アリスとエクシーヌ
新生アウランズ軍とマクシトイ軍が激突したコーダス平野の戦いはアウランズ軍の勝利に終わった。
敗北したマクシトイ軍の残党は敗走し、マクシトイの都アナラジに逃げ帰る。
王もまたどこかに逃げた。
アリスは追討軍を向かわせる。
まずは王の捜索である。
どこに逃げようとその首は貰う・・・という強い意志。
そうでなくては本当に勝ったとは言えない。
既にマクシトイ国に戦う戦力が無いとはいえ近隣の小国群と手を組まれると厄介だ。
もっとも周辺には小国が散らばっているだけなのでマクシトイに手を貸す国がいるとは思えない。
問題なのはそれらではなく離れた地域に大国や強国があって動かれると面倒になる。
とにかく王の捕縛が最優先だ。
それと同時にマクシトイの都アナラジにも進軍した。
王が都に帰っている可能性もあるし、何より都は抑えなければならない拠点だからだ。
コーダス平野の戦いから体制を整え8000の兵で都に向かったアリス。
抵抗があると思っていたが都はあっさりと降伏し明け渡した。
実に呆気なく攻略できた事にアリスは拍子抜けした。
アラナジを手に入れたアリスは王の妃や王子達、その一族の者を全て処刑。
ただ三人の王女は処刑から外した。
マクシトイ王の血が絶える事を恐れたマクシトイの臣下や民から声が上がったからだ。
これにより王女三人の命は助かった。
もっともアリスとしても根絶やしにするよりは生かしておいたほうがマクシトイ統治には有利だ。
マクシトイの民の反発は少なくて済む。
それに女達は後々に使えそうだからだ。
「さて・・・と」
マクシトイ征服から一ヶ月、アナラジの支配を整えていたアリスにマクシトイ王の死が届けられた。
どうやら付き従っていた部下に殺されたようだ
アリスは王の死体をアナラジに持ってこさせ死体見分したのち埋葬した。
「マクシトイ攻略おめでとうございます」
一段落着いたマクシトイを部下に任せてアウランズに戻ったアリスにホイクールが訪ねてきた。
「ありがとう、慌ただしい一ヶ月だったわ」
疲れが出ていたアリスは椅子から立ち上がらずにぐでっとした姿でホイクールと会った。
大きな戦争を終わらせ都に進軍・・・その疲労はアリスの中に蓄積され体のダルさとして現れ気分を沈ませる。
「でしょうね、お疲れ様です」
「それで?、今日は何の用?」
「ああ、それですがようやく見つかりました」
「・・・!、門の事ね」
「はい」
「それで?」
「魔界に大規模な門を出せる者がいます」
「?、者達ではなく者?」
「はい、者です」
「・・・あり得ないわね」
「そう考えるのが普通です」
「・・・」
アリスは考えた。
ホイクールが出鱈目を言う事はないだろう。
ただ一人で大規模な門を通せる者などあり得ない。
天才と言われているピックミーですら単独では小さな門しか生み出せないからだ。
もしそんな者が存在しているのならそれは天才どころか超天才・・・というか化け物だ。
「それで?、そのあり得ない力を持った魔族のお名前は?」
「エクシーヌです」
「エクシーヌね、聞いた事ないわね」
「それはそうでしょう、まだ若いですから」
「何歳?」
「今年19歳です」
「私より四つ下ね」
「そうなりますね」
「それで?、その子は・・・女の子だと思うけどその子が何?」
「今言ったように単独で大きな門を作り出せます」
「西方にいる母子達を全員移動させる程の?」
「流石に一度では無理でしょうが四〜五回程で全員を渡らせる大きさには出来るようです」
「・・・かなりのものね」
「はい」
もしそれが本当ならば大いに助かる。
しかし問題は二つある。
ピックミーの門もそうだが一日に渡らせる制約が存在しているかもしれない点。
一回通らせた後、次に使用できるのは一ヶ月先とか一年先かも知れない事。
二つ目はそんな力を持っている者との契約金だ、かなりの額を請求されるのは目に見えている。
「四〜五回は分かったけど制約は?」
「一回の使用後、次に使用できるのは一週間後・・・という話です」
「それは凄いわね」
「そう思いますが本人は凄いとは思っていないようです」
「へー、それでそんなに凄い便利な力を持っているエクシーヌを雇うには幾らかかるの?」
「・・・・・・」
急に黙り込むホイクールにアリスは目を細めた。
つまりは超高額の金額の請求だ。
当然である。
そんな超超天才クラスの力などアリスも聞いた事がないし、それにかかる金額も見たこともない超超高額が飛び交う筈だ。
正直契約するのは諦めるしかない。
今のアリスには払える金などないのだから。
「本人の話では無償で良いとの事です」
「は?」
ホイクールの言葉にアリスは聞き間違ったのではと身を乗り出した。
「無償で良いとの事です」
「無償?、言っている意味が分からないわね」
「言葉の通りです、この契約には一切の金品は必要ありません」
「金品は・・・ね、契約に必要なモノは何?」
「そうですね、確かにそう聞いて納得出来るモノではありませんね、私でも同じ事を思うでしょう」
「それで?」
「契約の条件は本当に何もありませんし何も要りません、全て無料です、つまりタダです」
「えーと、そのエクシーヌって子、誰?」
「魔族ですよ」
「そんな力を持っているのなら魔王支配領域外の住人よね?」
「はい、黒き竜の娘です」
「!、黒き竜・・・ゴーモンドね」
「はい」
黒き竜ゴーモンド。
