第50話 地上五階の魔法陣
『勝った……ね』
先輩の安心しきった声に、心が安らぐ。
そして、いつもの如く、妖魔を浄化した事によって妖魔が及ぼした影響――消失していた空間――が元に戻りつつあった。
「こんな調子で、王達と戦えるの?」
ついに月灯に言われてしまった。
『戦える、戦えない、じゃないんだよ。戦うの』
「迷ってる暇何て無いですからね。……次、行きますか」
体験した事の無いものの連続で、恐怖とか不安は必ずしも存在してしまうけれど、向こうの世界に残ってる直や姫子さんや、遠山を思い浮かべると不思議と前を向ける。
そして月灯はもう何も言わなかった。
部屋の奥にはまた広い踊り場の様な場所へ続いていて、その先に上へと続く階段を目視する事が出来た。
――敵の姿は見当たらない。けれど、さっきの様に突然に現れる可能性を考えるとまだまだ注意が必要だった。
「……大丈夫そうですかね?」
辺りを警戒し、立ち止まり様子を伺っていた星灯先輩に声をかける。
と、続く一瞬、俺は動きを止めた。
何処からか、物凄い物音が聞こえてきたのである。
『虹波君、今のって……?』
「考えられる可能性はいくつかありますけど、また妖魔が出現……というか、強制的に現れるようになってたんじゃないですか?」
『さっきのドラゴンみたいなのじゃないと良いんだけど』
とりあえず、確認しなくてはどうする事も出来ない。俺と先輩は奥の階段を上り音のした上の階へと向かう。
しかし、そこにいたのは妖魔では無く、この城に使えていると思われる兵士だった。兵士達の目はこちらを捉えていない。彼らの目線の先には――、
「菫花!?」
菫花は四人の兵士の前に立つと、指で三角形を作り、
「ここから立ち去るのですよ! 転移!!」
その場にいた兵士四人を消してしまった。
流石、現クロスプリンセス、といった所だろうか?
「って、ああ! 名寄星灯!? 何故、ここに居るのですか?」
俺達に気がついた菫花は駆け寄ってくるなりそう叫んだ。
『あれ、一人なんですか?』
「後の二人は、まだ正門だと思うのです。思いの外、こちらに敵が多かったのは誤算でしたが、そちらに敵が少なかったという事なら、二手に分かれた意味は合ったのです」
数で言えばそうかもしれないが敵の強さに関して言うならこっちの方が上だった気がする。お陰で、敵の多くいたはずの菫花と俺達が今合流出来たわけだけど。
「どうするのですか?」
『本当は……正門のあの二人が少し心配なんだけど、でも私はこのまま進もうと思う』
「では、こちらは少し正門に戻ってみるのですよ」
先輩の意図を察したのか、菫花は走って階段を降りていった。
でも、とりあえず今は全員の無事を確認出来た。それだけで良い。
『後、五階だけだよ。その後は王達がいる』
王達、彼らは何を思っている?
彼らの名前だけで、少し息が詰まる。
ふぅぅ、と大きく息を吐いた。
「っ――はい」
階段を上りきり、部屋が見えるか見えないか、の位置で一度身を潜める。
今度はさっきまでとは違い、奇妙な音が部屋の中に響いていた。誰か敵がいる事は明白。
意を決し、先輩は部屋の中へと足を踏み入れた。
しかし、一歩足を進めた所で先輩は膝を着いた。
「先輩!?」
俺は何も感じ無かった。ただ先輩の様子だけが異様な程、おかしかった。
――何が起こってる?
部屋に以上は感じられない。変な音、金属と金属が擦りあっているような、そんな音がずっと響いているだけだ。
原因は音?
でも、それなら何で俺は大丈夫なんだ?
段々と、先輩の呼吸は荒くなる。
「月灯! どうなってるんですか?」
「……君は大丈夫みたいだね。……ごめん、実は私も……はぁはぁ、星灯よりはマシだけどね」
俺が大丈夫なのは先輩の作り出した空間にいるからだと思っていた。でも、月灯のあの様子を見る限りじゃ、そんな事は有り得ないだとすると……俺だけが何かが違う?
俺は首を横に降った。今は考えるのは辞めよう。どうしたって、今何か出来るのは俺だけだ。
「月灯。原因の検討は付きますか?」
「……多分、あの魔法陣だよ」
魔法陣?
俺は部屋の中を見回し、それを探した。
「あった!」
部屋の中央、床に描かれる大きな魔法陣。
「星灯先輩! 俺を外に出して下さい!」
『はぁはぁ…………はぁっ――クロス、リリース!』
「先輩は部屋の外へ!」
部屋に入った瞬間、様子が変になった先輩。部屋の外に居れば大丈夫なはずだ。
先輩はただ、ごめんね、と言うと、部屋の外に出た。
俺は手に魔剣、グラムを持っていた。
――月灯。きっと、彼女が俺に持たせたのだろう。
グラムを握りしめ、魔法陣へと向かう。
すると、待っていたかのように魔法陣から人の形をした、人では無い何かが姿を現した。
「これは……霊?」
「虹波君! 月灯の話によると、その霊達は魔法陣によって呼び出されたみたいなの! だから、力を無力化出来るその魔剣で、魔法陣に触れて!」
とは言うものの、魔法陣からは次から次へと霊が溢れ出してくる。
「私もここからなら、援助出来るから!」
「や、やってみます!」
後ずさりしそうな足を必死にその場に固定させながら俺は魔剣を抜いた。