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ミカエル

 

 馬車に揺られて数分。


 今日のパーティーの会場である王城は、公爵家からそれほど離れていない。


 姉が同じ馬車だったため、変に緊張することなく城に着いた。


 馬車から降り、家族の後をついていく。


 その会場は、まさにきらびやかだった。


 会場からそこに集う人々まで、見るもの全てが輝いている。


 こんな世界があるのかと、感嘆の溜息をもらすほどに。


「オリビア、ぼんやりしないで」


「あ……、ごめんなさい、お姉様」


 少し離れてしまった姉に慌てて駆け寄る。


「コープランド公爵閣下、ご挨拶申し上げます」


 父はたくさんの人たちから声をかけられる。


 そのたびに後をついて回るカミラとオリビアは止まり、その話に笑顔で耳を傾けた。


 未婚の女性が一人でいると男性たちが集まるため、父のそばを離れないのが一番安全だという。


 兄たちはそれぞれ女性たちに囲まれ、それなりに丁寧に対応しているらしい。


 その代わり、姉妹は


「うちの息子は優秀でして」


「いやいや、私の愚息の方が」


 なんて話を聞かなければいけない。


 姉が上手にあしらう姿を見て、オリビアは勉強した。


「お父様に決めていただくので」


 簡易的だがこの断り方でいいらしい。


 そうして何十人もの話を聞き、笑顔であしらって。


 いい加減疲れてくる、なんて思っていると、


「オリビア、少し休みましょうか」


「は、はい」


 カミラが気づいたらしく、声をかけてきた。


「お父様、少し離れます」


 姉が父に一言告げ、


「いらっしゃい」


 オリビアを連れて離れる。連れてこられたのは、近くのテラスだった。


「今はダンスがあっているから、誰も来ないわ」


「ありがとうございます、お姉様」


「飲み物を持ってくるから、待っていなさい」


「はい」


 さすがだ。全ての言動がこの場に慣れている。


 姉を見送り、オリビアはそっと振り返る。


 夜の闇の中、魔法が使われた街灯が照らされた庭園は、まるでライトアップされているようだった。


 ぽつりぽつりと見える人影は、庭園を散歩しているのだろうか。


「みんな不敬だよね。この国の王子の誕生日だというのに」


「えっ」


 突然、耳元で声がした。


 ぎょっと振り返ると、


「やぁ」


 室内から漏れる光を反射する綺麗な金髪が見えた。


「えっと……?」


 父に挨拶していた人だろうか。あいにく、人数が多すぎて全員の顔と名前を把握しているわけではない。


 戸惑って視線を逸らす。


「君は、コープランド公爵の娘だね」


「は、はい。次女のオリビアと申します」


 そう名乗った後、ハッとした。


 しまった。目上の者から名乗ってはいけなかったのだった。


 コープランド公爵家が先に名乗っていいのは王家の人間だけだったのに。


 相手の名前を聞かなければ。


「オリビア嬢は、ダンスは踊らないの?」


 誘われていないから。ここで姉を待っているから。


 理由はいくらでも出てくるが、それを口にすることは失礼にはならないのだろうか。


 それとも、これはダンスへの誘いなのだろうか。


「それとも、彼らのように庭園を散歩する方がいいのかな」


 そっと外へ向けたその視線は、どこか軽蔑の色を含んでいた。


「お散歩は、ダメなのですか?」


 その視線に、オリビアは思わず尋ねていた。


「……そうか。君は、今日がデビューだったね」


「は、はい……」


 美しい庭園を見ることに、何か意味があるのだろうか。


「君は、ここから見た庭園をどう思う?」


「……とても、綺麗だと思います」


「そっか」


 彼は、しばらく黙って外を見て、そして口を開く。


「秘密の恋人たちにとっては、王子の誕生日でさえもただの逢瀬の場。パーティーならなんでもいいんだ」


「……ダメなのですか?」


 オリビアの言葉は、自然に零れ出たものだった。


「様々な事情があって、できればずっとそばにいたいのに、そうできない時があります。そういう時、こういう場があるのは、とても嬉しいと思います」


 もし、オリビアが彼と会えるなら。それは、どんな場でも嬉しいはずだ。


 そんなオリビアの思いなど知らないはずの目の前の男は、


「おもしろい考え方をするんだね」


 と微笑んだ。


「おもしろい、ですか?」


「うん。おもしろい」


 オリビアを見た彼は、楽しそうに目を細めて、すっと手を差し出してくる。


 何をされるのか。オリビアはただ黙って、彼の顔を見ていた。


 その時、横から手が伸びてきた。


「お戯れはそこまでに」


 家でもほとんど聞かない声。


「デイビッドお兄様」


 オリビアはその名前を呼んでいた。


「やぁ。元気そうだね、デイビッド」


「殿下もお元気そうで何よりです」


 デイビッドは、彼の手首を握ったまま、じっと見つめる。


「痛いんだけど。放してくれないかな」


「妹から離れていただけるなら」


 デイビッドが敬語を使う相手。そして、『殿下』という言葉。


 この人は、王家の人間なのだと、ようやくさとった。


「も、申し訳ございません。ご無礼をお許しください」


 何を話したのか、正直はっきりとは覚えていない。


 しかし、身分もわきまえずに話していたことに変わりはない。


「怖いナイトが来たから、僕は引くよ。またね、オリビア嬢」


「は、はい……」


 彼はヒラヒラと手を振って去っていた。


「デイビッドお兄様、あのおかたは……」


「ミカエル第二王子殿下だ」


 まさかのこのパーティーの主役だった。


「何もされてないか?」


「何も、とは?」


 特別なことは何も。ただ話しただけだ。


「わたし、失礼なことを」


「それは心配ない」


「え……?」


 なぜそう断言できるのか。


「あら、デイビッドもここに?」


 そこへ、カミラがテラスに出てきた。


「別に」


 デイビッドはそう告げて、去っていった。


「何かあった?」


「いえ、えっと……」


 オリビアはどう説明していいか困ってしまった。



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