【人間】アウランズの勝利[アリス]
「終わったわね」
馬上から敗走するマクシトイ軍を見ながらアリスはそう言うと髪を掻き上げた
隣国にして最も鬱陶しい敵であったマクシトイ王国との何年にも渡る戦いは、このコーダス平野の戦いで終わりを迎えた
元々滅びたアウランズ領土を接収していた土地の奪還戦から始まった戦いだったが、アリスは全ての旧アウランズ領土を取り戻した後マクシトイ本領を手に入れる為に次々と街を奪取していった
これに対しマクシトイ王はアウランズを踏み潰すために総軍を動員しコーダス平野に集結させた
その数は約四万、一方アリス率いるアウランズ軍は約一万
四倍の兵力差であったが、アウランズ軍はこれを何とか打ち破った
「王は?」
アリスは将軍が指揮を執る場所まで馬を飛ばし聞いた
「は!!、アリス様、マクシトイ王は逃亡しました」
「それで?」
「は!!、既に追討部隊に追わせております」
「そうか、絶対に逃がすな、可能な限り生け捕りにしろ」
「は!!」
そう言うとアリスはそのまま馬を走らせ自身の幕舎まで戻った
そして入口付近で馬を降り待機している馬番に馬を渡す。
そして幕舎の中に入った
中には数名の召使いの他にもう一人若い女がいてアリス話し掛けてきた
「勝った?、それとも負けた?」
「勝ったわよ」
「それは良かった」
そう言うと女は笑んだ
その笑い方は非常に不敵だ
「ありがとう、マイギーナ」
そう応えるアリス
目の前にいるのは魔族のマイギーナだ
しかしマイギーナであってマイギーナではない
スライム族のオレンジによって体を乗っ取られた殻である
現在西方で勃興したスライム国の代表として東方にあるアウランズとの外交役を担っているのはこのオレンジだ
魔界側が建国したダークエクセナルとスライム軍との戦争によってダークエクセナルは大敗した
ターリィナもその戦いでアリスに戦いを挑み敗北
アリスとしてはターリィナの命まで奪うつもりはなかったが挑んでこられれば戦うしかなかった
結果としてターリィナはその若い命を散らした
ターリィナの死とダークエクセナル軍の壊滅
それにより西方は魔王領からスライム領へと変わる
そこまでは良いが戦後処理は少し手こずった
オレンジがターリィナの体を欲しがったが、それは拒否し捕虜として捕らえていたフォルテスに命じてターリィナの遺体や他の捕虜兵と共に魔界に送り返した
元々決戦前には魔界から来ていた多くの非戦闘員や遊女達がターリィナの命で魔界に帰らされていたので混乱はなく速やかにそれらは行われた
問題なのはダークエクセナルに残されていた多くの人間の女達及びその子供達の処遇である
魔族との融合化を推進するために兵達の所有物として首輪を付けられ管理下に置かれていた女達
そして魔族の血を引く子供や赤子達
それらをどうするか・・・だ
思案の末、アリスはアウランズで引き取る事にした
それは自身の境遇を子供達に重ねたものであるが、勿論それだけではない
将来的な戦力としての希望である
人間は弱い、しかし魔族の血を引いたハーフならば人間以上の能力を少なからず期待出来るからだ
これからのアウランズには是非とも欲しい人材達である
人間達の反対にあっても東方の支配を固めるためにはやらなければならない
しかし問題がある
どうやって西方から東方のアウランズまで移動させるのか・・・だ
「あひいぃ・・い・・」
オズに話をするため首都イートの玉座に赴いたアリス
丁度食事の時間だったらしく人間の若い女が体をゆっくりと取り込まれ溶かされている最中だった
「た・・たすけて・・たすけ・・て・・」
まだ取り込まれていない片手をアリスに向けて伸ばし、半分ほど取り込まれた顔は苦痛に歪んでいる
そして涙を流しながら助けを求める女
「・・・・・」
アリスはチラリとそちらを見て、そのままオズに視線を戻す
「食事中お邪魔だったかしら?」
「いや、平気だよアリス」
「今日は少し話があるの」
「何だい?」
女の事はもう気にも留めずアリスは話を続けた
「処分を保留してもらっていたハーフの子供達と母親達だけど、いらないなら私に頂戴」
「母親も一緒に?」
「子供や赤子を育てるには母親が必要よ」
「ああ、別に構わないよ」
あっさりと了承するオズ
オズとしても魔族のハーフの処遇には困っていた所だからだ
人間は明確に補食対象ではあるが魔族は少し違う
魔族の血を引くハーフはスライム側としても扱いが難しく邪魔でしかない
かといって補食以外で理由なく無闇に殺してしまうには古代種スライム達は知能がありすぎる
故にアリスが引き取るというのなら止める理由は何もない
「ありがとう、一応確認の為に言っておくけどイートにいる女達全員よ」
「妊娠しているかも知れない女達も含めてだね」
「そう」
「分かった」
「それを聞いて安心したわ」
「しかしなぜハーフを欲しがるんだい?」
「私も魔族と人間のハーフだからね」
「なるほど」
オズは納得したという風に頷いた
つまりは同族を確保したいという欲求と捉えたからだ
「あ・・あぁ・・あ・・」
オズに取り込まれていた女は僅かに出ている口から呻き声を出す
しかしそれも時間の問題だ
じきに声も呼吸も出来なくなり、やがて意識も無くなり跡形もなく消えてしまうだろう
補食される憐れな弱者の運命だ
そしてこれはこれから西方のあちこちで起こる事だ
「しかしどうするんだい?」
「何が?」
「アウランズに連れて行くにしても大勢での移動は難しいんじゃないかな?」
「それをどうするかが問題ね」
