池田屋事件(前編)
枡屋喜右衛門という男は、京都の繁華街である四条河原町の真ん中で、馬具などを扱うあきんどさんだ。
年齢もまだ三十歳年後で、頑張れよp(^ ^)q未来の若者と応援のエールの一つも送りたくなるものである。
ところが、この枡屋喜右衛門なる人物。
小藤さんからも要注意人物として名前をあげられていた人物だったらしい。
その理由は、この枡屋喜右衛門は、表こそ商人の面をしているが、(旧)尊皇七皇の一人だった梅田雲浜に弟子入りをし、攘夷派の要注意人物である古高俊太郎と同一人物なのではないかという、仮面トリック説が浮上しているのだ。
これは、人の顔を一度覚えたら忘れないことで有名な小藤さんが、おやつどきの桜もちを買いに河原町に小躍りして出て行ったらあら驚き。
老舗の小物屋さんで昔々に梅田雲浜と一緒に歩いていたあの彼が何食わぬ顔で番頭に立っているじゃありませんか、ということから始まっているらしい。
そんな報告もあってか、あさも重点的にこの人物を洗おうとしたことがあったのだが、特に目立った報告があがって来ることもなく、費用との折り合いがつかないということで調査を途中で止めてしまった経緯がある。
ちなみに小藤さんは、そのSSR(スーパー何とかレア)の記憶力が武器のため、あれあの人見たことあるかも、あれあの人去年暴れてたあの彼じゃない、と京内に潜り込んだ長州藩士が日に日に増えているのを誰よりも肌で感じているそうです。
しかし、悪・即・斬を貫き通すさすが我等の新撰組達。
怪しいと感じたら「ちょっといいか」と即尋問。
もっと怪しいと思ったら署まで強制連行。
枡屋喜右衛門は見事にそのやり方連れて行かれたのだという。
僕達には到底出来ないような過激的なやり方だ。
そこに痺れる憧(以下略)
僕とあさは、近藤局長と土方さんが向かったという、二条城の外れにある不気味な妖気を垂れ流している建物に辿り着いた。
「おい、近藤! ここにおるのか」
あさの声に呼応するように現れたのは、ところどころに赤く染まった浅葱色の服を着込み、いつものように冷静な表情の近藤局長。
「ああ、誰かと思ったらあささんですか。今日はおひがらもよいですね。あ、そういえば前の人材派遣の件はありがとうございました。まだ仮契約の段階ですが、よく働いて貰ってます」
「すまん、今日はその話とは関係ないんや」
「あら、そうですか。それでは何の件でしょうか」
「攘夷派の重要人間とおぼしき人間を捕まえたって聞いてな」
それを聞いた近藤局長は、驚いた表情を浮かべる。
「さすが幅広いネットワークを広げているだけはありますね」
「何か発見はあったんか」
「家の中から、火薬や武器の類が発見されています。あとは暗号化された情報文書が。こちらは別チームが解読しようとしてますが、時間がかかりそうです」
「火薬……物騒な話やな。最近、京都内に潜伏する長州の浪士が増えとるのも関係しとるんかな。思い当たる節はないんか?」
「今はまだ。しかし、今回の逮捕で何らかの進捗があげられると思っています」
そんな話の最中、家の中からおりゃあ、どりゃあという暴力的な声が聞こえた。
「祇園祭に向けての和太鼓の練習かいな」
「まあ、そんなところですね」
「中、見てもええか?」
「残念ですが、子供に見せられるような代物ではないですね」
そんな中、扉が開いて汗でびっちょりの土方歳三が現れた。そして、開きっぱになった扉の奥には、宙ずりになっている瞳孔ガン開きの男の姿が。
見間違いでなければ、その男の足には五寸釘が打ち付けられていて、その先には蝋燭が燃え上がるというハードSプレイ。
「うわぁぁぁぁ、あさ、死体が、人間の死体がぶら下がってるぅぅぅ!」
「あら、土方くん。これはまたタイミングが悪い登場の仕方をするじゃないですか」
「お、誰かと思ったらこの前の小娘にへたれ坊主じゃねえか」
「だだだ、誰がへたれ坊主ですか。そ、そりゃあ前の稽古の時には敵前逃亡したかもしれないですが、それでももし本当にあさを後ろにして、攘夷派の剣士が立ち塞がったら場合は、僕だって、僕だって」
「おい、シンジ。何てんぱって気持ち悪すぎる発言してんねん」
そう言われ、僕は我に返る。
