窓に映る衝撃の姿。
文化祭はもう本当に目の前。文化祭開始まで残り二十時間を切った。
俺達のクラスはレンタル冷蔵庫の搬入も終わり、当日に使う使い捨ての容器などの入手も完了した。俺達準備組の役割は全て終了した。
準備などが全て終わったので今日はこれで解散。なんて流れを期待したのだが、終業の時間までは仕事がなくとも学校に居なければならず、俺達2-Aの生徒達は昼寝をしたり、適当な場所で駄弁ったりとそれぞれが思い思いの時間を過ごしている。
久遠寺キングダムのメンバーは当日組の委員長や友井さんを加え、手狭になった教室の隅で駄弁っている。
「余裕があるのはいいことだけど、午前中から暇すぎじゃないかなぁ?」
「今日やった事って言えば、業者の冷蔵庫搬入を眺めていただけだもんねー」
友井さんと安達さんが揃って口を開く。二人の言う事はもっともだ。少しは明日の文化祭に向けての準備があるのかと思ったが、衛生的問題から準備は文化祭当日の朝早くから行われるらしい。
「その代わり私達明日はヘビーなんだよ? 朝五時半集合なんだから」
「うっへぇ、そりゃ大変だ。頑張ってな、お・ふ・た・り・さん」
「あー、他人事だからって楽しんでるよね、依本さん!」
「そーだソーダ、クリームソーダ!」
依本さんは意地悪く笑うと委員長と友井さんの肩を叩いた。そんな依本さんに委員長と友井さんは頬を膨らませながら文句を言う。
「あっはっは、悪かったよ。明日早いんならきちんと今日早く寝ろよ? 明日倒れられても面倒だしな」
からかいながらも依本さんは二人の体調を心配している。本当に言葉遣いが悪いだけで、根は真面目で優しい人だ。
「大丈夫、しんどくなったらエモッティーがなんとかしてくれるはずだから!」
「そうねー、依本さんならきっと助けてくれるわよね」
「ちょっと待てよ、それはクオンジの仕事だろっ?」
委員長と友井さんの台詞を聞いて依本さんが俺を指差す。友井さんが口にする紅茶の仲間のようなあだ名はスルーのようだ。
……というかなんで俺のワークなの? ホワイッ?
「へっへっへ、久遠寺のアニキ、当日に近堂のアネキが当日、アニキを強制労働施設に収監する計画を企てておりやすぜ」
「近堂さん……まぁ、あの人も大概フリーダムだからなぁ……」
友井さんの思わぬ情報提供で明らかになる重大犯罪の計画。当日は近堂さんの近くには寄らないで置こう。
「あっしとしては良い経験だと思いやすぜ……きっとあんなことやこんなラッキースケェベ、イベェントが発生するはずですぜ」
たっ、確かにそう言われてみれば文化祭、喫茶店、これだけフラグが立っていれば起こるのかもしれない。
「まぁ、普通にパンツぐらい見えそうだよな、結構フリフリした衣装だったし。俺は色んなクラスの喫茶店それが目的いでででっ、何する岸枝ぁっ!」
馬場が片足を抱えて飛び跳ねる。岸枝は涼しげな顔で馬場を無視し、子供の玩具の様に頭を揺らしている。ちょっと怖いが、岸枝にはGJサインを送っておく。そんな血迷ったことを口にされてはそれが目的で喫茶店に行くように思われてしまう。馬場よ、君は欲望に忠実すぎるんだよ。時には胸に秘めるべき想いがあるはずだ。
『……』
馬場の余計な一言によりまぁ、なんとこの身に突き刺さる視線が痛いことか。それは岸枝も同じようでバツが悪そうに頬を書いている。
「そういえば岸枝、バイトは大丈夫なのか? 最近ずっと遅いけど?」
「あぁ、その点は大丈夫。どうも俺が一人で高校生のアルバイトがやる仕事やりすぎてしまってたらしくてな、他のバイトのメンバーが全然手際良くなくって修行するためにもそいつらのシフト増やすんだってさ」
やる気を出した岸枝がどれだけ頼りになるかってのは十分すぎるほど解っている。岸枝がスーパーマンだからつい頼ってしまう、岸枝のバイト仲間の気持ちも解らなくはない。
「へえ~意外、きっしーってバイトじゃすごいんだね、どこでバイトしているの?」
「教えないよ、言うと絶対からかいに来るだろう、知り合いの接客って結構恥ずかしいんだぞ」
「俺には日曜日暇だから遊び来いって言うくせにさ。結構遠いんだぞ、あのホームセンター」
友井さんに向けて『恥ずかしい』とかほざく岸枝に向けてそうぼやくと、安達さんの表情が変った。あ、邪悪安達だ。
「おぉー、あのホームセンターね、ふぅーん、へぇ~」
「あっ、クッキー馬鹿!」
岸枝が慌てて俺の口を押さえるが、もう遅い。あの安達さんの邪悪な笑みは絶対にからかいに行く気満々だ。きっとその時は道案内などいらないはずなのに、俺なんかも召集されるんだろうな。
