【エルフの少年ルセル】
クン・・・クンクン・・・クン
鼻を効かせ犬は空に向かって臭いを嗅いだ。
精霊界の一角。
切り立った崖、その先端に雄犬は立っていた。
眼下には広大な森林がひろがっている。
「ウーーー」
やはり何か良からぬ事が起こりそうな・・そんな臭い。
その犬は、犬というには少し大きい。
いや・・・少し所ではなく大きい。
何よりも暗緑色の体毛に被われた姿はただの犬ではない事を現していた。
そして、その目には明確に知性が宿っている。
その犬はクーシーと呼ばれる精霊界の番犬である。
そのクーシーが嗅ぎ取っているのは精霊界全体に漂う気配であった。
今はまだ・・・大した気配ではない。
しかし、何か・・・大きな事が起こる前触れの様な気配が精霊界に漂っている。
「しゃぁーーうぅ」
そのクーシーの背に丸くなって乗っかっていた雌の黒猫が欠伸をした。
「にゃあ~」
一声し、だるそうに空を見上げる。
猫もまたただの家猫ではなく、ケットシーと呼ばれる精霊猫であり、精霊界の番猫である。
ただ、クーシーに比べればやる気はない。
・・・いや、まったくない。
言わば厄介事は我関せずである。
「ウーーーー」
そんなケットシーにクーシーは唸る。
唸られたケットシーは目を細め口を開いた。
「分かったわよ・・・
少し真面目にやるから唸るな・・・」
精霊語で語りかけたケットシーは目を伏せ集中する。
「・・・・・・・」
暫く沈黙が続く。
その間、クーシーは大人しく待っていた。
ケットシーの「それ」は時間が掛かる事を知っているからだ。
「・・・・・」
ややあって目を伏せ集中していたケットシーが呟き始める。
「炎・・・炎の束・・・
螺旋の渦を巻く火の粉・・・赤い狂乱・・・
熱の魔神・・・赤と青と白と黄色の色の交差・・・
そして・・・空を翔る鳥・・・
巨大な力のぶつかり合い・・・エルフ・・・」
そこまで言ってケットシーは催眠状態から戻り我に返った。
「うにゃ~~!!、疲れたにゃ~~」
一声し前足で顔を撫でる。
「・・・・何が見えた?」
クーシーが聞く。
「ん~~~、炎と熱・・・そのぶつかり合い
巨大な『何か』の激突
・・・・その戦いは近いうちに起こるわ
そしてその戦いの始まりはエルフ界から始まる・・・」
「・・・やけに具体的だな」
いつものケットシーの予知はもっと曖昧で、いつどこで起こりどんな事が起こるかの詳しい事までは分からない。
「▪▪▪そうね」
「何にせよこの事を長老に報告しないと駄目だな」
「じゃあ、アナタは長老の下へ・・・」
「君は?」
不思議そうにクーシーは背に乗っているケットシーに聞く。
「私は・・・」
シュタッと犬の背から地に降り立ったケットシーは言う。
「私はエルフ界に・・・」
「・・・そうか」
お互いに顔を見合わせた二匹はお互いに頷く。
次の瞬間にはそれぞれが行く場所に向かって走り出していた。
「ぶはあぁぁぁぁぁーーー!!」
昼間っからカフェで酒をあおっている男。
なぜカフェで?。
それはここエルフ界には酒場がないから。
例えあったとしても昼間っから開いてはいない。
周りで紅茶を楽しんでいた客達は、その空気を読まない異質な客に迷惑そうな顔を見せる。
中には席を立つ者もいる。
給仕の娘もどうしたモノかと顔を青くしていた。
その空気を読まない異質な客。
それは姿からも窺えた。
ずんぐりとした体系に低い背。
生え放題の髭にボサボサの髪。
そして斧を携帯する。
その斧は木を切るようなただの斧ではない、戦闘に特化した両手で扱う大型の武器である戦斧だ。
男はドワーフと呼ばれる種族である。
地下や鉱山に住まう鍛工に優れた種族で、その外見からは想像もつかない程の緻密で正確な仕事をする事でも知られていて、ドワーフ製の武具や工芸品や宝飾品は色々な部族から好まれた。
しかし、粗野で頑固一徹な性格と上から潰したような外見は好まれない。
とくにエルフ達からは・・・。
ここはルーネメシス。
エルフ界のとある地方にあるこの里は温泉の地としてエルフ界のみならず、精霊界からも有名である。
昔は色々な種族が温泉に入りにきたが、近年は訪れる者も少なくなり昔の活気は失われていた。
そのルーネメシスが再び脚光を浴びたのは15年前に起こったエルフと魔界の戦争以後である。
宣伝効果により美容効果が高い温泉目当てに訪れる各種族の女性やエルフ界のエルフ及びハーフエルフの女性が絶えず訪れるようになった。
増えたのは女性が圧倒的に多かったが、男性もまた増えた
目的は美術館に展示されている名剣を見るためだ。
アンデッド戦争の第二戦役であるルーアクシウム防衛戦でスペクターを倒しエルフ軍を勝利に導いた伝説のクレイモア。
ドワーフの剣匠ドンバク作という事もあってドワーフからも好まれ、旅行者もまた増えた。
そう、真昼間から酒を飲むこのドワーフのような・・・。
「かぁーーー!! 効くのぅーーー!!