西方と東方アウランズとの間には壁となる様々な国々がある
それらをどうするか・・・
門をくぐるにしても制限がある
全員がアウランズに行くのには時間が掛かり過ぎてしまう
かといって力ずくでの大陸移動も不可能に近い
障壁となる国々が簡単に通らせてはくれないだろう
といって竜達に頼むのも気が引ける
竜ならば国々も山々も谷も川も関係なく空から簡単に移動出来るだろう
しかしルセルならともかく他の竜達が協力してくれるとは思わない
何よりアリス自身がこれ以上竜族の力を借りたくないからだ
「何とか考えるわ」
そうオズに言うアリス
女は既にその殆どを体内に取り込まれていた
「・・・・・」
一番現実的で安全なのは門を使う事だ
しかし今のままでは素早く全員を移動させる事は出来ない
かといって門の性能を上げるにはピックミーだけでは負担が掛かりすぎて無理だ
「さて、どうするか・・・」
アリスは頭を回転させてみる
それで良いアイデアが浮かべば儲けモノだが、そうは旨くはいかない
「仕方ない・・・アイツらに相談してみるか・・・」
アリスはいらない事に首を突っ込んできたがるホイクールの顔を頭に思い浮かべた
「次は?」
幕舎の中でマイギーナはアリスに聞く
アリスは少し思案し答えた
「死の国オランデムドよ」
「オランデムド?」
エウンジークやアウランズと同じく、かつて魔王軍によって滅ぼされた王国
「そこは今何があるの?」
「何も?、誰も住まない死の土地と呼ばれているわ」
「死の土地って・・何でそう呼ばれているの?」
「魔王軍に滅ぼされてから誰も近づかない土地よ、正確には近づけないようだけど」
「それはなぜ?」
「噂ではとんでもない化け物が潜んでいるそうよ」
「化け物?、おっかないわね」
そう言うマイギーナにアリスは呆れる
古代種スライムこそ化け物だろうと
それはともかくマクシトイを攻略したアリスの次なる標的地はオランデムドだ
このオランデムドには不思議な話がある
かつて人間界侵攻のおり、エウンジークはダークデントとして拠点になりアウランズも滅びた
しかし三つ目のオランデムドについては魔王軍の記録からその侵攻内容が消されていたのだ
記録上あくまで侵攻したという一文しか残されていなかった
当時、魔界でその記録を秘密裏に閲覧していたアリスはこの不可解な記録のされ方に疑問を持った
しかし誰か知っていそうな者に聞こうにもあくまで軍の機密書類のため見たともいえず、聞くわけにもいかなかったためそのままそれは忘れていた
しかし人間界に来て、地図を睨みながら作戦を考えたりしていた時、オランデムドの名が目に留まり思い出したのだ
そして現地に行って調査してみようと考えた
人間達が近づかない理由・・化け物・・その噂の正体の確認
そんな事を考えているアリスをマイギーナは面白そうに見た
「そう言えば人間牧場の方は順調?」
マイギーナのその視線を知ってアリスは話題を変える
「ええ、順調よ」
そう言うと楽しそうな表情でマイギーナは自分の髪を弄った
人間牧場とは人間を飼育する牧場である
名前の通り人間を育て飼育し食糧として卸す場所で、その由来は魔界における喰屍鬼が運営していた牧場にある
今は魔族と人間のハーフの奴隷を売買する会社に変わっているらしいが、元はそうだ
それを参考にアリスがオズに人間牧場運営の提案をした
スライム側としても人間を人工的に増やせるならば食糧に困る事はないためアリス案を採用した
アリスとしては食糧危機に陥ったスライム達が他方に侵攻してくるかも知れない最悪の状況を潰せた形なので上々だ
「あの連中は役に立ってる?」
少し苦笑いしながらアリスはマイギーナに聞いた
「あの連中?」
「リゴーシュよ」
「あぁ、立ってるわよ、元気に頑張っているわ」
「それは良かった」
ちなみにこの人間牧場の運営には人間も加わっていた
リゴーシュ王・・いや元王とその王妃、そして王女のマライアだ
ターリィナに身分を落とされ貧困生活を余儀なくされていたリゴーシュ王達だったが、転んでもタダでは起きなかった
何と魔王軍敗退後、スライム側に命乞いしたのだ
普通ならそのまま食糧行きだったが偶然その場にアリスがいたため、食われずに済んだ
そしてリゴーシュ王達は人間牧場の役職に就きスライム達の食糧たる人間の飼育と管理を任される事になったのだ
本来なら王族として・・人間として終わっているがリゴーシュ王達は喜々として管理に精を出している
これには王族としての責務を放り出して逃げたリゴーシュ王への罰のつもりで牧場運営に就けたアリスも笑うしかなかった
「で、いつまでここにいるの?」
「あら、邪魔?」
「もの凄くね、ここは私の幕舎よ」
「そんな事言わずに遊びましょうよ」
「貴女とイチャイチャする気はないわよ」
「うーん、残念」
そう言うとマイギーナは幕舎から出て行った
「まったく・・・」
そう呟き召使い達も幕舎から出させる
ようやく一人で伸びが出来る
「疲れた・・・」
後は逃げたマクシトイ王を捕まえるだけだ
それとマクシトイの都にも行かなくてはならない
やる事はまだまだある
マクシトイ本国攻略にはアリシュトロ時代からの決着という意味があるが、狙いはその土地だ
その領地の一部をイートからやってきたハーフの移住者達に与えるためだ
人間とは一緒にしないというのは最初からの計画である
人間と魔族を血を引く者達だけで自治区を作り、やがて国を建国させる計画
それはやがて来るかも知れない西方スライム国との大戦争に備えての事である




