売れない家
その家は三度、持ち主が変わりました。
Aさんという名前が土地と建物に登記されたのが最初です。売買で取得していました。
このAさんから、Dさんという人に名義が移ったのは三〇年前で、売買が原因です。
このDさんからFさんに名義が変わったのは二〇年前で、相続でした。
そしてFさんからN社に名義が変わったのは数年前で、原因は売買です。
実はこのFさんは、息子と二人で暮らしていたのですが、この息子はFさんが死亡していたことを隠して、年金を受け取り続けて生活していました。このことが発覚したのは、息子が家で自殺し、悪臭で近所の方が通報したからです。
遠方に住むFさんの親戚が相続したのですが、すぐに売りたいとなり、相続登記の手続きが完了した後にN社が購入したのです。
N社の担当Sさんは、建て替えて転売しようとします。
取引の内容はくわしく聞いていませんが、現況有姿売買だったのだろうと推測します。
よって、購入したN社が解体を行いました。
家の内部はそうとう荒れていて、悪臭もしていたそうです。
解体業者と打ち合わせを終えて、発注後、作業が始まりました。
解体作業が始まり、数日後のことです。建物はほぼ終わり、基礎部分の解体を始めた頃でした。
業者からSさんは連絡を受けます。
「庭から白骨が……」
ギョっとしたSさんは、慌てて現地に上司と向かいました。
警察の人もいて、大事になるなと落胆したそうですが、出てきた白骨は全て、動物のものだということがわかり、事件ではなくなりました。
白骨化していた死骸は全て庭に埋まっていて、家の基礎を解体する際に、地中埋設物がないかと広めに掘って確認をしたところ、現れたそうでした。
ここで、全てと書いたのは、一体、二体ではなかったということです。正確な数はわかりません。ただ、おびただしい数の骨がということしかわかりません。
Sさんはそれから、近所の人達からある不審な情報を入手しました。
付近の小学校で飼育されていた兎が過去に二度、盗難にあっていたいことや、近所のペットが連れ去られる事件があったこと、野良猫がいつのまにかいなくなったなということなど。
真相はわかりませんが、親の年金で暮らしていた無職の息子が、それらのいくつかには関係しているのではないかと思ったそうです。
近所の人達は、Sさんを見れば白骨が出た例の家の担当さんという認識で、あれこれと親切にしてくれ、工事にも協力をしてくれたそうですが、どこか見世物にされている感覚があって嫌だったとSさん本人は言います。
ともかく、家は建て替えられ、売りに出されました。
地鎮祭は当然行われており、お祓いもすんでいるとSさんも、上司も思っています。
値段は安く設定したそうです。さすがに強気な設定にはできないからですが、早く売って忘れたいということもあったそうです。
しかしなかなか売れません。
噂になっているのかと勘繰ったようですけど、わかりません。
そんななか、Sさんは一組の夫婦を案内します。
三〇代の夫婦、Hさん夫婦はSさんの案内で、家の中に入りました。その時、旦那さんが玄関から中を見つめて「あ……」と声を出したそうです。そして、その隣で奥さんも「うーん……」と声をもらします。なんですか? と尋ねたSさんですが、「あ、ごめんなさい。なんでもないです」と言われ、案内を再開しました。
ご夫婦の見学は、他の人とは違っていて、二人で別々に家の中を確認するものでした。
ふつうは一緒に見学しながらSさんの説明を聞いてもらうのですが、奥さんがSさんと一緒に行動し、旦那さんは家の中を一人でうろうろとしました。
案内を終えて、夫婦を後部座席に乗せて車を出したSさんは、最寄駅まで送るべく運転します。
一、二分ほど車が走ったところで、旦那さんがSさんに、コンビニに寄ってくれと言いました。
言われた通りにコンビニに寄ったSさんは、旦那さんにこう言われます。
「気持ちの悪い男の人が、あの家にはいますよ。特に一階の奥、キッチンのあたりに執着しています」
え? と声をだしたSさんに、旦那さんが続けます。
「僕、見えるんです」
「見える?」
「信じてもらえないかもしれませんけど、幽霊、見えるんです……妻は見えませんが、感じることができます」
Sさんも普通であれば、ふざけるなよとなりますが、どういった土地だったかと知っているので黙って話を聞いたそうです。
「髪がボサボサで、髭もすごくて……目が血走ってるんです。で、ぶつぶつと何かを言うように唇がつねに動いていて……その男、ものすごく悪い感じが強くて、僕らが入るなり、睨みつけてきました。たぶん、見えない人でもあれにまとわりつかれるから、家の中で気持ち悪さを感じたり、居心地の悪さを感じるんじゃないでしょうか……お祓いできる人、紹介しましょうか?」
Sさんは、でも写真や動画を撮影しても異変はなかったという話をしました。
「必ず写るわけではないですし……いえ、あくまでも僕は見えるから、そしてあれはとても嫌な感じがするからおせっかいだし気持ち悪がられるかもしれないけど言っただけです。すみません。駅までお願いできますか?」
Hさん夫婦を駅まで送ったSさんは、そこでお祓いができる人を紹介してもらったそうです。
後日、そのお祓いができる女性、三〇代のスラリとした美人だったとSさんは言いました。Mさんとします。
Mさんを連れて現地に行くと、彼女は家を見るなりこう言います。
「これは売れないですよ……Sさん、この家に入って気味悪く感じたりしませんか?」
じつはSさん、感じていたそうです。ですがそれは、ああいう過去を知っているからそうなんだと思っていたそうです。
Mさんは、決定的なことを言いました。
「この男の人、恨みが強すぎる。わたしじゃ祓えません」
「え? じゃ、どうすればいいんですか?」
「……ごめんなさい。お寺か神社にご相談されて、しかるべき方を紹介してもらったほうがいいんじゃないでしょうか?」
地鎮祭の他にもお祓いをしていたSさんとすれば、もうどうしていいかわからなかったといいます。
結局、Sさんは上司に相談をしました。
上司は言います。
「まったく何の相談かと思えばお前は馬鹿か? さっさと売れ! 値段さげて三月までならこの金額にするから買わないかと、ここで購入申し込みを書いてくれと迫れよ、客に! 買わせるんだよ! 客の気分をあげて! 衝動買いさせろ! さっさと終わらせろ、馬鹿!」
Sさんは、言われた通り、案内した人に割引の提案をおこない、この立地でこんな物件は他にないと訴え、なんとか売ることができたそうです。
私は訊きました。
「売った後、クレームとかなかったんですか?」
「担当が違うんで、そっちで何か受けているかもしれませんね。でも、まぁ……俺のところには報告がないんで大丈夫じゃないですかね……」
彼はもう関わりたくないからと、その家の様子を見に行くこともしていないので、その後のことはわかりません。