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1945年に飛ばされた私、iPhoneだけ2025年と繋がってるんだけど? 〜終戦回避は無理ゲーでも、戦後復興をRTAして100歳まで君臨する〜  作者: 栗昆布
第3章 東京デフラグ ―更地をコンクリジャングルへ!編―

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浄化の炎

 特室の壁には、巨大な金箔装飾の振り子時計が鎮座していた。ルイ15世様式を思わせるその時計は、主を失い、廃墟と化したホテルの中で、大河原たちの狂宴を冷ややかに見下ろしている。

 **――カチッ……カチッ……。**

 厚い遮光カーテンが外界を封じ込めているため、室内には重い振り子の音だけが鮮明に響いていた。巨大な黄金の振り子が弧を描くたびに、精緻な歯車が噛み合い、運命を刻んでいく。

「……おい、お前ら。明日からは、俺がこの街の『天主』だ」

 大河原は、略奪した瑞穂屋の権利書をテーブルに広げ、下卑た笑みを浮かべた。


 **二十四時正。**


 **――ガチャッ、ボォーン。**

 日付の更新を告げる重厚な鐘が鳴り響いた。

 一打。その震動が、大河原の手元にある空のグラスをかすかに震わせる。


 **――ボォーン。**

 二打。三打。不意に、時計の内部で機械仕掛けが跳ねる鋭い音が響いた。長針が一段階進み、次の「分」を予約する。大河原がその音に苛立ち、太い指で耳を掻いた。

「……何の音だ。さっきからガチャガチャと。金子、後で叩き壊しておけ」


 **――ボォーン。**

 四打。五打。

「……いえ、まもなく止まりますよ」

 竹本が、杯を置かずに淡々と呟いた。その目は、時計の文字盤を冷徹に見つめている。


 **――ボォーン。**

 六打。七打。

「……あ? どういう意味だ、そりゃあ」

 大河原が、酒の回った赤い目で竹本をねめつけた。その声には、不吉な予感への焦燥が混じっている。


 **――ボォーン。**

 八打。九打。

「今にわかります」

 竹本は視線を逸らさず、一言でその場を鎮めた。その静寂に、大河原は毒気を抜かれたように口を噤んだ。


 **――ボォーン。**

 十打、十一打……それから十二回目。

 最後の鐘が鳴り終わり、長い余韻が消えると、再び部屋には振り子の重い音だけが残った。


 **二十四時一分。**

 **――ガチャッ。**

 長針が一段階、死へ進んだ。

 その規則正しさを壊すように、今度は足元から地響きがせり上がってきた。外界の空爆の凄まじさが、厚いコンクリートの壁を物理的な震動として伝わってくる。壁の隙間からは不気味な熱気が漏れ始めた。

「……工藤の旦那、揺れてねえか。空襲か。空襲が来たのか」

 大河原が不安げな声を漏らした。「安全なんだろうな? ここは、絶対に……」

 答える者はいない。工藤は拳を白くなるまで握り締め、サオリはただ、その死の計測器を慈しむように見つめていた。


 **二十四時二分。**

 **――ガチャッ!!**

 長針が運命の目盛りに重なった瞬間、時計の内部で何かが解放される鋭い音が鳴った。この部屋の「終宴」を告げる最後のアクション。大河原が「おい、外が――」と叫びかけた、まさにその刹那だった。


