【精霊】温泉[メリーカ]
平和で豊かな地、エルフ界
エルフと呼ばれる知的な種族が治める国は広大な精霊界の中でも抜きん出て洗練された文化を持つ
チャポンッ
足から腰、そして胸から肩を湯に浸けたメリーカはその湯加減に息を吐いた
「ふぅーー」
旅の疲れが飛んでいく感覚を味わう
日中は馬を駆り進んだため疲れが溜まっているからだ
「チェナ、これは良い湯だ」
メリーカは湯のやや離れた場所で体を柔らかい布で拭いている若い女エルフに向かって言った
「それは良い事でございます」
チェナと呼ばれたエルフはそう答えた
基本的に同性であってもエルフは個別に入る事を好む
メリーカも女王就任前はそうであった
しかし女王ともなればそれぞれ専属の者達がいて、入浴に際しても一人という訳にはいかなくなる
不要だと感じつつも人員削減は失業者を増やすため、それは受け入れた
そのお陰で一緒に入り肌を晒す事もにも馴れた
とはいえルーエルシオンの白城に潜入し、厳重な警備を潜りぬけて女王を狙ってくる不埒者はエルフ界にはいないであろう
敢えて言えばダークエルフが誘拐目的で潜入してくる可能性は・・・無くはないが可能性は限りなく低い
メリーカは湯に浸かっている間もチェナは護衛として周囲を警戒しながら体を洗う
チェナは遊びや休養でメリーカに付き添って来ている訳ではない
護衛として任務に当たっているの
もし入浴中に賊が侵入した場合、メリーカを護らなければならない
だから本来ならば個別に入る入浴もメリーカと一緒に入っている
とはいえ馴れていない事なので裸を晒すのは恥ずかしくはあるが
ここは温泉で有名な里ルーネメシス
女王退位後、メリーカは自由になった気分を味わう為にエルフ界の旅行をしている
女王時代には自由に旅行など出来ないので、退位後に旅行するという計画は随分前から考えていた事だ
それを実行に移したのだ
とはいえ女王退位直後であり、なお且つ元女王という立場上一人旅は許されない事である
メリーカ的にはぶらり一人旅を満喫したいのだが、それは流石に現女王ポリーニからストップが掛かった
旅行が駄目なのではなく一人旅が駄目なのである
エルフ界の法では退位した後でも護衛を付けなければならない
メリーカ的には既に女王ではなく一般のエルフに過ぎなくなった者に護衛なんぞ付ける必要などないと思っているが、反対にあっては仕方がない
そう、仕方がないので最小限の人数である2人のエルフを護衛に付けて旅行している
その一人が今一緒にいるチェナであり、外で見張りをしているプレシャリーだ
過剰警備ではあるが平和なエルフ界の旅行であっても危険がまったくない訳ではない
例えば獣に襲われるとか、ダークエルフに攻撃されるといった類の事だ
獣はともかくダークエルフとは近年対立はなく、どちらかと言うと良好である
ルーダークエピアの女王アローピアは何かしら友好的なダークエルフでメリーカとも一応の親交らしきものは一応今でもある
歴史上度々対立してきたエルフとダークエルフの関係上においては今は異例の時代といえるだろう
22年前の魔王軍侵攻時、メリーカの要請にルービアンカ奪還に動いたアローピアをメリーカは高く評価していた
当時はダークエルフに援軍を要請する事は大多数の反対にあうため、メリーカは極秘裏に密使をルーダークエピアに送った
密約により表向きはダークエピアが独自に動いて魔王軍を倒しルービアンカを占領した事にして、戦争終結後はエルフ側が高額でルービアンカを買い取るという形だ
事情を知らないエルフ側の一部にはアンデッド戦争終結後ダークエルフ軍を倒して里を奪い返そうという声も起こったが、魔王軍との戦争で多大な犠牲が出た事を理由に戦争は避けるべきとのメリーカの一言で売買は成立した
金や物資で収まるのなら安いものだ
今から考えればよくあんな冷や汗ものの無茶をやってのけたものだと思う