かつて世界を滅ぼそうとした邪竜の末裔と言われている黒竜。
魔界の深部に君臨し、その姿は魔王支配領域内では見た者は誰もいないと言われている。
その力は未知数。
その娘なのならば確かにそんな力を持っていたとしても不思議ではない。
「黒竜は・・・本当に存在していたの?」
「していますよ?、私も見た事がありますから」
「へー、どんな感じ?」
「とても大きい黒い竜です、老いてはいますがその力は私を遥かに超えるでしょうね」
「なるほど」
伝説にまでなる邪竜の末裔ならば当然の事だ。
アリスも見てみたいとは思うが魔界深部に行くには余りにも遠すぎて行くに行けない。
「招待されて行ったって事よね?」
「そうです、二年前のあの戦い直後にエクシーヌから招待されました」
「なぜ招待が?」
「人間界の動きが気になるようです」
「人間界の?」
「竜界が動きましたから」
「ああ・・・それでその情報を得ようと?」
「そうです」
「黒竜は竜界の動きを探ってる?」
「でしょうね、私もそこまで詳しくは聞いていません」
「なるほどね」
黒竜が竜界の動きを気にしているのは収穫だ。
というか黒竜が実際に存在していた事そのものが収穫だった。
何せ魔界にいた時ですらその存在は伝説として語られていた程だ。
そしてその黒竜には後継の娘が存在している。
「でも一つ疑問があるわよ?」
「何でしょう?」
「黒竜は存在していて黒龍の娘がエクシーヌという事は分かったわ、けどなぜそのエクシーヌが私に力を貸すの?、しかも無償で」
「まぁ・・・エクシーヌの話をすればどうしてもそこに行くでしょうね」
「答えは?」
「答えは・・・エクシーヌは確かに黒竜の娘ですが母親は人間です」
「人間?、何で人間が魔界の深部にいるの?」
「黒竜にとっては面白半分、興味半分で人間のとある女を手に入れました」
「もしかして人間界から連れて来られた・・・アウランズの女?」
「そうです」
「それで?」
「それで女は黒竜の子を孕みました」
「それがエクシーヌ?」
「そうです」
「なるほど、エクシーヌは人間界の・・・アウランズの血も引いているのね」
「そうです」
竜と人間のハーフ。
それはそれで面白い。
しかし昔の文献を紐解けば伝説上にはそういった例は無くはない。
エルフと竜のハーフであるルセルの衝撃が強すぎてアリス的には大して驚く程でもないが珍しい事例である事は確かだ。
「それで復興したアウランズに力を貸すと」
「まぁ、そういう事ですね」
「本当にそれだけ?」
「と言いますと?」
「何か隠している事があるでしょ?」
「いえ、特にはありませんよ?」
「誤魔化しても無駄よ、隠していますって顔に書いてあるわ」
「いえ、書いていませんよ?」
苦笑しながら答えるホイクール。
流石に少し付き合いの長いアリスだ。
ホイクールの嘘・・・というか隠し事を見抜いている。
「言わないと契約はしないわよ」
「良いんですか?、困るのは貴女の筈ですが?」
「確かに困るけど裏のありそうな不気味な話には乗れないわね」
「なるほど」
「で、どう?」
「ふむ・・・仕方がないですね、では話しましょう」
「どうぞ?」
「まずエクシーヌですがアウランズ人の血を引いているのは話しましたね」
「そうね、それで?」
「その母親はアウランズ王の王妃だったアリンネルです」
「・・・は?」
「そう、アリンネル、アリス貴女の母親です」
「・・・えーと、どういう事?」
アリスの母アリンネルは魔王に捨てられオークの巣に連れて行かれた筈だ。
そう聞かされてきた。
エクシーヌの年齢を考えれば生まれたのはオークの巣に送られてすぐぐらいか?。
「王妃アリンネルはオークの巣に着く前に黒竜に連れ去られました」
「その話は本当?」
「当時王妃の持っていた持ち物は今でもエクシーヌの元にあります」
「エクシーヌの元に?、王妃はどうなったの?」
「残念ながらエクシーヌを産む時に命を落としたようです」
「・・・その話が本当なら」
「エクシーヌは貴女の同母異父姉妹に当たりますね」
「・・・」
想像していなかった話がホイクールの口から出てアリスは戸惑った。
そして力が抜けた。
母はオークに犯され子供を生まされ続けたという話の瓦解。
母は生きて黒竜の子を産んだ。
生死不明だった母の明確な死。
そして母を同じくする妹エクシーヌの存在。
「それは・・・」
言葉にならない。
何か色々なモノが混ざりあいアリスの心の中で渦巻く。
「私からの話は以上です」
「そう・・・」
「どうしますか?」
「ちょっと待って・・・何か突然過ぎて頭がこんがらがってる」
「まぁ、そうでしょうね、私も聞いた時には少し混乱しましたから」
「そう・・・ね、返事は少し待ってもらっていい?」
「勿論です」
「えっと・・・その・・・」
「何ですか?」
「エクシーヌというのはどんな子?」
「私が会う時は竜の姿ではなく人間の姿です、容姿は実に美しいですよ」
「そう・・・」
「性格は貴女に似ている部分もあります、比較的温和ですね」
「私をどう思っているの?」
「尊敬しているようです」
「尊敬・・・ね」
「少なくともアウランズ復興には大いに興味があるようです」
「そう、分かったわ、契約は考えてみる」
「良い返事を期待しています、それではこれにて」
そう言うとホイクールは部屋から出ていった。
そしてアリスは今まで気になっていた事が明らかになり力を全て抜き目を伏せた。