「竹本! いまだ! いけぇッ!!」

 工藤の咆哮が響く。

 竹本が非常用脱出機構のレバーを全力で引き下げると、背後の壁が重低音と共に開き、エレベーターシャフトへと直結する闇の口が現れた。


「な、なんだ、何が起きた!?」

 驚愕する大河原を余所に、工藤が瑞穂屋の大旦那の襟首を掴み上げた。


「大旦那、お前も行くんだよぉ! おりゃぁぁぁぁッ!!」


 工藤は大旦那の襟首を掴んで闇の開いた穴へと力任せにぶち込んだ。


「ギョエエエエエ!!! なにするぅぅぅ! 助けてぇぇぇぇ……ッ!!」


 大旦那の絶叫が、奈落の底へと吸い込まれていく。その悲鳴は、物理的な落下の速さに連れ、ドップラー効果を伴って歪み、遠ざかり、やがて虚無の底で完全に消え去った。


「竹本、次だ! 飛べッ!」


 工藤に促され、竹本が闇の中へ身を投じる。続いて工藤も、地獄に背を向けてその穴へ飛び込んだ。


「あばよっ!大河原!」


 その冷徹な決別の言葉を最後に、工藤の姿も闇に消えた。

「……て、てめぇら!!」

 一瞬の出来事に大河原たちが呆然と立ち尽くす中、頭上の天井がひしゃげ始めた。大河原が必死に穴へ這い寄ろうとした瞬間、サオリが動いた。


「ごめんなさい!」


 彼女は一言そう残すと、シャフトの横に並んでいた鋼鉄製ロッカーの一つへと飛び込んだ。

 **二十四時二分十秒。**

 サオリがロッカーに身を隠した瞬間、天井を突き破り、テーブルのど真ん中に**M六九焼夷弾**が突き刺さった。

 数秒後、花火の様な白光が炸裂し、急激に風が吹き込んだ。

 猛烈な風圧が、内開きの特室出入り口を一瞬で歪ませ、外枠ごと完全に固定してしまった。扉はもはや、誰の手によっても開くことはない。

 同時に、衝撃波がサオリの入ったロッカーを押し倒し、脱出路を鉄の重蓋として完全に封印する。その衝撃のさなか、サオリの意識は、猛烈な重力と光の渦――「亜空間」の中へと投げ出され、現世から消失した。

 あとに残されたのは、逃げ場のない熱地獄だ。


「熱い! 扉を開けろ! 金子、何とかしろ!!」

 大河原の絶叫が虚しく響く。完璧な防火構造が仇となり、逃げ場を失った熱気が室内を急速に満たしていく。三重の遮光カーテンは瞬時に巨大な火の帯と化し、コンクリートの壁が熱を閉じ込める監獄となった。

「親分、危ねぇ!!」

 金子が大河原を突き飛ばして逃げ場を探すが、足元の瓦礫につまずき、開いたままのもう一つのロッカーの中へと滑り込んだ。直後、第二次衝撃がロッカーをなぎ倒し、扉を固く閉ざした。次の瞬間、金子もまた現実の理を越えた渦へと呑み込まれていった。


大河原は、塞がれたシャフトの入り口に縋り付いた。

「サオリ! どこだ、助けろ!!」

 だが、そこにはもう、誰もいない。目の前では、瑞穂屋から奪い取った血塗られた権利書が、火の粉となって虚しく舞い上がっている。

「俺の……俺の銀座が……っ!!」

 その言葉を最後に、噴き出した光と熱が大河原たちを完全に包み込んでいた。

 ホテルの外周では、周辺を固めていた護衛たちも逃げ場を失っていた。安全なはずの建物は固く閉ざされ、降り注ぐ火の粉から逃れる術はない。彼らは圧倒的な光の中に次々と消えていった。

 時計の文字盤が熱で歪み、振り子が止まる。

 すべてが、白熱する炎の深淵へと沈んでいった。


 服部時計店の窓際。

 ハナは岩のように静止したままiPhoneを向け続けていた。

 液晶画面の中で、廃ホテルの最上階が、内側から爆ぜた。崩落するホテルの窓から溢れ出したのは、あまりにも純白で、あまりにも美しい白光。

「……ああ、焼けていく」

 その唇から、安堵とも畏怖ともつかぬ言葉が小さく漏れた。

 レンズ越しに見つめ続けた、銀座という聖域を侵食していた醜悪な野望の終焉。略奪者の執着が、これほどまでに残酷な、浄化の炎に包まれるとは。

 ハナの瞳から、一筋の熱い涙が頬を伝い、静かに落ちた。

 ハナはただiPhoneを向け続けた。

 一つの悪しき時代の幕引きを、最後の一滴まで記録し尽くした。


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