そういう意味でメリーカも当時は若かったと言える
現在はアローピアから娘であるラピアに女王位が移ったものの、以前変わらず関係は悪化していない
ただ、あくまでいま現在の話であってこれから先は分からないが
スゥーー
湯の中から右手を上げたメリーカは自分の透き通るような白い手を見た
年の割に綺麗な肌だ
今年で52歳になる
しかし容姿はまだまだ若々しい
エルフの容姿は個人差はあるが60歳以上にならなければ老いない
大体エルフは40近くまで人間で言う所の20歳前後の容姿を保ち続ける
その後、徐々に衰え初めてくるが言うほどの劇的な変化はない
現在メリーカは若干の衰えはあるものの今だに20代中頃の見た目をキープしていた
「・・・・・」
濡れた自らの手の甲を見つめながらメリーカは自身の年齢について考える
女王就任から今まで個を犠牲にしてエルフ界の為に尽力してきた
気が付けば既に寿命の半分の時間を生き、時間を費やした話になる
まったく早いモノだ
少女期にはハーフエルフ移動の為に動き回り、女王就任後はその計画の完了に向けて内部にいる反対勢力を退けつつ事を進めた
そして魔王軍侵攻において指揮を取り、迅速に軍を動かして短期で戦争を終結させた
戦争後は魔王軍再侵攻に備え軍制面を強化しつつ、国内の色々な面での整備を整える改革を打ち出した
そして2年前に起きた人間界の騒乱において、人間界に残っていたヒューマンエルフ達を受け入れ長かったハーフエルフ移住計画が漸く完了した
しかしそれは体感的にはあっという間だ
「・・・・・」
メリーカは腕を下ろし湯に浸け、自らのお腹に手を当てる
「・・・・・」
子供を生んだ事はない
女として生まれながらこの年になって一度も子を生んだ事もないという事実を少し考えてみた
基本的に女王位に就いている者の恋愛は奨励されてはいない
性交も当然の事ながらである
そもそもエルフの女王は世襲制ではないため次代を継ぐ子を生む必要性がないからだ
正直女としてはかなり過酷な条件で政務を執り行う事になるが、女王位に憧れ目指そうとする若い子達は多くいる
しかし実際になれるのは才能と運を持ち合わせた者のみだ
メリーカがその才能を持っていたかと言われると無いだろう
大体女王選出の際に補欠候補にすら挙がっていなかった程だ、どんなものか知れている
あるとすれば運の強さか
そしてその運の強さは時代に取って大いに役に立った
魔王軍侵攻という未曾有の危機に対して果断なる決断力を持って短期で戦いを終息させた事だ
もしメリーカでなく他の女王が就任していれば全て後手後手に回り戦争は長引いただろう
当然女達の多くは魔界に連れ去られていた
現在漏れ聞く情報では魔界に連れ去られた人間の女達は魔族の子を生み、その子らも玩具として売買されるという悲惨な状況になっているらしい
おぞましいものだ
「・・・どうにもな」
メリーカはお湯の温かさに包まれながら呟く
戦争には勝った
確かに戦争や移住といった大規模な動きには大いに活躍出来たメリーカ
だが、平和時の内政は非常に苦手であり手腕は振るえなかった
確かにある程度の内政改革は行ったが、細かいもの・・・特にウッドエルフとハーフエルフとの対立やウッドエルフの少子化問題等はお手上げだ
そういった問題にはまるで対応出来なかった
メリーカの自主退位については自身の能力の限界を大きく感じての事がかなりの比重を占める
もちろん能力のある者をポストに就かせ対応させる事も出来たがメリーカ的には色々と面倒臭くなったのも事実だ
元々臨時として選ばれた女王である
もうそろそろ良いであろう・・・という気持ち
というか臨時として立ったのに随分と長く女王位に居続けてしまったな・・・という思い
「恋愛・・・か」
