第33話 【本日のスキマバイト】魔王城、祭りの清算
一月三十日、金曜日。今夜は魔王城で、祭りの精算である。
手土産を何にしようかとデパ地下をあるいていると、新しいお店がたくさん並んでいてワクワクが止まらない。東京初出店、期間限定、そんなワードに惹かれながらも、とらや、千疋屋、などの老舗も捨てがたい。パッと目に入ったのは綺麗にならんだいちご大福だった。いちご大福、季節限定の中でもだいぶトップランクに好きなやつ。
結局えらんだのは、銀座あけぼのの小さいお煎餅がバラエティ豊かに入っている小袋のセット。いちご大福は、私が一人でいただきます。口の中がいちごの水分でいっぱいになるのが、この季節だけの贅沢で大好きだ。
* * *
転移の光が消えると、会議室の長机の上に、紙の山があった。
「お待ちしておりました」
そこには、レヴィナス様が一人で立っていた。銀縁の眼鏡と、姿勢のいい背中。四天王の他の三人はいなくて、聞くと、カーミラ様は隣の領に出ていて、ガルガンチュア様は訓練場、ネクロス様は骸骨兵の修繕で、今夜はこの部屋に来ないらしい。
「今日は、私とスキミーさんの二人、あと魔王様になります」
「二人のほうが、作業はかどりそうですね」
「私もそう思います」
黄色いエプロンをつけて、打刻をする。 手土産を渡すと、パァッと顔が明るくなった。レヴィナス様も、お茶菓子の魅力にはやられてしまうんだな。
山は三つに分かれていた。領収書、立替金の申し出、それから借り物の一覧。
「祭りの費用は、すこしオーバーしましたが、ほぼ予算通りでした。ただ、誰が立て替えたかわからないものが十数件あります」
「なるほど」
まず領収書の山から、それらしいものを抜いていく。酒屋の領収書が丸まっていて、裏に太い字で「立替」とだけ書いてある。ガルガンチュア様だろう。追加の振る舞い酒か、賞品の酒を自分で買い足したのか。
砂糖の領収書には名前がなかったが、書記が書いた伝言が一枚。『足りない分を買ったのよぉ、と仰せでした』。カーミラ様でしかない。
次の一枚で、手が止まった。蜂蜜と油の領収書で、……王都の判が押してある。
「これ、王都のお店ですか?」
「はい。二日目に来賓が増えたぶんの油です。街道の商人から買いました」
「敵同士でも、普通に買い物するんですね」
「書類の上では敵ですが、商人の往来まで禁じているわけではありません」
レヴィナス様は眼鏡を押し上げて、少しだけ嬉しそうな顔をした。この人は、こういう話が好きだ。
「……聞いてもいいですか?」
「はい、手を動かしながらでもできる話なら」
「そもそも、なんで戦ってるんですか?」
「……鉱山と、街道です」
三百年前、王国と魔王領の境にある魔銀の鉱山と、そこへ通じる街道の取り合いで揉めた。魔銀、いつももらう金貨の材料だ。王国は昔から王家の土地だと言い、魔王領は、放っておかれた土地を開いて道を整えて住民を守ってきたのはこちらだと言った。徴税に来た王国の兵と、追い返そうとした魔王領の兵がぶつかって、報復が重なって戦争になった……。
「なので、人間と魔族が嫌い合った戦ではありません。どちらが治めるか、の戦ですね」
「いつまで戦ってたんですか?」
「百年ほど前までです。ただ、ずっと戦っていたわけではありません。休んで、小競り合いをして、また休んで。この城の組織が軍のかたちをしているのは、そのころの名残です」
「で、その、なんで百年前にやめたんですか?」
「……やめた、というより、やめざるを得なかった。……洪水です」
百年前、国境の一帯を大きな洪水が襲った。どちらの村も畑も流されて、街道も橋も使えなくなった。両軍は兵を引いて、救助と復旧に全力を費やした。当時の国王と魔王様が、使者を通じて「復旧中は攻めない」「救援の物資の通行は妨げない」と取り決めた。
「それ、書面はあるんですか?」
「ありません。使者の口約束です。復旧が済んだあとのことまでは、特に取り決めていませんでした」
「それで……直したあとは?」
「直した橋を、また壊したい者はいませんでした。商人が街道を通るようになり、経済が回るようになって、小さな衝突をカーミラ様がその都度おさめて、百年です」
ただし鉱山と国境の問題は決着していないので、正式な和睦にはならず、軍は残り、王宮には勇者の部署が残り、公式にはまだ敵同士。そういうことらしい。
「……あの、王宮がいう“向こう”って、ここのことですか?」
「“向こう”とはなんの話でしょうか」
「王宮の宝物庫に、子供用?の木の剣があったんです。そんなに高級そうに見えないのになぜか大事にされていて。その剣の柄の巻き方が『向こうの流儀』だって、見たおじいさんが言ってたのを思い出しました」
レヴィナス様はしばらく黙って、それから古そうな帳簿を一冊、棚から出してきた。
「休戦のあいだ、交渉のために王家の方々がこの城に滞在することもありました。子供の剣なら、そのときの物かもしれません」
「王家の人が、魔王城に泊まったんですか」
「泊まったようです。帳簿に、寝具と食事の支出があります。誰が来たかは書いてありませんが、何の食材を使ったかは書いてあります」
柄の巻き方については、城の繕い物係に聞けばわかるかもしれないが、今はそれより手元の仕事を終わらせないといけません、と釘を刺されてしまった。
最後に、借り物の確認をして終える。長老の椀が二十、村の寄合所の長机、夜空に飛ばした魔法石。楽しかったお祭りも、これで本当に終了だ。
* * *
精算が終わったところで扉が開いて、魔王様がお盆を持って入ってきた。三メートルの体で持つお盆は相変わらず小さすぎる。お盆とは別に、小脇に先ほど渡したお煎餅の箱を抱えていた。
「レヴィナス、ご苦労。お待ちかねの茶菓子だ」
「ありがとうございます。……二袋、いただきますね。では、失礼します」
レヴィナス様はお煎餅を二袋抜いて、一礼して出ていった。魔王様が向かいに座ると、椅子が小さく鳴る。
「ありがとう。疲れたか」
「いえ、ほとんどレヴィナス様がやってくれました」
魔王様はお煎餅の小袋を太い指でつまんで、開けられないでいる。手を出して開けてあげると、また小さくお礼をした。どれにしようか悩んだ挙句、海苔がまかれているものを一番に食べた。お、私はそれは、最後に残すタイプだな。
「レヴィナスから、歴史を聞いたか」
「はい。……洪水のことも」
「橋を直すのに、五年かかった。あのときは、私も石を運んだ」
魔王様はお茶を一口飲んだ。
「……和睦、しないんですか?」
「まだ、土地の権利など、決着がついていないからな。……それに……あの時の王は、もういない」
魔王様は寂しそうにそれだけ言って、お煎餅をもう一枚食べた。
* * *
門をくぐって、部屋に戻る。スマホを見る。
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【 コメント:立替の整理など、助かりました。また、よろしくお願いします。】
いちご大福があと一個、まだ冷蔵庫の中にある。




