第49話 ここにいないはずの敵
「クロスエンフォース!」
「オープン!」
地上三階。やけに静かだ。敵がいないのは、こちらには都合が良い。けれど、これは敵がいないというより――敵が姿を現さない、って感じに近い気がする。
「先輩」
『いないなら、良いよ。今のうちにここを出よう?』
俺は先輩の言葉を促しながら、後ろのモニターを確認した。
何だ、この違和感は?
誰も敵は居ないはずなのに――。
「……い、わかん?」
口にしてみて改めてそれを意識した。
そう、これは違和感なのだ。不快な程の違和感――、まるで妖魔が出現した時みたいな。
「……、」
まさか、いやーーだってここはデスタルだ。妖魔はここの世界では、普通の動物や虫だという話を先輩は以前していた。なら……、
「先輩……」
しかしそれは、雷が落ちたような騒音によってかき消される。
ーー目の前には妖魔が出現していた。
それだけでは無い。その姿に俺は絶句せざるを得ない。
『な、なにこれ……』
先輩でさえも、言葉にするのを躊躇しているようだった。
おそらくそれは、
『ーードラ……ゴン』
「っどうして、ここにこれがいるんです?」
真っ黒なドラゴンの妖魔を闇が覆うように、不快な空気が取り巻く。
『多分だけど、一度あっちの世界に行ったこのドラゴンを連れ戻したんだよ。……それしか、考えられないーー』
「ドラゴン自ら戻ってきた、じゃなく連れ戻した……ですか?」
『王宮には絶対、向こうの世界との通路は開かないようになってるんだけどーーっ!』
”上”
ドラゴンが火を吹く。
先輩が避けて居なければ、丸焦げだったかもしれないと、ひやひやしながら下を見る。
下は火の海ーーではなく、
「なっ! あれって」
下は吸い込まれそうな暗闇。床も階段も何もかもが暗闇に消失していた。
ドラゴンが、翼を羽ばたかせるような動きを見せ宙に浮く。
そして、考える間もなくドラゴンは再び火を吹いた。
”右下”
即座に避けるも、こんな相手に攻撃をする余裕はまだ無い。
後ろをモニターで確認する。背筋が凍るのが分かった。
攻撃が直撃していたら、部屋の壁もろとも消失していたかもしれない。
『そう、王宮に普通通路は開かない。ここ以外から侵入したとも考えられるけど、城の兵が気がつかないのもおかしい。だったら、これは王宮で承認の事』
「なるほど。これはわざと、ってことですか」
『うん』
”剣”
先輩は剣を生成し、上から横に降り下ろした。
『とにかく、浄化してあげないと。……あのドラゴンも可愛そうだよ』
ドラゴンの目が俺達を捕らえる。
「先輩!」
”左、左、左!”
さっきまで、俺達のいた所に向かい、留まること無い炎が放たれ、それが触れた場所は闇へと変化する。
”上”
”右上”
”左”
さまざまな方向から、ドラゴンに剣で攻撃をし掛ける。
『多分、あのドラゴン火を吹いて物を消失させる事しか出来ないんじゃないかな』
「だとしても、あれは厳しいですよ?」
『何度も同じ攻撃=その攻撃が見えてくる、見破れるってことだよ』
”スパーク”
話しながら、指の三角形をドラゴンに向ける。と、すかさず、ドラゴンからの反撃が襲う。
”シールド”
っ逃げないと! 先輩……!
”下”
ーーギリギリ当たらなかった。けれど、1秒でもタイミングが違ったら危なかった。
「先輩、どうしてシールドなんて」
『4秒。シールドが、ドラゴンの攻撃に耐えられる時間』
あ、それを調べるために……。
普通の妖魔ならもう浄化に入ってもいいかもしれない。けど、このドラゴンは格が違う。そのくらい俺にも分かった。
「シールドをどう使うか、ですよね」
『今から、浄化しようと思っーー』
”右”
『ごめん、危なかったね……』
そう先輩は言ったものの、今度のドラゴンは攻撃する素振りを見せただけで、攻撃自体はしなかった。
フェイント?
学習能力があるとは思えないけれど、攻撃を避けられ続けたからじゃないと、フェイントなんてできるはず無いんだ。
さっき遮られた言葉の続きを移動しながら先輩は口にする。
『今から、あのドラゴンを浄化するよ?』
「普通の妖魔なら十分すぎます。でも、この妖魔は……、浄化しきれますか?」
『うん。だから、二回する』
二回?
言葉の意味に首を傾げていると、
『一回目の浄化で、浄化しきれるか待ってるんじゃなくて、浄化中に新たに浄化させる。つまり、効果を二倍にさせるって事』
「シールドは?」
『浄化と浄化の間に張っておくの。一回じゃ、びくともしない可能性もあるから』
ふう、と短く息を吐く。
「了解っす」
『じゃあ、行くよ』
”パージ”
”シールド”
来た!
先輩の予測通り、一回目だけではドラゴンに不快感を与え怒らせただけのようで、炎が放たれた。攻撃は真っ直ぐ、こちらに向かう。
思わず、モニターから一歩離れるように後ずさりしてしまった。
けれど、攻撃はシールドを避けるようにしてーー、
”パージ”
嘘だろ?
妖魔は時を止めなかった。それどころか、再び口が大きく開けられる。
やばい。絶対に間に合わないーー。
攻撃は放たれた。しかし、その刹那、妖魔はガラスのように硬く時を止め、ぱりん、と音を立てるとその場から消失した。
それを確認した途端、辺りは暗闇に変わり心の底から恐怖と言うものを感じた。
そして、音も光も何もかもが消え、自分の消失を思っていると、
「はぁあ、全く君たちは」
そう言ったのは、月灯だった。
「月灯!?」
『月灯!?』
俺と先輩は声を揃え彼女の名前を口にする。
月灯が、あはは、と笑いをこぼした。
と、その直後、視界は晴れ、ドラゴンも消えていた。
「私が力を使わなかったら、君たち消失だよ!? 本当、感謝してね♪」
途端力が抜け、安堵の笑みを浮かべた。
良かった。ーー本当に良かった。




