第8話 責任を取れと言われましても
「団長……」
いつもの不敵な笑みはすっかり影を潜め、団長は射貫くような眼差しでこちらを見つめている。その迫力に、圧倒される。
私の望むもの──そんなの聞かれるまでもなく決まってる。
だけど、それはきっと口にしてはいけない言葉だ。
正直に言ってしまうと、騎士団に戻るのはやぶさかではない。
仕事はやりがいがあるし、なにより団長の側にいられる。
けれど私はもう二十四。将来を考えれば、いつまでも騎士団で事務官をしていられるわけではない。団長だって、いずれはふさわしい人と結婚するだろう。
田舎の男爵家の娘で、行き遅れの私なんかとは違う、別の人と……
「団長、私は」
断りの言葉を口にしようとしたそのとき、ふと母の言葉が蘇った。
「──あなたは私たち家族の自慢なんだから、『私なんか』なんて言ってはだめよ。これからは胸を張って、自分がやりたいことをして、ほしいものは素直にほしいと言いなさい」
私が長女だからだろうか。幼い頃から下の子たちを優先するのが当たり前だった。
そのほうが楽だったというのもある。譲ってしまえば喧嘩にならないし、その場も丸く収まる。いつしかそうやって諦めることに、慣れていたように思う。
でも、本当にほしいものをほしいと言っていいのなら。
(きっと、これが最初で最後の機会だ。そもそも私は退職届を出した身。失うものなんて、なにもない)
なら、一度くらい自分の気持ちを正直に伝えてもいいのではないだろうか──。
私は顔を上げ、まっすぐクロイツ団長を見つめた。
「私がほしいのは、団……」
「マーガレットーーーー! 誰だその男はーーーーっ!!」
「姉上から離れろーーーー!!」
「「!?」」
はるか彼方から聞こえてくる声に、私たちは同時に後ろを振り返った。
「……なんだありゃあ」
「……あれは私の父と弟ですね」
「お前の家族だと? あれがか?」
団長が訝しがるのも無理はない。家族の前では穏やかで優しい父は赤猪の異名を持つ大男であり、弟のヘンリーも騎士にも引けを取らない体格が自慢だ。私と似ているところといえば、この赤い髪くらいだろうか。
羊を蹴散らす勢いで近づいてくる二人を見て、私はくすりと笑った。
「以前もお話したとおり、我がブライトン領は羊毛産業が盛んであり、男性はみな逞しいのが特徴なんです。そして、家族思いなことも」
「お、おう、そうか」
「ふふ、すみません。私たちの様子を見て、きっと親密な間柄だと勘違いしてしまったんでしょうね。二人には私が説明するので団長は」
「勘違いじゃねえだろう」
「えっ?」
ニヤリと笑った団長は、まるで逃さないとでもいうように私の両肩に手を置いた。
「知ってるとは思うが、俺は昔から女に怖がられる。寄ってくる物好きもいることはいるが、そういう女はたいてい俺の地位か金目当てだ。だから八年前、鍛練場で見かけた女の子のことが、ずっと気になってたんだ」
「女の子……?」
「当時、俺は副団長で、若手の騎士に稽古をつける立場だった。鍛練場の真ん中に立つとな、周りがよく見えるんだ。最初はやたらと熱心な女子学生がいるなって、それくらいだった。公開訓練には必ず顔を出すから、てっきりお目当ての騎士でもいるんだろうとな」
懐かしむように目を細めた団長の口元に、かすかな笑みが浮かぶ。
「だがよ、あるとき気づいたんだ。その子の視線がなにを追っているか。なにを──誰をそんなに熱心に見ているか。それからは俺も彼女の赤い髪を追うようになった」
「あの、それって……」
もしかして私のことですか。
そう聞きたいのに、うまく言葉になってくれない。
団長はふっと笑うと私の髪を掬い取り、恭しく唇を押し当てた。
「彼女が騎士団に入ったと聞いたときは、柄にもなく浮かれたよ。騎士団のがさつな野郎どもの中で、嫌な思いをしてないか心配もした。だが、彼女は俺の心配をよそに、自分の力で周囲から認められていった。だから四年前、お前が団長付き事務官になったときは、本当に嬉しかった。とうとうここまで来たのかってな」
「だ、団長……あの」
団長は内緒話でもするように顔を近づけた。
「いいか、俺は狙った獲物は逃がさない。それにな、お前がさっきなにを言おうとしてたのかも、だいたい見当はついてる」
「えっ」
「もう遠慮するつもりはない。覚悟しておけ」
耳に息がかかるほどの親密な距離に、一気に顔が熱くなる。そんな私を見てニヤリと笑った団長は、パッと手を放して向こうからやって来る父と弟に視線を移した。
「さてと、問題はどうやってお前の家族を説得するかだな」
「え? あの、説得ってなんのことでしょう」
「そりゃあ、お前を騎士団に連れて帰るための説得さ。こうなったらとっておきの切り札を出すか」
「切り札……?」
わけがわからず首を傾げる私に、団長はまるで悪戯っ子のように片方の目をパチリと瞑った。
「なにせ俺の尻には誰かさんの手形がばっちり残ってるんでな。傷物にした責任を取れとでも言えば納得するだろうさ」
「き、傷物ってそんな、だって、でも、あれからもう十日は経ってるのに」
「証拠保全は大事だからな。大切に保管するさ。いやあ、それにしてもありゃあ強烈な一撃だった。俺がなにかやらかしたときは、またお願いしたいくらいだ」
ニカッと白い歯を見せて笑う団長に、私は反射的に右手を振り上げた。
「この……変態!!」
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
★★★★★で評価していただけるととても嬉しいです!




