エピローグ:仲直りはしないけど
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元老院議会の中央に映し出された映像が止まる。
「以上が事の顛末だ」
その真下の弁論台に立っているのはシザリアだ。
白いチュニカに折り目正しいドレープと黄金の豪奢な刺繍が施された真紅のトガを纏い
黄金の髪を複雑に結い上げた貴族然とした姿で、元老院の議席を見回している。
髪を下ろしたラフな格好の彼女しか知らないが、アレがシザリア本来の姿なんだよな。改めて別世界の人間なんだと思わされる。
議会は最初に異界の報告をしたとき以上の混沌具合だった。
特に、サンディの録画したフォルトゥーナの姿に失神者が続出した。
次点で巨大猿に兵士傀儡が踏みつぶされたシーン。
マールスin俺の体との戦闘については報告用の映像には加えなかった。
「私が手も足も出ず負けた映像を元老院の奴らに見せて今後のいられるネタにされては困る」
なんて言ってたけど、きっと俺への配慮なんだろうな。
逃亡中の興行傀儡であることや、一度神に体を乗っ取られた前科を知られたら俺はただでは済まないだろうから。
ついでに元老院への配慮も多少はあるんだろう。なんせ絵面が強烈すぎる。第三者目線から見るとあんなにグロかったんだな、あの戦法。マールスのことだから敵の心を折る視覚的な効果まで計算してやっているだろうから、当然と言えば当然なんだけども。
ショッキングな情報の数々にすっかりパニックが広がる元老院。
「いいか、元老院議員のお歴々」
議長のガベルよりも先に響いたのはシザリアの声だった。
「ここでピーチクパーチクやってる暇はない。わかっているだろう?ロマニアはいま決断を迫られているんだ!神の奴隷となるか、神と決別するか!」
力強い語りに一瞬でこの場の全員が惹きつけられる。
静まり返った議員たちの視線が期待と不安を込めてシザリアに集まる。
こんなプレッシャーの中、シザリアはいたって落ち着き払っていた。
「我らの自由を侵すなら神であってもゆるすわけにはいかない!今こそロマニアの自由のために我々は団結しなくてはならぬのだ!」
報告はいつの間にか演説に変わっていた。
フローラスが立ち上がり、拍手する。
他の議員たちもそれに続いた。
俺は下座でそっとあくびをかみ殺した。
シザリアには悪いがこの妙な熱気にはついていけない。
大体、この報告会にはシザリアの手下その3としてなんとなく連れてこられただけだから、元々のモチベーションが低い。
その上、俺にとって重要な話し合いはこの後に控えているし。
横に座るサンディの様子をうかがう。
俺をずっと見てたらしく、慌てて視線を逸らした。
-2-
その日の夕方。
俺とサンディはリビングで向かい合って座っていた。
向き合っていたというか、床に正座してるサンディのつむじを椅子に座った俺が見ているという構図なわけだが。
ピウスが机に俺の分の茶を置き、迷った末にサンディの分はキッチンに引き上げていった。
「…で?話ってパスの件だよな?」
結論はわかりきっているが、一応話の水を向けてやる。
サンディはモゴモゴと口を開いた。
「あの、その…まことに言いづらいんだけど、返せないっていうか…いや、僕としては返すつもりはあったんだけど、今返したらちょっとかなり不都合があってね…」
「はー…マールスだろ?」
サンディが顔を上げる。紫色の瞳が動揺に揺れている。
「えっ、まさか何かされてる…?」
「…別に。普通に考えればそうだろ」
半分は嘘だ。
サンディは話をつづけた。
「今は僕がパスを独占してるからマールスに乗っ取られることはないけど、操縦者が空席になったらまたマールスがしゃしゃり出てこないとも限らないだろ?相手は神様だし、巫女院で君に接触してきたと言うのなら物理的な距離は安全の理由にならないし、パスについてはこのままで…」
「いいよ」
「その、ごめんね…。また裏切るようなことして。それ以外ならなんでも言うこと聞くからそれで手を打ってくれないかな…?」
「だから別にいいって」
「やっぱダメだよね…ん?今『いい』って言った?」
「言ったよ」
その懸念が正しい実感は、張本人の俺が一番わかっているから。
マールスは神がかり的に執念深く、厚かましい奴だった。
「おーい、ニック!お前にはガッカリしたぞ!」
俺の脳内とはいえあれだけ壮絶な殴り合いの末に追い出したはずなのに、異界から戻った最初の夜からあいつは俺の夢の中に出てきた。
「なんなんだあの素人丸出しのフォームを魔力と筋力で無理矢理取り繕った無様な投擲は!あの程度の一投が限界だなんて、ガッカリしたぞ!お前は優秀な戦士だと思ったのに、まさかこんなところも教育が必要だなんてな!槍ってのはこう投げるんだ!こう!」
「いや、なんでいるんだよ…」
「一投でも俺を満足させる投擲を見せたら教えてやろう。ほら、立て」
「ここは俺の夢の中なんだよな…?」
朝まで槍投げの特訓に付き合う俺も俺だけど。
以来、夢の中でマールスはしつこくちょっかいをかけてくる。
サンディにはこの夢の話をするつもりはない。言ったら調子に乗りそうだから。
俺は別にサンディを選んだわけじゃなく、消去法でマールスを選ばなかっただけってことを忘れてもらっては困る。
「ありがとう、ニック!」
サンディが俺の手を握ってきた。
すっかり安心しきった表情。
「あのなぁ。前にも言ったけど、お前を許したとかじゃないからな!異界の件が片付くまで我慢するってだけだ。パスのこともお前のことも」
「それでも、ありがとう!」
「仲直りもしないから握手もなし!」
俺はサンディの手を振り払って立ち上がった。
仕事の時間だ。いい加減出勤しないとライラにぶち殺されてしまう。
「あ、ニック…!」
「なんだよ?」
「今日の夕飯、ライラの店に食べに行ってもいいかな?その…ライラにも賄いのお礼が言いたいし!」
「勝手にしろよ!」
仲直りしないって言ったのに、なんなんだよ!
その嬉しそうなにやけ面に背を向けて家を出る。
予想外に長引いた休みに対してどう謝罪するか考えながら。