はっ、今僕は一体何を何を口にしてたんでしょうか。
土方さんはそれも気にしてない様子で、近藤局長に話しかける。
「組長。やっとあの男ゲロしたぜ。あのオッサンはやはり古高俊太郎だ」
「やはりそうでしたか。攘夷派の計画に関する情報は吐きましたか」
「ああ。何でも京都の焼きうちを計画してるらしい」
それを聞いたあさは思わず『は』という声をあげていた。
「どういうことやねん」
「目的はまだ不明だ。水戸藩や会津藩や桑名藩の襲撃ということしか聞かされてないらしい」
「それで何で京都に火を付ける必要があんねん」
「混乱を発生させて、その隙に重要人物を狙うというのが目的らしい」
それを聞いて平和主義者の僕なんかは、卒倒寸前。
おいおいマジかよ。
長州ってそんなにやばいテロ組織だったっけ。
というか何で同じ日本で生まれて、似たような教育受けてるのにそんな危険思想に染まったりするの。
あの地方には吸うと過激派になるような邪悪な気でも立ち込めてるるじゃないだろうか。
京都に火を付けるなんてどういう思考回路なんだ。
「ありえんやろ。ホンマのことならさすがに許されへんで」
「そうだな」
「何やねん。長州、一体どういうつもりやねん」
そうあさが言ったのと、ほとんど同時に近藤局長と土方さんが抜刀していた。
家の中で拷問を絶賛継続中だった新撰組の方々もぞろぞろと出てくる。
え、何ですか何ですか。
「八人か」
僕は背後を見る。
林の茂みががさがさと動いている。もちろん天然のカモシカが紛れ込んでしまったという訳ではなく。
現れたのは真剣を両手に握りしめた、ぎらぎらしたお目眼をした西の方々。
一瞬、マジでやべ、という思いが頭をよぎる。
何だかんだで、本物の斬り合いに出くわしたのは初めてのことで。
もしここで新撰組の人達が負けてしまったら、武器不所持の無抵抗な僕らは無傷で帰ることが出来るんでしょうか。
いや、むしろ『いや、いくら子供とはいえ、秘密を知ってしまったからには。
攘夷のためだ。すまん、許してくれ……(ズバァ)』という流れの方が自然な気が。
うわー! うわー!
「シンジ、よかったやんか。うちを後ろにした状態で、攘夷派の剣士が立ち塞がったで」
「うわー! うわーうわー(≧▼≦;)!」
「はぁ、まあ現実はこんなもんか」
土方さんと近藤局長と他浪士で、円弧を描くように並ぶ。
「人数的には少し不利ですね。トシ、少し無茶をしてもらってもいいですか?」
「それは一向に構わんが、敵後方に凄まじい腕前のが一人待機している。あれを食い止めるためには沖田も必要だ。こっちに貸してくれ」
「いや、それは味方や」
土方さんは、ほ、という声をあげた。
「誰だ」
「うちの最強ボディガードや。最近は物騒なんで同行する頻度も増えててな。ただ自分らとのチームプレーは出来んから、どう協力させればいいかを今考えてる」
「いや、敵ではないのが分かれば十分だ」
そう言うと、土方さんは地面を蹴った。
左一文字。
胴が真っ二つに割れた。
返し刀で首筋。
血飛沫が舞った。
三人目。
飛んできた剣は見た目から想像も出来ないような速度でかわす。
そのまま敵の守りの構えを、膂力で頭蓋まで断ち切った。
一瞬の出来事で、敵が動揺したのが目に見えた。
ゴリラが剣を持ってるみたいな出鱈目な強さだ。
小藤さんも単体で長州浪士と落とそうとしている。
ただこちらは正面からではなく、手裏剣なり鎖がまを使ったりの変則的な戦い方だ。
残りの敵浪士は、新撰組の多人数での取り囲んだ死角アタックにフルボッコ状態になっている。
気付けば敵の襲撃はあっと言う間に鎮圧された。
「生きてる! 僕はまだ生きてるよ!」
僕が生の喜びを叫んでいる中、あとの面々は反省会に入っていた。
「危ない目に合わせた。申し訳ない」
「いや、大丈夫や。うちも京都に住んでいる人間だけに無関係な話でも無いしな。それにしても、マッスル土方強すぎるやろ」
「ははは。これはがむしゃらに筋力を付けてるだけではないのだぞ。速度を落とさずに、力を付けるためには、負荷の高いサーキットトレーニングで、体幹を強化する必要があるのだ。まずは、腹筋の四十セットからの」
延々と筋トレ話が続きそうだったので、近藤局長がさっと割り込み。
