【魔界】ラミュロス国境地帯[ウィナー]
魔王支配領域内の内、ラミアの支配するラミュロス地区と国境を接するのは第56都市ダークアダルシアだ
現在ウィナーはこのダークアダルシアにてラミアとの外交を円滑に行う為の外交官の役割を担っていた
外交官と言っても特に何かをする訳でもなく、基本的にはダークアダルシアにてラミアとの友好的な環境を整える役割だ
ダークアダルシアはラミュロス地区から入ってくる品々を一手に引き受けている都市であるため、当然都市に入ってきて値段交渉しているラミアも多い
国境云々とはいえ、あくまで形だけでありダークアダルシアへのラミアの入国に関しては厳しくはないからだ
厳しいのはダークアダルシアからラミュロス地区に入る際である
ラミュロス地区はラミアの治める国のため、基本的には魔族その他の入国にはかなりの制限が掛けられている
入るにはそれなりの手続きを踏むか、ウィナーのように大使的な権限を持つ者に限られる
ラミュロス地区の長ハシュターリィスのお気に入りであるウィナーはダークアダルシアとラミュロスの都コプリオンを行ったり来たりの日々だ
2年前、アリスの件でウィナーの立場は危うくなった
アリスの生存について色々と尋問を受けたが全く知らなかったと言い通し、やがてそれ以上の尋問は不要と解放された
たが、やはりウィナーに対する不信は大きく不穏な空気が流れ続ける
それと並行して民衆による「魔界にいる人間を皆殺しにしろ」という声が高まり、人間の血を引くウィナーも例外なく命の危険に晒される事になった
事態を憂慮した王代行であるラーダンはウィナーとその家族を沈静化するまでダークアダルシアに送り、騒動の渦中から避難させた
・・・というのは表向きの話である
裏では中央政界からウィナーを退けたいエミリアの思惑や、ラミュロスの近くにウィナーを置いておきたいハシュターリィスの意向があった
そうした経緯を経て本来ならば左遷に近いダークアダルシア行きをウィナーは飲み、妻や子と共に移動したのだ
そして今に至る
パラリッ
椅子に腰掛けウィナーは自室でゆったりと新聞を読む
余り気分の乗らない朝にして、朝っぱらから気分の悪い記事が飛び込んできた
「・・・・・」
見出しには『S1全て処刑』の文字が踊る
魔界に連れて来られた女達は今回のアリスの一件で皆殺しの憂き目に合い、捕縛され処刑された
ウィナーはエウンジークではなくアウランズの国の血を引いていて別ではあるが、人間の血を引く事には違いない
今回は魔族の血を引くハーフは対象外として免除されたが、免除されなかった場合ウィナーだけでなくその子供達も殺されていた事に背筋が凍る思いだ
現在ダークアダルシアにいるのはウィナーと妻のレイシア
長女シアーナ、長男マトゥールだ
レイシアの母であるプリーカナは王都ダークロスディールに留まり王都の情報をいち早くウィナーに送って来ている
パラリッ
ウィナーは新聞を一枚捲った
そこにはデカデカとある精霊の男の写真が掲載されている
この男の名はロスイプ
精霊界出身のノームで、文章書きだ
かつて魔界においてベストセラーを記録した『エルフ界旅行記』の著者で魔界の中でも知らぬ者は無しと言われる程有名人である
このロスイプが新聞に載っているのは今回彼が魔界にやってきたからだ
ロスイプの新たな挑戦は『魔界旅行記』である
魔界と言っても魔王支配領域内の話だが、とにかくロスイプは魔王代行のラーダンやエミリアの許可を得て魔界にやってきた
本来は他の世界の者をお客として受け入れる事は殆どないが、知名度も実績もあるロスイプは別だ
魔族は文化的な貢献者には非常に寛大で敬意を持って接する事が多い
ちなみに新聞に載っている写真は第2都市ダークマグナドールで撮られたもので、この日、多くのファンがロスイプの元を訪れ賑わった
かつてロスイプの書いた『エルフ界旅行記』が出回った時の反響は凄まじく、これによって数多くの熱狂的ファンを生み出した
今回そのロスイプを一目見ようと各地からファンが押しかけたのだ
そのファンの中には大富豪や貴族、王族も多い
中でも魔王ゼルギネスの娘である王女エリザベートは熱心なファンで、執筆に必要な場所や旅にかかる資金の援助を申し出ていたりする
エリザベートは現在23歳でウィナーとは同い年に当たる
以前はメルリーンやターリィナと並びアクローメラの三大美王女と呼ばれていた
ターリィナが亡き今はメルリーンと双璧をなす美女と言われ多くの男の心を掴んで離さない
「ロスイプか・・・」
そのノームの男はウィナーが精霊界に行った頃に丁度エルフ界を旅していたと聞く
それはあの【炎の祭典】の頃だ
そしてその頃にアリスもまた精霊界から人間界へと旅立っていった
