第70話 七夕の願いと、金平糖
駅前のスーパーの入り口に、笹が立っていた。
色とりどりの短冊が吊るされていて、近くの長机にはペンと短冊が置いてある。短冊を見てみると、『家族が健康でいられますように』『じてんしゃがほしい』『竜に会いたい』なんて、自由なお願いが書いてあった。お姉さんは、竜に会ってるんだ〜、と、心の中だけで自慢したりして。
異世界に、七夕はあるのかな。さすがに日本独自の行事かな。
七月三日、金曜日。今夜は、ジェラルドさんに会いに行く。会社からの帰り道、和菓子屋さんの前を通ると、かわいらしい七夕デザインの金平糖が売っていた。そうだ、久しぶりに、手土産を持っていこう。きっと喜んでもらえる。
* * *
二十三時、往復券で転移すると、王都は夕方の五時だった。
今日の待ち合わせは転移門の前のベンチではない。ちょうどジェラルドさんの仕事が終わる頃、久々にフローラにも会いたかったし厩舎まで迎えに行くことにした。
厩舎の前に立つと、干し草と竜の匂いがする。去年の夏、初めてここで掃除のバイトをしたときはこの匂いだけで腰が引けていたのに、今はもう安心感まであるなぁ。
奥のほうで、大きな影がぐっと首を上げた。
「フローラ!」
宝石のような金色の目がこちらを見て、鼻から長く息を吐く。手を伸ばすと、撫でてくれと言わんばかりに首をこちらに寄せてきた。
「おっ、来たな〜」
聞いたことがない声が後ろからして振り向くと、知らない男性が立っていた。ジェラルドさんと同じ竜騎士団の服で、背はジェラルドさんより少し低いけれど、肩幅は同じくらいがっしりしている。短い角が二本、日に焼けた顔で人の良さそうな笑顔を見せた。
「あなたが噂の、なの花さんだな」
「あ、えっ、そうです」
「初めまして。ジェラルドの同期のダリオだ。あいつ、今、片付けで奥にいるからちょっと待ってて」
そう言って、ダリオさんは厩舎の奥に向かって大声を出した。
「おーい、副長! お迎えが来てるぞー!」
「わかっている! 叫ぶな!」
奥から、少し焦っているようなジェラルドさんの声が返ってきた。
「ここ一週間『金曜は早く上がる』って言っててな〜。今日の夕方の見回りも代わってやったんだ」
「えっ、なんかすみません」
「あっ、違う違う、いいのいいの。あいつが浮き足立ってるの、珍しくて面白いからさぁ」
……そうなのか、嬉しさと、恥ずかしさで何も言い返せない。
「なんか、写真撮ったんだって? 見せてくれないんだよ。部屋に飾ってるとか言ってたけど」
「おい! 余計なことを言うな。なの花さん、お待たせした」
ジェラルドさんが、少し息を切らしながら出てきた。なにか作業をしていたのか、服も乱れている。
「いえ、あの、ゆっくりで大丈夫ですから」
「すまない、ちょっと着替えてくる。お前、余計なことを言うなよ」
ジェラルドさんが再び急ぎ足で戻っていくと、ダリオさんがイタズラっぽい顔で話を続けた。
「あいつ、ちょっと無骨なところがあるけど、良いやつだろ」
「あ、え、はい、……そうですね。最初はどう接したらいいかわからなかったですけど、話してみると全然違いました」
「見た目もいいしさ、モテたんだけど……ってこういう話、しないほうがいい?」
「えっ、してください、知りたいです」
ずっと地味に気になっていたこちらの世界での女性関係。本人に聞くのもまだ早い気がしたし、共通の知り合いがいるわけでもなくて心の底にしまっていた。どうしよう、こっちの世界にも彼女とかいたら。
「あいつ、すごい年下の子にモテるのよ。それこそ、す〜ごいちっちゃい子からも“お嫁さんにしてください!”とか言われちゃってね。でもね、多分、年上好きなんだよね、だから」
「だから……」
「今、すっごい嬉しそうなんだよな。あ、結構一途だから、他の女の子のことは気にしないでいいよ。俺も見張っとくし!」
別に、年下だからとか年上だからとかで始まった関係ではないけれど、どこかほっとしてしまった自分がいる。特別年上らしい仕草を求められたこともないと思うけれど、そうか、そうなのか〜。
「待たせた! お前、変なことを……」
