幕間~沖縄にて~
過去にイベントのみで公開した幕間を気まぐれにうpしてみることにしました
菜々美の弓道に関する短いお話です
時間軸は、水着回の前くらいになります
※一美視点
沖縄県某所。
ここで、弓道の全国大会が行われている。
我が校からも、親友である彩恩菜々美が個人戦で唯一出場を決め、何故か私、大河一美を始め、周りを巻き込んで彼の地にやってきた。
「まったく、沖縄くんだりまで来る羽目になるとは思わなかったよ」
「あたしなんか、出発の前日に菜々に拉致られたんだぞ?」
もう一人の親友、等々力春菜が吠える。
「ハルの両親には話通してあったからこそ、出来たんやで」
「初耳だよっ!?」
そうか、話さえしておけばいつでも拉致るのは可能、っと……
「そこ!メモるとこじゃないよ!?」
「有無を言わさずにとは、流石ですね」
私の恋人である、藤宮千夏ちゃんの一言。
「藤宮も感心しないでよ~……」
弓道の会場には、いつものメンバーが集まっていた。これから、個人戦の予選が始まる。
「しかし、千夏ちゃんはよくこっち来れたね?」
この沖縄には、弓道部だけでなく陸上部も乗り込んでいる。幅跳びで楢川公江先輩が全国行きを唯一決めたからだ。そのため、弓道部と陸上部は合同で沖縄行きを計画。四日前に現地入りして、宿も一緒。千夏ちゃんは先輩と同じ種目をする部員だからか、サポーターとして陸上部に帯同してきた。
「キミー先輩が、こっちは大丈夫だから、って言ってくれたので……」
聞くと、幅跳びの予選も今日らしい。楢川先輩は絶好調らしく、明日の決勝をもう見据えているらしい。なので、千夏ちゃんには明日の優勝を見せつけたいらしい。相当の自信だなぁ。
「弓道部側が現地入りしている人数が少ないので、キミー先輩は気にしていたようです」
だよねぇ。
弓道部は、元々の部人数が少ない上に、今回の沖縄は遠征にしては遠すぎるため、遠征費用が少人数でも厳しい。ので、人数を絞っての参加。部からは、菜々美と部長と顧問だけ。私と春菜は飛行機代以外は自費で参加。巻き込んだ張本人は、費用を全て持つと言ったが、それは申し訳ないので飛行機代のみ出してもらった。うちの両親も、
『友達の応援?それは行ってあげないと。一美ご飯が食べられないのは残念だが』
と言って宿泊代を用意してくれた。……最後の台詞がとても不安なんだけど。
「春菜も拉致られたとはいえ、よく来れたね?」
「ホントだよ。バレー部にも話が行ってたみたい」
そうでなかったら、エースアタッカーがこんなとこに居られるわけがない。用意周到だな、菜々美。
「ところで菜々美」
「ん、何や?」
「もう大丈夫?」
私がそう聞いたら、考える仕草をした後にこう返事が返ってきた。
「ん。おそらく大丈夫やと思う」
◇
それは昨日の練習中に起こった。
私は楢川先輩の希望で、宿舎近くにある地元の高校で練習を見ていた。ちなみに、弓道部も同じ敷地内の弓道場で練習している。
先輩の絶好調ぶりは明らかで、こんな事まで宣ってきた。
「かずみんとの勝負が楽しみだな~♪」
この人、もう勝った気でいますよ、この大会を!
確かに、私は楢川先輩が全国を勝ったら、体験入部以来のタイマン幅跳び勝負を約束させられている。相当の自信の表れですね。
「そこでかずみんに勝つことが、あたいの最終目標だからねっ!」
一応、この前の陸上部合宿で秘密裏に練習はしておいたけど……私、負けそうな予感。
そんな時、私の携帯が振動……が止まらない?メールじゃないな?と思い、ガラケーのサイドボタンを押して画面を開く。発信者は春菜だった。
「どうした?」
『いちみ!早く弓道場に来て!』
「何かあったの?」
『菜々が……』
その後の言の葉が続かないのが、春菜らしくない。菜々美に何があったんだろう?