「懐かしいな・・・」
あれからもう7年経つのか・・・と感慨に耽る
自分も年を取る訳だ
バタバタバタバタッ
ウィナー邸の玄関からする足音
おおよそ王族とは思えぬ歩き方で廊下を早足で動く少女とそれを追うもう一人の少女
慌ただく歩くのはシアーナだ
そして後を付いて静かに動くのは上半身が少女の姿をしているが下半身が蛇のラミアである
名前はアペッツィアーヌ、シアーナと同じ7歳だ
アペッツィアーヌはダークアダルシアのラミア商を管理する会長の娘で、2年前にダークアダルシアに来た時にシアーナと知り合い仲良くなった
以後は家族ぐるみでの親交があり、アペッツィアーヌは単独でもウィナー邸に来てシアーナと遊んでいる
ラミアという種族は基本的には雌ばかりだ
その繁殖方法は多種族、とりわけ魔族との交わりを持って子を成す
魔族以外でも子を成せる能力はあるが、ラミア自体の好みが魔族であるので必然的に比重は魔族に傾く
性質上ラミアと似ている魔物はオークである
オークは雄ばかりであり、別種族の雌と交尾しオークの子を生ませる
それに対してラミアは多種族から種を貰い子を生む
オークの種から生まれた子はオークであるが、ラミアから生まれた子は種が何であれラミアである
ただしラミアの場合は種によっては上半身の容姿は若干変わる
とは言っても肌や髪等の色が多少変わるぐらいで美しさはラミアのそれであり、アペッツィアーヌも7歳とはいえ既にラミアの特性の片鱗が窺えた
ラミアには二形態が存在する
一番知られているのは上半身が女で下半身が蛇
その他には全身が完全に蛇の形態がある
ウィナーが最初にラミュロスの都コプリオンに行った時に見たハシュターリィスやラミア達はこの完全蛇化の状態での接触であったため、ウィナーは自分の知識が誤っていたのだと勘違いした
後に二形態がある事を知り、知識不足を恥じたのは一つの思い出だ
この完全蛇化の方も非常に美しく、白蛇であるハシュターリィスもそうだがアペッツィアーヌも目を引く鮮やかなブルーの綺麗な体をしている
もう少しすればどんな男も虜にするほどの美しさに成長するだろう
コンコンッ
ウィナーの部屋のドアがノックされる
ウィナーが椅子から立ち上がり、ドアを開けると妻のレイシアが立っていた
「ダンドが来ました・・・」
余り嬉しそうではないレイシアの顔
それもその筈でダンドとは奴隷階級にいる若者の名前だ
レイシアとしては関わりたくない者だが、ウィナーの客だから仕方なく通している
しかし嫌いな者であるのは間違いない
「分かった」
ウィナーはそう言うと客間に向かう
「よ!!」
ウィナーが部屋に入るとソファに座っていたダンドが手を上げた
「どうした?」
「まぁ、座りながら話そうぜ」
ウィナーとダンドとの付き合いはこのダークアダルシアに来て少ししてから始まった
ダークアダルシアにて奴隷として労働に従事していたダンドをディルーが紹介しにきた
ダンドはエウンジークの女と魔族の男との間に生まれる
いわゆるハーフであり、子供の頃から労働者として働かされていた
とはいえこのダンドは他の奴隷達と違ってやたらと反骨精神旺盛で心身共に強かった
本来なら真っ先に死にそうなタイプだが今日まで根性で生き抜いてきた変わり種である
ウィナーは最初会った時かなり面食らったが、話をしていくと中々に面白い者だと分かってきた
何より自分と同じ人間と魔族のハーフでその生まれに何か近いモノを感じ、今ではかなり親しく接している
「エウンジークの女達は全員死んだな」
苦々しく言うダンド
「そうだな・・・すまん」
「アンタが謝る事じゃねーさ」
微妙な面持ちで答えるウィナー
レイシアがダンドを嫌いな理由は奴隷の分際でウィナーをアンタ呼ばわりし、会話も対等な立場としてしてくる事だ
それに態度もデカい
「そもそもの発端は姉のアリスだからな」
「ん…まぁ、そりゃそうなんだがそこは怒ってないしな」
そえ、そもそも発端は姉のアリスだ
とは言えダンドはその事に関しては怒っていない
怒っているのは魔族の身勝手さや奴隷商に対してである
奴隷を容認するラーダンや奴隷商を叩き潰す・・・というのがダンドの願いだ
ラーダンはともかく奴隷商・・・とりわけその中でも大会社の社長であるデルロイについてはウィナーも危険人物としてディルーから聞かされている
そうは言っても現状ウィナーには何の力も無い
中央から外され、今や単なる一外交官程度の存在にしか過ぎない
ダンドの思いは分かるが話を聞いてやってなだめるだけで精一杯だ
今のウィナーに出来る事、それは何もない
僅かな仕事の従事と子供達の成長と時代の流れをただ見る事・・・それだけである