「ちょっと言っといた。じゃ、邪魔者は帰るよ。なの花さん、またね。こいつ、よろしく」
ひらひらと手を振って、ダリオさんは厩舎を出ていった。フローラが、その背中を目で追っている。
「……何を言ったんだ……?」
「ふふ、楽しい方ですね」
「悪い奴ではない。……悪い奴ではないが!」
ジェラルドさんは、手をぎゅっと握りしめていた。
* * *
二回目のバルは、金曜の夕方で賑わっていた。玉ねぎと肉を焼いたやつと、麦酒。ジェラルドさんは今日も大きな口で勢いよく食べている。
「そういえば、この前、新しいお仕事で、すごく遠いところに行ったんですよ」
「遠い?」
「王都でも私が住んでるところでもない、別の世界? です」
ジェラルドさんのジョッキが、途中で止まった。
「言葉も全然通じなくて。でも、ワクワクしました」
「前から思っていたのだが……なの花さんに、怖いものはないのか? 魔王城で働いているのも楽しそうにしている」
「こわい、ものかぁ……」
言われて、考えてしまう。二十代のころは、会議で発言するのも、上司との面談も、転職をきめるのも、全てが怖かった気がする。最近はそんなことは……あ。
「あ、あれ、歩く草、あれ、怖いですね。もう会いたくないです」
「……エルフの森にいるあれか。フローラも嫌いなやつだな」
「えっ、そうなんですか?! ふふっ、やだ、おもしろい」
フローラとおそろいの苦手なものがあるなんて、なんだかうれしい。笑ったついでに手土産のことを思い出して、鞄から金平糖の袋を出した。
「今日はちょっとしたお土産を持ってきました。手、出してください」
大きな鱗がある手の上に、白と水色と黄色の粒をパラパラと出す。小さな星は、バルの灯りでつやつや光った。
「かわいらしいな」
「コンペイトウっていう砂糖菓子です。日本では七月に“七夕”という、うーん、なんだろう、星のお祭り? があって」
頭に浮かんだのは、織姫と彦星だった。私たちは、織姫と彦星よりも近い場所にいるのだろうか、それとも、もっと遠い場所にいるのだろうか。一年に一度じゃ、やっぱり寂しいな。
「星のお祭り、か。楽しそうだ。どんなことをするんだ?」
「地域によっては盛大に祝ったりするみたいですが、私が住んでる場所では、笹という木の葉に短冊……ちいさな紙にお願いを書いて飾ります」
うまく説明できただろうか。七夕を見たことない人は、木に紙を吊るすイメージがつかないかもしれない。
「お願いを書くと叶う、というわけか」
「そう言われてますね」
「俺も、書きたい」
「えっ、あ〜〜、短冊、持ってくればよかった」
「紙なら、もらえるだろう」
ジェラルドさんが手を上げると、店主さんが「なんだ、追加か?」とやってきて、テーブルの上の金平糖をのぞきこんだ。
「おっ、なんだこれ、宝石か?」
「お菓子です。すいません、お店で出しちゃって」
「ああ、全然いいよ!」
「一つ、食べますか?」
言い終わる前に大きな手が差し出されたので、数粒のせる。店主さんはそれをまとめて口に放り込んだ。
「おお! こりゃうまいな!」
「すまない、紙を二枚もらえるか。ついでに、麦酒のおかわりを、なの花さんは……じゃあ、二つ」
紙を二枚もらい、鞄からペンを出す。私がお手本に縦書きで『みんなが健康でいられますように』と書くと、それを見たジェラルドさんが真似して、ゆっくり、丁寧な字で書いていった。こちらの文字なのに、私にはちゃんと読めるのが、やっぱり不思議だ。書き終わった紙を、私に見せてくれて……。
『なの花さんと、ずっと一緒にいられますように』
もう……!! 運ばれてきたおかわりの麦酒を、ぐびっと三口飲んだ。
* * *
家に戻り『日本の笹に吊るしておきます』と持って帰ってきた短冊を見ると、ジェラルドさんの書いた紙の文字は一つも読めなかった。謎の模様のようで、言葉にすら見えない。そうか、言葉が通じるのは、あちらの世界にいる間だけなんだ。
次の朝、駅前のスーパーの笹に二枚並べて結んだ。『みんなが健康でいられますように』と、私にしか分からないメッセージ。