「あー畜生、冷やかしはお断りだからな、きちんと『お客』として店に来いよ」
もうどうしようもないと諦めたのか、岸枝はやや、自棄になってそう言った。
「あっ、そういえばお化け屋敷が超面白そうなの知ってる?」
暇な時間、ちょっとぶらついた時に偶然、お化け屋敷の衣装合わせをしているところを目撃した。俺が見たのはありきたりな白装束の幽霊の衣装だったが、正直驚いた。明るくてあれだけ驚けたのだから、本番はどうなるのか、想像するだけで楽しみだ。
「滅茶苦茶、手が込んでいるって話よ。レンちゃんとか連れて行ったら?」
「おおっ、レンレン来るの?」
「多分……ね」
委員長の口からレンの名前が出た時は驚いたのだが、そういえば友井さんと安達さんは一緒に映画を見た仲だったな。
『レンレン?』
まったく話に付いていけない岸枝と馬場は二人首をひねる。
「あー、今年は失敗したわー。こうなるんだったら準備に行っておけば良かったな」
委員長がぼやく。確かに今年の文化祭は去年よりも面白そうな出し物が多いようにも思う。
「うえっへっへ……」
「なによその気味の悪い笑い方は……」
邪悪安達に匹敵するような怪しい笑みを浮かべる友井さん。絶対良くないことが起こる、と委員長が身構える。
「実はー、リーダー高坂と交渉して、私ら近堂班は文化祭最終日はフリーなのでぇっすッ!」
友井さんはそう言って独り寂しく拍手を始めたので俺達も拍手をして友井さんの援護を行った。
「交渉ってどんな交渉したんだか……」
呆れ顔の依本さん。
「いや、普通だよ。私達レシピとか作ったから最終日はフリーでいいよね? って。リーダーも最初は考え込んでいたけど、快く了承してくれたよ。『近堂班のメンバーは既に色々と協力してもらったし、それぐらいのワガママは聞かなきゃな』ってさ」
「高坂、だっけ? アイツも案外押しに弱いのかもなぁ……留学生のエミリーに振り回されてるみてーだし」
「いやいや、エミリーちゃんのパワーは凄いって、コーサカが振り回されるのもしょうがないって!」
依本さんがそう言ったが、高坂と親しい馬場がそうフォローをした。確かにエミリーちゃんのパワーは凄い。そして凄いのはパワーだけでなくボリュームも、だ。
「最終日フリーなのは嬉しいけど、私達が抜けても大丈夫なの?」
「大丈夫なんじゃないか? 三日もやってれば皆手際良くなると思うし、一日目、二日目でおおよその売れる量も解るだろうし。もし大変そうなら返上で手伝えばいいじゃない」
「おっ、文化祭デートが掛かっているだけにクッキーも必死だねぇ……」
心配性の委員長のフォローを行っていると、なかなか暗黒面から戻らない邪悪安達がからかってきた。
これは不味い事になったと思ったのだが、邪悪安達のターゲットは俺ではなかった。本当のターゲットは委員長。完全にとばっちりである。
「だーかーらぁー」
またそれを言うのと言いたげな表情を浮かべつつ、委員長は依本さんの肩を叩いた。顔を赤くした委員長はちらりと俺を見て視線を反らした。委員長も大変だな。
「お似合いといえばお似合いだけどな」
依本さんがそう言うと、流石の委員長でも依本さんには強く出られないようだ。
「あっ、別にからかうつもりで言ってるんじゃねーぞ? ほら、なんだかんだ言っても二人は相性良いみたいだしな」
「そうそう、クッキーも桜花もなんだかんだで面倒見良いし、面倒見の良い人同士、お互いの面倒見ちゃいなよ! って事!」
「えっ、ちょっと、そんな事言われても、ほら……」
依本さんと安達さんに言われ、何を考えたのか、委員長は急にもじもじとし始める。確かに恥ずかしいよな。俺だって今少し恥ずかしい。
しかし委員長、もう少し冷静に周りを、いや、安達さんを見て欲しい。先ほどの聖女のような笑みは消え、彼女が今浮かべている笑みは邪悪な笑みだ。
「ほうら、桜花もそう嫌ってわけじゃないじゃない!」
「そうだそうだー!」
安達さんのからかいに友井さんも参加する。なんだかんだで委員長も愛される弄られキャラだよなぁ。
「別に恥ずかしがる事じゃないのにー、私クッキーの事好きだよー?」
「そうそう、私も私もー」
「その罠には乗らないわよ!」
なんか俺もこの場に居るのが辛くなってきた。きっとこれがこの三人の『いつものノリ』なんだろう。こう、ナチュラルに好きとか言われると照れる。誰かこの流れを止めようとしないのだろうか?