「まあ、それはまた後でね。そんなことよりも二人逃がしてしまったね」
「そちらは沖田に芹沢を追っ手に出しているが、どうだろうな」
「大丈夫や。小藤も追わせてる。追跡にあれ以上向いている人間は見たこと無い」
三人でわいやわいや盛り上がっているが、僕は上の空のままだった。
僕は、ただ生きていることを感謝するのが精一杯だったのだ。
いつもの池田屋での集まりだった。
「さて、第三十五回攘夷派ミーティングを始めようと思うんだよね」
「よろしくお願いします。」
一同は頭を下げる。高杉が長州(山口県)に帰ってしまったので、参加者は私(久坂玄瑞)、吉田稔麿、入江九一、桂小五郎、来島又兵衛。
そして会議の始まりは、宮部先生からの重たい議題からだった。
「古高俊太郎くんからの定期連絡が途絶えたみたいだよ」
「何があったんですか」
「斥候を出してみたところ、店には立ち入り禁止のテープがぺたぺたと張られていたらしい。さらに調べを続けたところ、新撰組の連中に捕縛されたということが分かった」
それを聞いた皆の表情が強張る。
「古高は容易に口を割るような奴ではありません」
「そうだね。けども、新撰組の拷問も中々のものだって聞くからね。情報は漏れているという前提で物を考えた方がいいね」
「それでは」
「まだ大丈夫だよ。情報レベルはすべて管理してるから。考明天皇を連れ出すという計画は今回の中でも最高機密の扱いにしていて、知っているのは八名だ。古高くんはそこには入ってないよ。他の攘夷派の面々には会津藩のトップである松平容保を殺害するというダミー計画が伝えられているだけだからね」
一同がはいという返事をする。
会津藩はこのご時世珍しく徳川にべたべたの幕府チームの中枢である。
傘下に新撰組を抱えていて、実質の京都守備の要といっても過言ではない。
が、宮部先生はそんなもの大したことはないといった口ぶりだった。
「どちらにせよ、松平容保を殺害するというダミー計画自体の扱いはどうしましょうか」
「そうだね。少し前倒しにする流れにしようか。会津なんて放っておいても何ともないと思うけども、こちらの動きが掴まれるのは避けたいからね」
「分かりました」
「岩倉具視に逃走路を伝えておくよ。鞍馬に入ってから、そこから山陽道経由で西に向かう。メンバーは僕とか、久坂くんと、あと中岡慎太郎という、凄腕の剣豪にも来てもらう予定だよ」
その場にて、決行の日付も告げられた。
会議がお開きになろうかという雰囲気になったので、一つだけ確認しておきたいことを口にした。
「そういえば、先生、変な話を聞いたのですが」
「何だい久坂くん? あ、そういえば文くんは元気かい?」
「はい。文面だけのやり取りですが、元気にしているようです。それで話なんですが、今回の計画に関して、何でも京都全域に火を付けるという話も進んでいるというと噂で聞いたのですが」
それを聞いた宮部先生が、顔を丸めた紙のようにくしゃくしゃにする。
「久坂くんも聞いてたのか」
「本当なんですか?」
「いや実はね、僕もその話は何度か耳にしててね。宮部先生『例の大放火に関しては本当なんですか?』って、びっくりしてね。何のことだいって聞き返すと、浪士の間では結構広まってる話らしいね」
「一部の浪士は火薬類の取り寄せまでしているそうです」
「誰が言い出してるんだろうね。長州も穏健派と過激派に分かれてるからねえ。ここにいるのはみんな穏健派だ。過激派の人が別に何か計画をしちゃってるのかもしれないねえ」
「話を流布させている人間を見つけ、そして止めさせないといけません」
「ただ、今京都に入ってきてる浪士は二千人近いかなあ。それがばらばらに潜伏してるから、中々全員にそれを周知させるのは難しいかもしれないねえ」
宮部先生は、文民統制とかかくも難しい難しいとぼやきつづけた。
そんな話を聞きながら、ふとこの前の坂本の話を思い出した。
坂本は、イギリスは過激派の長州浪士と連絡を取って、火をたきつけるようなことをしてくると言っていた。
既彼らの手が伸びていると考えると、どうなのだろうか。
そんなことを考えていると、宮部先生がゆっくりと口を開いた。
「この件は、ちょっと考えさせてもらってもいいかな?」