「わかった。すぐそっち行く」
そう言って電話を切って、先輩に言う。
「すいません。弓道場の方で何かあったみたいなので、行ってきます」
「あいよ~。こっちは大丈夫だよ。何なら千夏も連れてくかい?」
そう言われた本人は、訳がわからずきょとんとしていた。
「貸していただけるなら、お借りします」
「まぁ、千夏はかずみんのだしね。持っていきな」
「わ、わたしは物じゃありませんてば!」
「キニシナーイ♪ さ、早よ行きな」
「千夏ちゃん、行くよ」
「あ、はい。わかりました。じゃ、キミー先輩、行ってきます」
「行ってら~」
※千夏視点
先輩と移動して程なく、弓道場に到着。
「先輩。菜々美先輩に何かあったんですか?」
訳もわからず連れてこられたわたしは、たまらず質問した。
「いや、私にもわからない。春菜は何も言ってこなかったから……」
不安な表情を隠せない先輩。確かに、理由がわからなければ不安は増すばかり。
「取りあえず、入りましょう」
「ん。わかった」
弓道場の扉を開け、中に入る。射場を見ると、菜々美先輩始め、何人かが立っていた。
「いちみ!」
「何があったの?」
気になって仕方がない先輩は、春菜先輩に事の経緯を尋ねていた。
「あれを見て……」
春菜先輩は、二十数メートル先にある安土の的を指さした。的には、矢が辛うじて二本刺さっているのが見える。的の周りにも矢が無数に刺さっている。明らかに的に矢が中っていないのが、素人でもわかる状況だ。
「まさか……菜々美、調子悪いの?」
「困ったことになったねぇ」
そう言葉を発したのが、弓道部の部長さん……でしたね。困惑しているのがわかる。
「今朝からずっとこんな調子なんよ……」
当の本人も、かなり落胆しているのがわかる。
「さっきも四十射……って言うんだっけ?しても、三本しか的に中ってないんだよ」
「どうしちゃったの?彩恩菜々美。いつもならバシバシ皆中を出す人が……」
「自分でもようわからへん。昨日までは普通やったのに……」
緊張してるんでしょうか、大会前日ですし。
「ほうなんかなぁ……。そんなんとはちゃう気がすんねんけど」
「まさか、あいつを意識してる、とか?」
「あいつ……って?」
心当たりがないのか、先輩は春菜先輩に聞き返していた。
「ほら、昨日会場の下見に行ったじゃない?その時に会った、金髪の……」
「あぁ、神奈川の代表ね?」
合点がいったのか、部長さんは手をポンと叩いていた。
「そうそう!何か言われてたじゃない?菜々。それが気になってるとか……」
「何を言われたの?」
「『もう少し私を楽しませることが出来ないの?』……やったかな?」
「何だその自信満々な態度は」
「確かに実力はあるのよ、彼女。激戦区の一つである神奈川の代表になるくらいだから」
とはいえ、凄い自信家ですね。
「いつか射型が私と似てるって言ってた子?」
「そや。特殊効果が背中に出るような程、綺麗に完成された行射をするんよ」
特殊効果って何ですか。マンガじゃないでしょうに。
「それくらい射型が綺麗なんだよ」
確かに、記録の出る幅跳びの選手も、空中姿勢は綺麗ですよね。キミー先輩みたいに。
「何かプレッシャー感じてる?菜々」
「う~ん、あんまり気にしてへんけど……この絶不調ぶりは、どこかで意識してるんかなぁ」
そういうのありますよね。身体は正直、とか言うんですよね。
「折角、大河一美が来たのだから、射型見てもらったら?」
「お願い出来る?いっちゃん」
「まぁ、見るだけは良いけど」
そう言って、菜々美先輩は準備を始めた。先輩も、真剣モードで行射を見守っている。やがて、射法八節の一連の動作をもって、何射か打ち終えた。やはりというか、的には一射も中らなかった。
「どや、いっちゃん」
「私にはいつも通りの綺麗な射に見えるんだけど、彩恩菜々美」
「あたしにはわからん」
各人それぞれの感想を述べるも、先輩だけは一人沈黙を守っていた。
「……先輩?」
「いっちゃんが黙ってるなんて、不気味やな」
何か考え込んでるようにも見えますが。暫く目を閉じていたかと思ったら、いきなり目を見開いてこう言い放った。
「よし、菜々美。遊びに行こう!」
『……はあっ!?』
その場にいた人全員が、目が点になった。
「もう、こうさ、難しいこと考えるのをやめて、ぱ~っと遊ぼう!」
「それ、あたしが普段言ってる台詞じゃん」
「春菜の場合、普段がだらけすぎてるの」
「遊び行く言うても、明日が本番やで?そんなことしてられへん」
ホント、唐突すぎですね。明日が菜々美先輩にとっての大一番な日なのをわかってます?
