第32話 【本日のスキマバイト】王宮宝物庫の棚卸し、二回目
金曜日。今夜は久しぶりの王宮宝物庫の整理である。
十二月は祭りで飛ばしてしまったので、約二か月ぶりだ。転移すると、石の匂いと冷たさと、重い扉の前に立っているエルバートさんが目に入る。濃紺の官服に白髪の混ざった髪、相変わらず姿勢が良くて、立っているだけで注意されている気分になる。
「……来たか」
「こんにちは。すみません、十二月、飛ばしてしまって」
「いや、こちらも決算で倉庫の棚卸しをしている暇はなかったから丁度いい」
魔王城の祭りで会ってから初の対面だけれど、あの中庭で会ったことについては何も聞かれない。ので、私も言わないことにして、扉が開くのを待つ。
中は前と同じ二万点の物置……と思ったら、入ってすぐの棚が違っていた。金の杯と皿がきれいに並んで、一つずつ小さな札がついている。
「わぁ!食器、片付いてる!」
「あの後、グリルダが少しずつ片付けていた」
棚の陰から灰色の石の体がぬっと出てきた。糊のきいた白いエプロン、折り畳んだ翼、額の短い角。グリルダは私を見て、石が擦れる小さな音をさせながらにっこり笑った。大きいけれど、可愛い。
「お久しぶりです、スキミーさん。空いている時間に、できるところやっておきました」
「すご〜い。お疲れ様です、いい感じですね」
「でも、食器だけです。武具は、私では見分けがつかないものがあるので」
食器棚の札を一枚めくると、品名、献上された年、献上元が丁寧に書いてある。字が少し角ばっていて、石の指で書いたんだ。
「今日は武具だったな」
エルバートさんが奥を指す。剣、盾、槍、弓が壁に立てかけられたり床に積まれたりしていて、その手前の木箱に、小さな白い髭のおじいさんが座っていた。
「元竜騎士団の者だ。武具を見る目がある。今日は彼に相談しながらやってくれ」
「どうぞぉ、よろしくなぁ」
まず、全てを出す。出したものを、おじいさんが一つずつ確認して、「実戦用」「儀礼用」「飾りだが、素材がいい」などと判断していく。誰からもらったのかの由来はグリルダの記憶に頼り、札に記載していく。
エルバートさんは少し離れたところで自分の帳面を開いて、時々こっちを見ていた。
休憩をとってくれ、と言われたものの、部屋がだいぶ荒れていて座る場所もないので、皆で廊下にでた。グリルダが持ってきてくれたお茶を、石の階段に座って飲む。エルバートさんは立ったまま、湯気を見ていた。
「あなたの時給は、王宮では二千だ」
「はい、そうですが……」
「魔王城は」
「……五千です」
「そうだ。ギルドは四千二百、厩舎は三千八百。全部知っている。財務局だからな」
いきなり給料の話を始めたと思ったら、全部知っているんじゃないか。どういう流れなの。
「王宮の支払いが一番低いのは、規定に沿っているからだ。あなたには“雑役”の項目で払っている。宝物庫の掃除と同じ項目だ」
「はぁ、まぁ、掃除みたいなものなので、いいですけど」
「あなたは雑役ではない。だが、他に項目がないんだ」
そりゃ“スキマバイト”なんてものは新しいから、項目がないのも頷けるけれど。エルバートさんはお茶を飲まずに続けた。
「私の役職にも、長いあいだ名前がなかった」
「監査官、じゃないんですか?」
「その名がついたのは九年前だ。それまでは、財務局の、決裁の通らない書類を確認する係。役職名はない。俸給の項目は、あなたと同じ“雑役”だった」
この人がこういう話をするとは思っていなかった。
「監査官になった今も含めて二百の部署のスキマに落ちた紙を、二十年読んできた。誰の仕事でもないから、誰も名前をつけなかった。あなたは箱を置いて、迷子箱と名前をつけたな」
「……すみません、勝手に」
「謝る話ではない」
声はいつもと同じで、責めてもいないし褒めてもいない。事実を読み上げている声だ。
「向こうでは何をしている」
「会社で総務…とか、事務とか、をしています」
「同じような作業をしているのか」
「そうですね、でも、今年からマネージャー……管理職?になって、まだ二週間ですけど、自分でやらないで人に任せたりしています」
エルバートさんはしばらく黙って、それから湯気の向こうを見たまま言った。
「雑役、をこんなところでしていて、いいのか」
まぁ、好きでやってるスキマバイトですし、と軽い自虐を挟みたくなったが、エルバートさんはきっと王宮の支払額が安いこと、星四つまでしかだせないこと、を気にしているのだと思う。「お宝みられて、楽しいですよ」と答えたら、そうか、と小さく笑った。え、この人笑うんだ。
「祭りで、魔王城に初めて足を踏み入れた。今、争いは起きていないとはいえ、決していい関係でもない……しかし、歴史が、変わるかもしれないな」
そういって初めて、エルバートさんはお茶に口をつけた。石の階段が冷たい。私のお茶はもう空っぽで、そろそろ休憩を終わらせなくては。
「あなたに払う役職の名を、考えている。雑役、よりももう少しいい名前のものをな」
* * *
後半、棚の奥からまた小箱が出てきた。子供用の木の剣。おじいさんがそれを手に取って、長いこと黙った。
「子供の剣……ふむ、作りは王都のものか。良い職人だ。だが柄の巻き方が……こっちの流儀ではないように見える。これは向こうの巻き方に似ておる」
「向こうって? 魔王領のほうですか?」
「いや、似ているが、これだけじゃなんともな」
曖昧な答えが腑に落ちないが、私は札に「子供用の木剣。作りは王都。柄の巻きは他所。由来不明。廃棄せず」と書いて、グリルダが小箱をそっと元の場所に戻すのを見ていた。
二時間で武具は九十点ほど進んだ。流れは掴めたはずなので、残り少しはグリルダとおじいさんがやってくれるだろう。
「字が読みやすいなぁ。副長が、そういう記録係がいると言っておったが、おぬしじゃったか」
「……ジェラルドさんが、ですか」
「あの男は竜のこと以外はあまり喋らん。珍しいと思ったんだ」
それだけ言って、さっさと階段を上がっていってしまった。……なによ、もう少しジェラルドさんの話を聞かせてくれてもいいのに。私の不満そうな顔が面白かったのか、グリルダが、また石の音をさせて笑った。
「グリルダさん、来月は絵画にしましょうか。私では、どれが良い絵かわかりませんけれど」
「そうですね、私もわかりません。今度は絵画に詳しい人を連れてきてもらいましょう」
別れ際、エルバートさんが言った。
「来月も、来られるか」
「案件が出れば」
その夜の評価画面は、こうだった。
【 本日の給与:4000ゴールド 】
【 このワーカーへの評価:★★★★ 】
【 コメント:規定により四つ。次までに役職名を考えておく 】
二千ゴールドの雑役に、あの人がどんな名前をつけるのか、結構楽しみだ。




