【闇人戦譚】
ライオネル王都が黒い霧に覆われる直前、危険を察知したルセルはパークメンバーやピェスラナ、ライトリーを引き連れ王都を脱出した。
明確に何がどうと言う訳ではない、勘と本能がそうさせたと言える。
取りあえず王都から20キロ離れた街『リリザル』に到着し、数日様子を窺う。
ルセルらと同じく王都から逃げてきた人々から話を聞くと、王都は黒い霧に包まれているという。
その黒い霧は幻覚も見せるようで、王都に入ろうとする者には霧の発生する前の街の風景を見せて入って来る者を油断させるらしい。
中には王都内で粘液状の怪物に襲われたという話も聞く。
「粘液状の怪物って・・スライム?」
アダージュの問いにナトリーは小首を捻る。
「確かに話を総合するとスライムでしょうけれど、スライムが王都を襲ったと?」
そのナトリーの言葉にアダージュは眉を寄せる。
本来スライムは人の立ち寄らない沼地や森や山や洞窟に生息している。
それは人間界だけでなく魔界でも精霊界でも共通する事であり、街や都を攻撃してくるスライムなど聞いた事もない。
それ故に信じられないのだ。
スライムが王都を襲ったなどと・・・。
「多分スライムを操っている奴がいるんじゃないか?」
パークの言葉に皆が頷く。
黒い霧はスライムが発したモノではなく、魔術師の魔法によって覆われた可能性は高い。
スライムマスターなどと言う者がいるかどうかは定かではないが、少なくとも何かしらの力を持った者がスライムを操り王都を攻撃した・・・と考えるのが一番しっくりくる。
しかし例えそれが判ったとしても現状パーク達ではどうにもならない。
王都を飲み込む程の霧を発生させる魔術師相手にどうにもならないからだ。
王都に潜入しスライムの攻撃や幻覚を見せる霧を交わしながら魔術師を倒せば良い・・・確かにそれが出来ればそうしている。
実際パークやドートナーはそのつもりだった。
しかしルセルに止められた。
日頃のんびり派であり意外と冷静であるルセルが顔面蒼白で止めに入られてはパークやドートナーも顔を見合わせ微妙な顔をするしか出来ない。
何よりいち早く危険を察知し黒い霧が完全に覆われる前に脱出できたのはルセルのお陰だ。
そういう経緯もありパークはルセルの意見を取り入れ待つことにした。
タウナの判断を。
ルセルの考えは取りあえずアリシュトロ国に帰っているタウナに報告する事だった。
そしてパーク達やピェスラナ達を街に残しゲートでアリシュトロ国に向かう。
ゲートを使い帰ってきたルセルに驚いたタウナだが、話を聞くと口をへの字に曲げた。
「スライムとスライムマスターねぇ?」
「そう、今ライオネルは危険だよ」
「正確にはライオネルの都ね、でもルセルが血相を変えるなんて余程の事ね」
「ん・・・だね、あれは・・・危険だ」
どす黒いオーラや瘴気が城下町全体を襲った時の事を思い出し気分が悪くなる。
そんなルセルの様子にタウナは腕を組む。
ホイクールのオーラすら受け流したルセルをして逃げ出さなくてはならないオーラを持つ者。
正直な所、想像がつかない。
一度自ら偵察に行って直で見てみる必要はある。
タウナに取ってはライオネルのその新たなる問題もさる事ながら、ダークエクセナルの動きも気になる所だ。
ダークエクセナル内部で人間達の反乱が別々の地域で起き、首都ダークイートは二つに軍を裂いて対応しなければならなかったようだ。
その反乱についてはタウナの関与する所ではなかったが、ターリィナが自ら鎮圧に乗り出したと聞いてターリィナの首を取る好機到来と考えた。
しかし、一方で別の情報ももたらされた。
魔界にて、魔王の復活である。
城を離れ、公の場から姿を消していた魔王が城に帰ってきたと・・・。
タウナの中にはっきりとした警戒音が鳴る。
今、ターリィナを討てば確実に魔王は人間界に総攻撃を掛けてくるだろうから。
そうなれば正直、現状の人間界では魔王軍の総攻撃に対応出来ない。
「・・・・仕方がないな」
ターリィナを討てるこの絶好の機会、しかし討てば逆に自分達の首を絞めかねない状況。
「ならば方法は一つ・・・」
それは放置する事だ。
ターリィナならば人間達の鎮圧は訳もなく出来るだろう。
それによってダークエクセナルは内部を固める事になる。
それで良い。
それならば『赤い戦士』の名を持ってターリィナと交渉を行う方法を取るのが得策だ。
ターリィナは話が通じる。
魔王に出て来られるよりもターリィナの方がやり易い。
それにうまくすれば今回のライオネルの件、拡大するダークエクセナルの牽制に使えるかも知れない。
ガルアーク将軍率いる魔王軍によりリゴーシュ国を制したダークエクセナル。
リゴーシュ国は国王一家を売り将軍に引き渡したようだ。
貴族達はそのままの地位に収まる約束をターリィナと交わし何らダメージを負うことはない。
上手く纏めたモノだと感心する。
そしてリゴーシュ国はダークエクセナルの属国として機能していく。
もしライオネルの謎の勢力がダークエクセナルと敵対するのならば二つの国と国境を接するリゴーシュは戦場となろう。