そうした事にまったく興味はなく今まで突き進んできたメリーカだが、女王位を離れ現在の年齢を考えるに少し思う所はある
本来ならば既に子がいて、その子が成人していても何らおかしくない年齢
歴代の女王が辿った道ではあるが、改めて考えるに女王位というものは本当に一生ものの地位だ
その多くは寿命や病気等で女王位のまま死ぬ
途中での退位は無くはないが、珍しいと言えるだろう
だから現状、50を過ぎたといえメリーカはまだ恋愛も子を成す事も出来る
だが、そうであったとしてもメリーカには恋人を持ちたいとも子を持ちたいとも思わない
それらに余り興味がないからだ
現在メリーカの興味を引くものは寿命に関してだ
古代において長命であったとされる美しきエルフの時代の神話
それがメリーカの心を捕らえて離さない
エルフの寿命は長くてせいぜい100年程だ
それは人間や魔族等の高度な知的生命体と同等であり、何ら変わる事はない
しかし太古の昔にはエルフは長命の種と呼ばれ何千年もの生を謳歌したという伝説がある
何千年に渡って若さを保ちながら生き、至高の知恵と力を得続け君臨した神の如き存在であるその古のエルフ達
今までのエルフの歴史ではハイエルフが全てのエルフの祖とされていた
だが現在の歴史学では研究が進み更に分類されハイエルフの前、神々の時代の神のエルフである『ゴッドエルフ』の存在が浮き彫りになってきた
あくまでそれはまだまだ少ない資料の上に浮かぶ研究対象であるものの、もし本当にそれが実在したのなら一つの疑問が浮かぶ
数千年の命を持っていたエルフがなぜ寿命を縮めたのか?・・・と
実はこれはエルフだけではない
エルフに比較的馴染みのあるドワーフやシルフ達もまたかつては寿命が長かったという
それだけに留まらず竜族や魔族もまた同じく寿命は長かった・・・という話
問題はもしそうであったと仮定した場合、なぜ寿命は縮まったのか?・・・と疑問が出来る
しかし残念ながらそれに関しての神話や伝承は何も語ってはくれていない
しかしそれについて研究所を設立し、失われた欠片がないかと研究させている
余り・・・というか全然成果は得られていないが
チャポン・・・
体を拭いたチェナがタオルを胸から腿にかけて体に巻き、湯に近づき足を温泉の湯につけ石の上に座った
「何をお考えですか?」
「ん・・・、まぁ、色々だな」
「そうですか」
「・・・・・」
少しの間、無言があり・・・そしてメリーカが口を開く
「女王時代の事を考えていた」
「そうですか」
「そう、色々あったな」
「はい」
「色々あったが・・・一つだけやり残した事があったな」
「それは何ですか?」
チェナの言葉にメリーカは苦笑した
「いや、止めておこう」
「そうですか?」
「ああ・・・」
そう言うとメリーカは湯の温かさに身を委ねる
メリーカのやり残したこと・・・というかやってみたかった事はある
それは魔王ゼルギネスとの決着だ
多くのエルフの命が失われたアンデッド戦争において防衛戦争には勝利したものの、魔王に落とし前は付けさせていない
当然の事で防衛には強いエルフ軍も攻めにはまったく向いていないからだ
それに当時のエルフ界には武器も防具も攻撃魔法も貧弱過ぎ、兵員も揃わず指揮する者も経験がなく討伐戦は無理であった
そういう理由で魔界には攻めていけなかった
もし攻めていける条件が揃っていたなら迷わず魔界に乗り込み魔王の首を打ち取っていたであろう
しかしそれも今となっては時間が経ち過ぎていて不可能に近い
だが魔界への監視は怠ってはいない
魔界の情報もまたポピーラ等を通じて仕入れている
ゼルギネスは一時行方不明とされていたが最近になってまた戻ってきているようだ
「彼奴の首を取りたかったな」
ぼそりと言った言葉にチェナは目をパチンとさせた
「何か言われましたか?」
「いや、独り言だ」
そう言うとメリーカは立ち上がった