岸枝は……駄目だ、楽しんでやがる。依本さんは……くそ、この中じゃ一番止めてくれそうな人だと思ったけど、この人も楽しんでる。ダークホース馬場は?
「委員長、顔真っ赤ー」
……だめだぁ、一緒に茶々入れてやがる!
「……ッ! もう、いい加減にしてよ、怒るわよ!」
顔を真っ赤にした委員長が唸る。取り乱しすぎていつもの委員長じゃない!
「うひぇっ、久遠寺バリヤー!」
「ちょッ!?」
安達さん達は素早く俺の背後に回り込み、俺を盾にする。
「わっはっは、これで桜花はこちらには何も出来まい! これが最強のバリヤー久遠寺よ!」
背中を三人がかりで押され、俺はろくに抵抗も出来ないまま、対委員長用の壁としての役割を無理矢理、課せられている。
「ちょっと待ってくれ、バリヤーは盾じゃないよ、一回敵に当たると消えるって、ちょっと安達さん、委員長の顔が怖いんですけど!?」
「久遠寺君、一発殴るから、そうしたら消えて頂戴!」
「なんと理不尽なっ!」
殴られたくはない俺は、なんとか怒っている委員長を宥めようとその様子を観察していると、委員長は真っ赤な顔のまま俺から視線を逸らす。その仕草は怒っているというよりかは照れているとしか思えない。
恥ずかしくて恥ずかしくてどうしようもなく、恥ずかしさの逃げ道をちょっと怒り気味に振舞うことでやり場のない感情を発散しているようだ。
「ちょっと、落ち着こうよ委員長、そんなに怒……いや、照れてる? えーっと、照れ隠しにしては少々ハードじゃないかな?」
委員長の姿を見て予想した状態を口にすると、更に顔が赤くなる委員長。結構顔が赤かったのに、更に赤くなって、血圧とか大丈夫だろうか?
「ばっ、馬鹿ぁッ!」
真っ赤な顔のまま叫ぶ委員長と動く委員長の身体。
あっ……俺、消失。
久遠寺バリヤーという尊い犠牲を出し、委員長の照れ隠しは治まった。
「おーおー、こりゃ見事な手形」
依本さんや岸枝が感心したような面持ちで俺の顔を覗き込んでくる。そんな二人の様子とは正反対な様子の方が一人居る。
「ごめんね、ほんっとにごめんね!」
何度も俺に謝ってくるのは、俺の頬に綺麗な手形を付けた張本人、委員長だ。
「別にいいさ、不幸な事故だったしね」
「確かに。あの状態で事故を誘発させるクッキーって大物だよね」
俺の言葉に続くように友井さんが口を開いたが、委員長にひと睨みされると、友井さんは『スイマセン』と言い残し小さくなった。
「あーおっかし、コントみてぇなやり取りだったな」
先ほどの騒動を本当に楽しんでいたのは依本さんと岸枝の二人だろう。二人は安全な立ち位置で腹を抱えて笑ってるだけだったからな。
『ズルくないですかー?』
騒いでいた俺達の耳に飛び込んできたのは、なんとも険悪そうな声色だった。
ふと気になってそちらを見ると、教室の外で勘違い三人組と、近堂さんと短気さんがただ事じゃない雰囲気で言い争っているようだ。
「あー、またあの三人かぁ……」
「なにか明日の事でトラブルあったのかな?」
「ちょっと行って来る!」
三人組と対峙しているのは近堂班のメンバーのようで、同じ班である委員長と友井さんは近堂さんに話を聞くために教室を出た。
「ちょっと気になるけど、流石に野次馬に行くのもあれだしなぁ……」
「それにあの三人、注目されるとチョーシ乗るだろ? 略してチューチョー」
岸枝と馬場の言葉に頷く。
なんというか、まだ精神が子供過ぎるんだよな、勘違い三人組は。じゃなきゃヤンキーっぽく振舞うイコール、カッコイイなんて思わないよな。しかも女子で。
「まぁ、委員長も居るし、なんとかなるだろ。気にはなるけど注調だしな。後で委員長達に何があったか聞くだけでいいだろ」
馬場の言葉を使いつつ、壁に寄りかかる。
先ほどまでそれぞれが好きな事をして過ごしていたのだが、やはり殆どの人が廊下で行われている言い争いが気になるのか、チラリと廊下を窺ったり、野次馬根性丸出しの奴は窓に張り付いている。