一番危惧するのはライオネルの勢力とダークエクセナルが手を組む事だ。
そうなれば勝ち目は完全に無くなる為、それは避けなくてはならない。
「闇人戦譚だな」
そんなタウナとルセルの会話に老人が入ってきた。
その老人は3歳ぐらいの年齢の男の子を連れて会議室の空いている椅子に座った。
そして男の子を自身の膝に座らせる。
「闇人戦譚?」
その老人の言葉の意味をタウナは聞いた。
「ああ・・・人間界に伝わる伝説と言おうか、神話だな」
「その神話がどうしたの?」
「遥か昔、黒い霧は村を街を襲った
確たる形状を持たぬ僕達は全てを飲み込み、破壊した
魔神は異形を率い、進軍した
そしてそれは勇者達により封印された
・・・・西方に伝わる神話だよ」
「んー、似たような話は聞いたり本で読んだ事があるわね
遥か昔、邪竜が世界を破壊しようとした時代
邪竜の僕によって各地は荒らされた
勇者達はそれらの魔人達と戦いある者は倒し、またある者は封印した・・・と」
「それって・・・」
ルセルが言いかけてタウナが頷く。
「そうよ、これは世界共通の神話ね」
「ん~・・」
奇しくもその話はアリスも比較的知識がある。
ウィナーの妻であるレイシアの家系はその邪竜を倒した勇者の家系とされているからだ。
その為その話は勇者の末裔たるレイシアから何度も聞かされた。
とは言え、当時はそんな話にまったく興味は無かった。
しかし、まさかここでその話が出てくるとは思わなかったが・・・。
「つまり、封印されていた邪竜の僕が復活したという事?」
「さあ?、ただ可能性としては無くはない・・て事ではあるんじゃないかな?」
「そうなんだ、その邪竜が暴れてた時代って遥か昔なんだよね?」
「そうね、どのぐらい昔かは知らないけどね
それに神話は単なる神話であって事実とは違うというのはよく言われているけど」
「例えば仮に・・その神話が事実だったとして何千年かな?・・・そんな何千年も封印出来るモノなの?」
「さあ?、正直私では判らないわね
ミーナなら答えてくれるんじゃない?」
そのタウナの言葉にルセルは頭を掻いた。
「あ・・・う、う~ん・・・だね」
確かにルセルの婚約者であるミーナならば答えられるだろう
何せ専門家なのだから。
しかし今現在ここには居ない為に聞くことは叶わない。
「もし神話に記された魔神なのだとしたら・・・太古の化け物だという事になるな」
老人は呻くように声を出す。
「・・・・・」
そこで漸くルセルは気づいた。
「この人は誰?」・・・と
それで聞いてみた。
「えっと・・・すみません、お爺さんはどなたですか?」
「ん?、そうか!!・・言っておらなんだか
儂はこの国の王だったものだ
この国・・・といっても現在のアリシュトロ国ではなく、前の王国アウランズ王国の・・・だがな」
「え!?」
その言葉にルセルは驚きタウナを見た。
タウナは頷く。
「あ、初めまして!!ルセルと言います」
「ん、初めましてだな」
ルセルとアウランズ王の挨拶を見ながらタウナは決めた。
「ま、取りあえず行くしかないわね
城の者に伝えるわ、暫く待っていて
・・・ああ、ここじゃ何だから何時もの家で待ってて」
「うん、分かった」
そう言うと玉座の間からタウナとルセルは慌ただしく出て行った。
それを不思議そうに見つめながら男の子は元アウランズ王に聞く。
「お父しゃん、お姉ちゃはどこ行くの?」
「ん・・・少し遠い所だ
大人しく待っていればお姉ちゃんは直ぐに帰ってくる
良い子でいられるかな?」
王の言葉に男の子は頷く。
それを見ながら王はくしゃっと顔を綻ばす。
正直曾孫ほど年が離れている実の子。
この年齢で跡取りが出来るとは思ってはいなかった。
アウランズ王家の血が人間界で絶える事を良しとしなかったアリスは若くて美しい娘達をアウランズ王にあてがった。
それこそ孫程に年齢の離れている娘達の相手は王自身も抵抗があったが、無事に跡取りや娘が出来た。
しかし、若い娘達を相手にするのはかなり気恥ずかしかったが、次に繋げる事には成功したと言える。
「アウランズ王家は蘇る・・・か」
男の子の頭を撫でながら、王は目を細めた。
エルフ界のルーネメシスで起こった突然の突風と空を駆る巨大な物体。
ブオンッ ブオンッ ブオンッ!!
何かが羽を広げ飛ぶ音。
その音と風はルーネメシスの里上空を通過し、一路その外れにあるノートン一家の家に急接近した。
そして・・・
庭で薪を割っていたノートンはその風と音に何事かと空を見上げ呆気に取られる。
そして驚いた。
何故ならそれは知っている存在だから。
ズシャアァァァァ!!
ノートンから少し離れた場所に着地したそれは、周囲の砂を巻き上げる。
そしてシュウゥゥゥ-----という音と共に巨大だった図体はみるみる縮んで小型化していった。
やがて巨鳥のような姿だったモノは小さくなる度に人型に近づいていき、やがてエルフ並の身長を持つ美しい女性に姿を変えた。
「あ・・・」
その姿にノートンは声を上げる。
「ただいま、ノートン」
シルティアはそう言うと少し照れた表情でうっすらと微笑んだ。