「だから、遊びに行くんじゃない」
ええっ!?
「今の状況じゃ、幾ら練習しても無駄よ。菜々美には今、気分転換が必要だと思う。今の射を見てそう感じた」
「あれだけで良くわかるな……」
わたしにもわかりません。
「射に迷いが見える、ということなのね、大河一美」
「なのかな?いつものキレがなかったから」
ぇえ!?部長さんでもわからなかったのに……よくわかりますね。
「それよりも、行くの?行かないの?」
「そりゃ勿論いk(ry」
「春菜に聞いてない」
「ウチかて行きたいけど……それでええの?」
「とにかく、思いっきり遊んで頭の中空っぽにしよう。今日はもう、弓のこと考えるの禁止ね?」
そこまでしますか。
「やるなら徹底的にね。あ、千夏ちゃん。悪いんだけど、今回は三人だけで遊びたいから……ごめんね?あと、楢川先輩に午後は練習見れないことを伝えてほしいの」
沖縄に来ているのにわたしをハブにしますか……わかりました。キミー先輩に伝えておきます。そのかわり、あとでしっかりデートしてもらいますからね。
「ごめんね。埋め合わせは必ず。今は菜々美が大事だから」
「彼女さん、ごめんな。いっちゃんを借りるわ」
いいですよ。菜々美先輩の為ですから。
「そうと決まれば、菜々美は着替え。部長さん、菜々美を借りますね」
「あぁ、いいよ。それで復調するなら」
じゃ、わたしはキミー先輩の所へ戻りますね。
「ごめんね。あとよろしく!」
わたしは、キミー先輩の練習場所に戻って、事のあらましを伝えた。
「なにっ!?あたいも遊びに行きたい行きた~いっ!!」
案の定、出ました子供モード。先輩は練習あるでしょ?
「……あっ、急にスランプになったかも~」
いい加減にしてください。
◇◇◇
※一美視点
そして、冒頭に戻る。
とりあえず、昨日の午後から半日は本当に遊び倒した。こんなの、初めてじゃないかしら、って言うくらいに。
菜々美は、たぶん自分でも気づいていない感情が心の奥底にあったと思う。それが昨日の射に出ていた。本当に些細な動作だったけど。
今朝、試合会場で巻き藁をやっていた時には、その動作はなくなっていたので、ひとまず安心。後は、本番にそれが出ないことを祈るのみ。
「いよいよ、始まるな」
会場の観客席で、隣に陣取っていた春菜がそう呟いた。
何組かある予選のグループで、菜々美は最初のグループに登場予定。一番最初って、結構緊張するのよね。大丈夫かしら、菜々美。
『これより、弓道全国大会個人戦を始めます。第一組、入場』
アナウンスが入り、その後選手が射場に入ってきた。……え、菜々美が先頭?一番最初なんだ。しかも、菜々美の後ろは……あの人が噂の神奈川代表!?
「大丈夫かな~、菜々」
「プレッシャーかかる順番ですね」
千夏ちゃんもそういうのわかるんだね。
『始め!』
役員の号令と共に、菜々美の行射が始まった。
堂々とした胴作り、ゆっくりとした打起し、しっかり形の入った会……そして、離れ。
菜々美の手から放たれた矢は、一直線に的へ向かう。パァン!と小気味よい音が的から聞こえた。
「よぉし!」
部長が声を上げた。菜々美の第一射、的心!
(うん、上出来!)
心の中でガッツポーズをし、菜々美を見る。そしたら、すぐ後ろに立つ神奈川代表が、僅かにニヤリとしたのを私は見逃さなかった。
(どうやら……貴女も満足したようね)
菜々美も完全復調のようで、私も一安心。立て続けに四射行い、全て中白。しかもほぼ的心。
(もう大丈夫だね)
そう思い、菜々美を今日一日見守る決意をした私だった。
終劇
また何時か気まぐれを起こすかも知れません♪