではなく、武力である。
領土を守る兵が居り、易々と侵略を許さぬだけの状況が作り上げられている場所こそが主権国として認められる範囲の領土であり、それを守れない国の国民達は無慈悲に蹂躙される運命を辿ることになる。
故に国境に兵を置かないなどということは、通常ではあり得ない。
常識的に考えれば、現在の王国には国境に兵を配備することができぬほどの異常が起きているのは間違いない。
「たしか先日、魔物達の騒ぎが起こっているという話は聞いていたが……」
王国と帝国はしばらくの間平和的な小康状態が続いていたこともあり、厳格に哨戒を行っていたわけではない。
だがそれでもつい先日大量の魔物が出現しその対応に追われていたということは、下士官達からの報告によって判明していた。
王国が聖教会の名の下で聖戦を発令したことは、当然帝国上層部の耳にも入っている。
そのせいで王国内が手薄になる可能性は十分に考えられる。
果たして魔物のせいで兵が展開不能になるほどの痛手を負うなどと言うことがありうるのだろうか……?
もしそうだとすれば帝国軍が進駐した場合にも、同様に手痛い被害を受ける可能性は十分に考えられる。
「ふむ……少し、試してみるか」