「ヤレヤレ……全員これじゃ注調だよな」
依本さんも苦笑いを浮かべながら馬場語を使う。もしかしたらこのまま馬場語は今年の流行語になるかもしれない。
「全員ってわけじゃないみたいだ、依本さん」
岸枝が教室の隅を指差す。そこには四人で必死にゲームを手に怪物を駆っている準備組、男班四人が居た。
「全員があいつらみたいなら注調ないんだけどなぁ……」
制限時間があったり、一撃でごっそり体力を持っていかれたりと気が抜けない狩りゲーだもんな、そりゃ集中するだろうな。
「クッキー大変大変ッ!」
しばらくすると友井さんが血相を変えて飛び込んできた。窓の辺りに集まっていた野次馬達も別の事をやり始めていて、騒動が一応は決着したのだろう。そんな状態で友井さんが慌てる理由ってなんだろう?
「桜花探すの手伝って!」
「委員長?」
そういえば委員長の姿が見当たらない。
「あぁ、ちょっと三人と口論になっちゃってねそれで頭冷やしてくるってさ。でも様子がちょっと……」
近堂さんも話に加わってくる。どこかバツの悪そうな顔をしている。
「了解。友井さん、俺の番号知っていたっけ? あった、友井さんの名前。見つかったら連絡よろしく! 手分けして探すなら俺の番号知らない人は登録して連絡お願い!」
委員長がどの方向に行ったかを聞くと俺は駆け出した。
まったく、何があったか解らないけど、手の掛かるお嬢さんだ。
――悩みがあったら見晴らしの良い場所。情報が少ないので直感を頼りに屋上から見晴らしの良い場所を重点的に駆け回っていると、よく見るツインテールさんを発見した。
委員長は校舎端の非常階段の踊り場に居た。校舎の最上階と言うこともあって見晴らしは抜群に良い。
「よっ!」
気配を殺して委員長の背後に近付くと、明るい調子で委員長の肩を叩いた。一瞬身体を硬直させ、委員長は振り返ると盛大なため息をついた。
「もう、ビックリしたじゃない」
「悪い悪い。で、どうしたんだよ、友井さん達心配してたよ?」
「そうね……」
力なく委員長は笑う。
「最近どうにも上手くいかないんだよねー」
委員長はそう言うと手すりにもたれ掛かり、ミニチュア模型のように広がる東小松市の町並みを見つめている。俺も委員長に倣う様に並んで町並みを眺めた。お互いにジャージ姿。まるでスポ魂漫画みたいだ。
「こうしようって決めたのに、気が付いたらそれとは真逆の事をしているの」
委員長はそういうものの、曖昧な表現で俺はイマイチ理解できない。
「――私、未来見えなくなっちゃった」
「うっへ!?」
「ふふ、なによその声は」
衝撃の告白だった。俺がどんな表情をしていたかわからないが、委員長が笑った事を思うと、相当間抜け面なんだろう。
「完全に見えなくなった訳じゃないんだけどね、前よりもかなり断片的でしかも予想精度も悪いのよ。自分がどれだけコレに頼っていたか思い知らされたわ」
生傷が絶えない、と痣の出来た膝を見せながら委員長は笑う。茶化せばいいのか、心配すればいいのか解らず、俺はただ黙って委員長の話に耳を傾けた。
「これじゃ久遠寺君の力にはもうなれないよ……なんの能力もない私じゃこれから何が久遠寺君の身に起こっても、どうする事も出来ない。足を引っ張るだけよ」
なにか起こるというのはきっと、フーコメリアやレン関連の事だろう。確かに今は平和そのものだが、これがずっと続く保証はない。
「これ以上、私が首を突っ込んでもただ足を引っ張るだけ。なんとか久遠寺君達と距離を取ろうって思っても無理みたい」
最近の委員長がそんな事をずっと考えて迷っていたなんて気が付かなかった。
「さっきもさ、三人組と口論になって言われたんだ。『どうせあの前髪とー』って。私も久遠寺君やフーコメリアさん、レンちゃんらと文化祭を見て回ったら楽しいだろうな、そう出来たらいいなって思ってたんだよ。距離取らなきゃって思いながらこれよ。笑えちゃうわ」
「見て回ろうぜ、皆で。確か三日目がフリーなんでしょ?」
