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1945年に飛ばされた私、iPhoneだけ2025年と繋がってるんだけど? 〜終戦回避は無理ゲーでも、戦後復興をRTAして100歳まで君臨する〜  作者: 栗昆布
第3章 東京デフラグ ―更地をコンクリジャングルへ!編―

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嘘つきたちの晩餐会

一九四五年、五月十一日。

 空はどこまでも高く、突き抜けるような快晴だった。しかし、陽光の明るさとは裏腹に、銀座を吹き抜ける風には冬の名残のような冷たさが混じり、気温は季節外れに低かった。

 夜になってもその寒気は居座り続け、銀座の街はどろりとした闇と、軍用トラックが撒き散らす質の悪い排気ガスの匂備に包まれていた。

 そんな夜、工藤は最後に訪れる場所を前に、一度足を止めてネクタイを締め直した。

 向かう先は、表通りの喧騒から隔離された古びた料亭。そこには、この街の「裏のことわり」そのものが鎮座している。

 座敷の奥、仕立ての良い国民服に身を包んだ老人が、漆黒のステッキを傍らに置き、静かに座っていた。

 大河原おおかわら。その傍らには、岩のような体躯の男が、感情の欠落した瞳で控えている。

「……瑞穂屋の旦那からの差し入れだ。拝んで受け取りな」


 工藤は、かつてその足元で味わった絶望を、不敵な笑みの下に隠して封筒を差し出した。

「瑞穂屋の独断じゃねえ。軍の憲兵上層部、内務省の役人どもも、これからの銀座の『仕切り直し』には首を縦に振ってる。お墨付きは貰ってあるんだ。これ以上、国にはこの街を管理する力は残ってねえからな」


 もちろん真っ赤な嘘だ。だが、崩壊に怯える男たちにとって、その嘘は救いの福音だった。工藤はさらに、脂ぎった笑みで付け加える。


「五月二十五日の晩、銀座の廃ホテルへ来な。最高級の酒と女、それに瑞穂屋の蔵出しの極上米を用意してある。泥舟の国と心中する前に、景気よくやって次の時代のツラを拝みに行こうじゃねえか」


 大河原は何も答えず、ただ老いた指で、工藤が血走った目で模写した「未来の銀座」の図面をなぞった。四丁目の路地の突き当たり、あのほこらの周辺さえも冷徹に塗りつぶした「黄金の長方形」の完成形が、そこにはあった。

 大河原は、凛とした夜気の冷たさに襟を立てながら、胸の奥でざらつく感覚を覚えていた。

 国家はもう長くない。だが、街そのものは残る。街が残る限り、利権は必ず誰かが握る。

 この異常なほどに整然とした図面を、大河原は未来とは露ほども思わなかった。代わりに、彼はそこに「国家の奥底に巣食う連中が密かに進める、戦後利権の青写真」という巨大な陰謀の匂いを感じ取っていた。


(……あの小娘の背後にいた『本尊』が、ついに動いたか)


 瑞穂屋の旦那。七十を越えたというその老骨は、焦土の先にある「答え」を、最初から持っていたというわけだ。若さゆえの野心も、働き盛りの功名心もとうに削ぎ落とされた、底知れない落ち着き。そういう怪物のような人間を、大河原はこれまで何度か見てきた。そして、そういう人間は決まって――時代をひっくり返す。

「……面白い。その『先』、拝ませてもらおうじゃねえか」

 大河原がステッキの頭を軽く叩くと、それが会合への受諾の合図となった。

 工藤は「せいぜい楽しみにしとくんだな」と吐き捨て、背を向けた。かつて膝を屈した畳を、今は力強い足取りで踏みしめていく。

 工藤が地獄への招待状を配り終えてホテルへ戻った時、建物の中は、すでに別の意味での「地獄」が組み上がろうとしていた。

 最上階。竹本が組み上げたシステムは、一九四五年の銀座にあって、そこだけが二〇二〇年代の空気を纏っているかのように異質だった。サオリは、設置を終えた二台の鉄製ロッカーの前に立っていた。装飾を一切廃した直線的なフォルムと、鈍い光を放つ鋼鉄の質感。

「……竹本さん。これ、少し怖いくらいです。二〇二五年のビルにあっても、誰も違和感を抱かない」

「皮肉なものだ。強度計算を突き詰めれば、構造は自ずとこうなる。余計な装飾を削ぎ落とし、ただ『衝撃を受けて倒れる』という目的のためだけに鋼材を配置した。……だが、これが君の言う『未来』の美学だとしたら、あまりに寂しい世界だね」

 竹本がロッカーを固定するボルトをなぞる。そこには敢えて「隙間」が設けられていた。爆風を受けた際、一定の応力を超えた瞬間に破断し、ロッカーを正確な軌道で倒し込むための「計算された脆弱性」。

 その時、ドアを乱暴に開けて工藤が戻ってきた。

「おい、この目障りな鉄箱はなんだ。せっかくの最高級の壁紙が台無しじゃねえか」

 工藤は忌々しげに鉄のロッカーを一蹴した。鈍い金属音が、工藤が「箔」として貼り付けた豪華な金箔の壁紙や、カビ臭いベルベットのカーテンに塗り固められた部屋に不釣り合いに響く。

「……ただの、構造上の重しです。気にしないで」

 サオリは淡々と、嘘を重ねた。内側の残酷な合理性と、外側の空虚な装飾。竹本の設計した鋼鉄の骨組みを覆い隠す表層スキンを見つめながら、サオリは胸の奥に冷たい予感を感じていた。

「……まぁ見てな。十四日後の晩には、この部屋は欲にまみれた豚どもで満員御礼だ。大河原も食いついた。銀座の連中を丸ごとこの泥舟に乗せて、俺たちの時代を始めてやるよ」

 工藤の野心的な笑い声が、鉄とベルベットの入り混じった異質な空間に虚しく反響する。

 サオリは窓の外を見やった。雲ひとつない夜空には、冷え切った星々が痛いほどに輝いている。

 この美しすぎる静寂の先に、すべてを灰に変える火の海が待っていることを、この部屋でサオリだけが知っていた。

 十四日後の破滅に向けて、時間はただ、音もなく滑るように流れていった。

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