おい、姉ちゃん もう一杯だ!!」
ドン!! とコップをテーブルに起き追加注文するドワーフ。
「う゛ぅえっっぷ」
そして大きなゲップをする。
給仕娘は顔を引きつらせながら追加のビールを取りに奥に入っていった。
「このツマミもまた・・・」
鹿肉をフォークで突き刺し美味しそうに口に運ぶ。
肉を齧ったその瞬間、ストン・・・と相の席に座ったエルフがいた。
「んん?」
ドワーフは自分の真正面に座ったエルフを見る。
まだ少年だ・・・年の頃は10代中頃ぐらいか。
「何だぼうず、肉はやらんぞ?」
ドワーフが肉を噛みちぎり美味そうに口をモゴモゴさせる。
「うん、肉はいらないよ」
少年は答えた。
「んん?・・・だったら何だ?、ビールが飲みたい歳でもないだろう」
「うん、ビールもいらないよ」
「何ぃ?、う~ん・・・分からん
何の用だかハッキリ言え」
「聞きたい事があるんだ、ドワーフのおっちゃん」
その少年の言葉にドワーフは血相を変えた。
「おい、まて!!
儂は確かにドワーフだが、名前がドワーフじゃないぞ!!」
「だよね、何て名前?」
「名前はノルモンドだ、そして儂はおっちゃんといわれる年齢じゃない」
「ノルモンドさんか、じゃあ何歳なの?」
単刀直入にズバズバ聞いてくる少年に多少面食らいながらノルモンドは答える。
「45歳だ」
「・・・45はおっちゃんじゃないんだ・・・」
「何か言ったか?」
「ん~ん、何も?」
「で何だ?、聞きたい事ってのは?」
「えっと・・・ノルモンドさんは戦士なの?」
「んん?、ああ・・・戦斧か
まぁ、戦士っちゃあ戦士だな
精霊界で悪さをしている悪い精霊共を倒すのが儂の役目だ」
「1人で?」
「いんや、仲間がいる
今回は温泉目当てに遊びで来ているから1人だがね」
「ああ、そうなんだやっぱり!!」
少年が変な納得の仕方をしたのでノルモンドは眉を寄せた。
「何だ?、儂一人だと弱そうに見えるか?」
「ん~ん全然、もの凄く強そうだよ」
「そ・・・そうか?」
「うん、聞いたのはやっぱり仲間と一緒に悪い奴らと戦ってるのかなって思ってさ」
「ん?、おお
そうだ儂の仲間は強くて気の良い連中ばかりだ」
「そうなんだ!!」
「そうだ」
「ねえ、ノルモンドさん
骸骨と戦った事ある?」
少年の口から突然意表を突く言葉が飛び出た事に驚いたノルモンドだったが、正直に答えた。
「・・・・いや、ないな」
「そうなんだ、じゃあオークと戦った事ある?」
「・・・・いや、ないな」
「う~ん、じゃあスペクターやレイスと戦った事は?」
「・・・・いや、ないな」
ノルモンドの言葉に意気消沈する少年。
「・・・・・」
何だか分からないがノルモンドは口を開いた。
「まぁ・・・そいつらはないが・・・」
ピクリとノルモンドの言葉に反応する少年。
「コボルト共ならあるぞ」
「コボルト?」
「犬の顔をした二足歩行の魔物だ」
「強いの?」
「いんや、弱いな
多分ゴブリン共とどっこいどっこいだ」
「ゴブリン!!」
少年の顔が輝く。
「父さんから聞いた事がある、緑色の悪い精霊だ!!」
「ほぅ・・知っておるか
しかしまぁ、奴らは大した事はない
儂が戦って厄介だった奴らはハーピィ共だ」
「ハーピィ?」
「空飛ぶ精霊だ、体の下半身と腕が鳥で上半身が女の奴だな」
「そんなのがいるんだ!!」
「おう、あと強くはないが臭いがえげつないのがゾンビだな」
「ゾンビ!!、昔あった戦争でゾンビの話も父さんから聞いた!!」
「まさかアンデッド戦争か?
もしかして、ぼうずの親父さんは戦争経験者か?」
「うん、スケルトンやオークと戦ったって言ってた」
「なるほどな・・・
ぼうずがスケルトンやオークを知ってるのはそういう訳か」
「うん、もっとも僕が生まれる前だけどね」
「ぼうず・・・歳は?」
「14歳」
「ふむ・・・若いな、しかしアンデッド戦争はもう15年も前の話か・・・儂も年を食う訳だ」
「ノルモンドさんもアンデッド戦争を知ってるんだね!!」
「まぁ、有名だからな」
「ねえ、ノルモンドさんが戦った今までで一番強い敵って何だったの?」
「ん?・・・・ん、まぁ・・・あれだな」
ノルモンドは少し言い難そうにして答える。
「イフリートって奴だな、焔を操る悪魔だ」
「焔?」
「ああ、奴は・・・強すぎた」
「でも、勝ったんだよね?」
「いや・・・無理だ、黒こげになる前に仲間と命からがら逃げた」
「そうなんだ・・・」
「おう、だがよく死なずに逃げ切れたもんだと我ながら感心する」
「でもすごいね!!、そんな化け物がいるなんて」
「まぁな・・・、世界には想像を絶する怪物どもがいる」
「うん」
「そう言えばぼうず、お前の名前は?」
「僕の名前はルセルだよ」
少年はドワーフに名乗り、口の端を上げた。