「でもッ!」
委員長の心は揺れている。
危なくなったら距離を取るなんて都合のいい事が出来るわけがない。いつ、何が起こるか解らない。委員長もそれが解っているからこうして思い悩んでいるのだろう。
「委員長は俺の中じゃ特別なんだ」
「えっ?」
委員長は驚いたように目を見開いた。
「フーコメリアやレンの事、相談出来るのは委員長だけなんだよ。未来が見えるとか見えないとか、なにか特別な能力があるとかは俺からしたら、あんまり関係がなくて、必要なのは秘密を相談して力になってくれる人なんだよ」
「そ、そういう事ね……」
なにやら複雑な表情を浮かべる委員長。一体どうしたというのだろう。
「はぁー、なーんか馬鹿みたい。一人で考えて悩んで」
「友井さん達も心配していたし、戻ろうぜ」
「うぁー、ちょっと顔合わせるの恥ずかしいなぁ……」
渋る委員長を説得し、俺は友井さんにメールを打ち、食堂へと向かった。
「あ、クキーッ!」
なんとか終業時間を終えて委員長と一緒に帰宅していると、通りの向こうから、紺色のメジャーリーグの球団のキャップを被り、背中にはベースギターケースを背負った似非ロッカーが駆けて来る。
「おう、レン、これで全員集合だな」
日用品などの買い物をしていたフーコメリアとも偶然合流しており、これで久遠寺家関係者全員集合だ。
「あっ、テメー、まーた帽子汚しやがって。この帽子高いんだぞ?」
レンの被る帽子に付着した泥汚れを叩き、帽子を被る。
「制服にそれは似合わないわねぇ……」
委員長の言うとおり、制服にこの帽子は合わないな。
「今日はクキ早いなー」
「明日が文化祭本番だからな。もう準備は全て終わったし」
「じゃあ今日は早めの夕飯になるな!」
ここの所帰りが遅く、夕飯の時間が遅くなっていた。一日中身体を動かしているレンとしては料理が出来上がっていても食べられないと言うのは非常に辛かったのだろう。夕飯が早いというだけで目を輝かせている。
「一日筋トレって言うのも大変そうよね」
委員長がレンの周りに浮かぶぼんやりとした灯りを突きながら言う。何も知らない人間が見ると、鬼火と戯れているようにも見えるのだが、鬼火はレンと契約を結んでいる精霊だ。
「ずっと部屋にこもってゲームより健康的でいいさ……いてッ!」
フーコメリアや委員長にはなんの抵抗もしないのだが、この精霊、何故か俺だけに厳しい。今も委員長に紛れて突いて見たらチクリとした感触の後、指先に血が滲んだ。
「あら、クッキー大丈夫?」
「大丈夫、針で刺した程度の出血だし」
フーコメリアが俺を心配して指を見ようとしたが、俺は指先を口に含んでそれを回避した。絶対に今俺がしていることをやろうとした。今のフーコメリアの表情を見る限り、そんな悪戯を企んでいたに違いない。
「でも不思議よね。私達にはなんともないのに、なんでクッキーだけ? なにか知らないの?」
レンに問いかけるフーコメリアだったが、レンも心当たりがないらしく首を傾げるだけだ。
「クキが私が見てないところでなにかしてるんじゃないのか?」
「四六時中もお前の周辺をウロチョロしてるそいつに何かしているならお前が一番に気が付くだろうよ」
取り上げたままだった帽子をレンに被せようとした時だった。
「クキッ、危ないッ!」
レンに急に突き飛ばされると、顔の前を強い風が吹き抜けていった。
「なッ、なんだぁ!?」
尻餅をついたまま、俺は周囲を見渡す。
周辺には人の影はなく、少し離れた場所に先ほどまで俺が被っていた帽子が転がっている。
帽子は何かで切り裂かれたように先の部分がズタズタになっている。
くそ、あれ高いんだぞ、そう毒づこうとした時だった。ある違和感を覚えたのは。
――やけに視界が開けている。
「く、久遠寺君、髪……」
委員長が驚いた様子で俺を指差す。
俺は窓ガラスに映る自分の姿を見て言葉を失った。
前髪がばっさりと断ち切られていたのだ――。




