第8話 船に乗る前に、確認しておきたいんだ
翌朝、カツたちがギルドに向かうと、旧灯台の魔物討伐クエストが受注可能状態になっていた。
あの後、例の連中がクエスト達成の手続きを行ったのか、それとも――
カツはそれ以上考えるのをやめ、旧灯台のクエストを受注した。
旧灯台の魔物討伐は、大いに苦戦した。レベルやステータスの問題ではない。
灯台の頂上に潜むトカゲ型の魔物に、高所恐怖症のカツは手も足も出なかった。というより頂上まで上がれなかったのだ。
そこでバッシュとミィナにどうにか魔物を下まで誘導してもらい、地上で仕留める作戦を決行した。
なんとかトカゲを地上に降ろしても、すぐ壁を伝って頂上まで戻ろうとする。それを食い止めながら戦う必要があり、戦闘は非常に慌ただしいものとなっていた。
報酬は美味しかったが、三人とも口を揃えて「あれはもう二度とやりたくない」とこぼしていたとかなんとか。
その後も何日かかけて様々なクエストをこなし、ついに所持金は人数分の乗船券を買える額にまで達した。
港の乗船券売り場へ向かう途中、カツは不意に足を止める。ミィナとバッシュが不思議そうな顔で様子をうかがった。
「……あのさ。船に乗る前に、確認しておきたいんだ」
カツはミィナとバッシュに向き直り、真剣な表情で切り出した。
「俺は『神の祭壇』に行って、神に直接抗議するのが目的だ。自分の死についてとか、元の人生のこととか、他にも色々」
二人はカツを真っすぐ見据え、話に耳を傾けていた。
「けど二人は、その……来世へ向かうのに、積極的じゃないように見えたからさ。このまま俺と一緒に旅を続けて、大丈夫なのかなって……」
神の祭壇に行き、来世へ生まれ変わる。それがこの世界の最終目標なのだろう。だが皆が皆、それを望んでいるとは限らない。祭壇を目指すことに消極的な転生者だっている。
祭壇、すなわち来世に向かいたくない者を、自分の都合で無理に付き合わせるのが申し訳なく思えた。
「なんだ、そんなことで悩んでんのかよ」
バッシュがカラッとした声色で答えた。
「オレ、前は空回りしてばっかで、全然うまくいかない人生だったんだ。……まあ、こっちでもそれはあんま変わってねえんだけどな」
バッシュは少し気まずそうにしながら言葉を続ける。
「けど二人に出会って、オレもちょっとは前に進める気がしたんだ。先のことはまだどうするかわかんねえけど……今は、一緒に旅を続けたい」
「バッシュ……」
「それに、オレの力がちょっとでも役に立つなら嬉しいしな」
バッシュは照れたように頭を軽く掻いた。続いてミィナも口を開く。
「私も、カツさん、バッシュさんと一緒に旅をしたいです。来世に行くかどうかは私もまだ……でも今はお二人といることで、なんというか……とても安心するんです」
ミィナがはにかんだ笑みを浮かべる。つられてカツもなんだか照れくさい気持ちになった。
「……ありがとう、二人とも。また色々、助けてもらうかもしれないけど……これからも、よろしく」
「私も、カツさんに助けていただきましたから」
「オレだってな。だから気にすんなよ、カツ」
三人は互いに顔を見合わせて笑いあった。
――仲間がいてくれるって、こんなに心強いものなんだな。
そんなことを思っていると、「間もなく『セカンティア大陸』行きの船が出航します! お乗りの方はお急ぎくださーい!」港の係員の呼び声が耳に飛び込んできた。
「ヤバい、乗り遅れる! 急げ!」
カツが慌てて叫ぶ。三人は一斉に駆け出した。幸い売り場は空いており、急いで代金を支払って乗船券を受け取った。
◇ ◇ ◇
「滑り込みセーフだったな」
船に乗り込みながらバッシュがへへっと笑う。短距離とはいえ全力疾走したにもかかわらず、バッシュはけろりとした様子だ。これが若さか。
一方、カツは膝の笑いが止まらなかった。これが年か。
ちらりと後ろを見やる。ミィナも肩で息をしていたが、こちらは純粋に体力の差が出たのだろう。
「オレ、ちょっとその辺見てっていいか? 木造船なんて初めてだし」
バッシュがキラキラと目を輝かせた。三人で船室に荷物を置くと、息つく間もなく飛び出して行った。相変わらずせっかちな奴だ。
ミィナはへなへなと椅子に座り込んだ。ここはひとりでゆっくりさせてあげる方がいいだろう。
「俺、ちょっと外で風に当たってくるよ。ミィナさんはゆっくり休んでて」
「すみません……お気遣いありがとうございます」
ミィナが申し訳なさそうに頭を下げる。カツは安心させるように微笑みかけてから、静かに部屋を出た。
カツは船の甲板から、空と海の境界線をぼんやりと眺めていた。
燦々と照りつける日差しの中、勢いよく吹きつける風が涼しくて心地良い。かすかに潮の香りも乗っている。
こうしていると、本当に生きているような気がする。しかし、実際はどうなのだろうか。
カツはこれまでの体験から、ひとつの仮説を立てていた。
ここは神が作った仮の世界で、本当の意味で転生したわけではないのだろう。おそらく、死後の世界の延長上に存在すると思われる。
そして、ここに送り込まれる者たち――転生者の選定基準は不明だが、皆なんらかの事情を抱えた人間であることは確かだ。
俺も、天界側のミスで命を奪われた。多分あのまま窓口で手続きをすると、神にとって不都合なことがあったんだろう。それを隠すために俺をうまく言いくるめてここに送り込んだ。そう考えると辻褄が合う。
改めて、まんまと口車に乗せられた自分が情けなく思えてきた。だが、神に直接会える可能性はまだある。「神の祭壇」を探し、レベルを上げていく。とにかく今は、できることを地道にやっていくしかない。
その後どうなるのかはわからないが、文句だけは絶対に言わなければ気が済まない。神から見ればちっぽけな存在かもしれないが、人間だって神の都合に黙って振り回されるだけじゃないんだ。
それで、もし本当に来世への生まれ変わりがあるなら……次はもっとスペックを上げるように交渉しよう。そうじゃなきゃ割に合わない。
うん、そうだ。来世はイケメンで、頭が良くて運動神経も抜群で、女の子にモテモテで――
でも、元の人生はどうなる? 生きていたら出会えたはずの、お嫁さんや子どもの運命は? 神に文句を言ったところで、どうにかなる問題なのだろうか。
俺が死んだことで運命が変わって、別の人と幸せな家庭を築けるなら、それはそれでいいのかもしれない。けどもしそうじゃなかったとしたら、俺は……
答えの出ない問いが、頭の中をグルグルと巡っていた。
そんなカツの思いも知らず、船は静かに新たな大陸へ向けて進んでいった。
――第一章・完――




