重大発表とおまじない。
文化祭はもう目前に迫っている。カレンダー上では2マス先。漢字ならば明後日。
学校の雰囲気は既に文化祭一色。校舎の中だけでなく、中庭にも様々な案内看板が出てテーマパークのような華やかさがある。
校舎のいたる所で修羅場を迎えた生徒たちの悲鳴が聞こえてくる。
俺達のクラスは何とか予定通りのスケジュールで作業が進んでいた為、今日中には文化祭の準備が九割は終わりそうだ。
残り一割の準備は当日に使用する食材を買ったり、掃除したりとそう大変な作業は残っていない。
「ようやく終わりが見えてきたなー」
「これでこっちの仕事は終わりねー」
馬場と安達さんは地べたに座り、足を投げ出したり寝転んだりしてリラックスムードだ。
久遠寺キングダムのメンバーは今、三つに分かれている。一つは飾り付けをされて店っぽく変化した空き教室の掃除を行っている岸枝、空き教室周辺で飾り付けの手伝いを行っている依本さん。そして失業をしてしまった俺と馬場に安達さん。
メインの作業場所はお店へと移り、あまり人が多くても邪魔になるだけで、作業に参加出来る人の数が限られている。
そんなこともあって久遠寺キングダムの三人は空き教室から運ばれた机や椅子で狭くなった教室に閉じこもっている。
日頃俺達が使っている机や椅子を教室の後方、黒板や教壇の反対側に集め、空き教室の机と椅子を黒板側に集めているので、人が居られる空間は教室の中央しかない。
その為に教室の中央には俺達の他にも失業してしまった奴らが小さく集まってそれぞれが暇な時間を過ごしている。
輪になるように座り、仲間と強力をして大きな怪物を倒すゲームをやっているのは準備組の男班四人。昨日の時点で作業があまりないと解っていたのだろう、携帯ゲームを持ち込んで暇な時間の対策をしているとは驚いた。ただ単にいつもゲームを持ってきているだけなのかもしれないが。
仲良くファッション雑誌を眺めているのは準備組の女班の二人。他二人は店の方でなにかしら作業をやっているのだろう。
そして時間を潰せそうなアイテムを一つも持っていない久遠寺キングダムのメンバーはただ座ってお喋りしているしかないのだ。
「あー、午後からやることがないって最悪だよな」
馬場が携帯を取り出して画面を眺めている。
「さっきからずっとそればっかりじゃないか、いくら時計を眺めても時間は加速しないって」
「あっ、名案! 設定で時間を十分進めたらどうだろう?」
「それウマっちの携帯の時間進むだけで実際の時間は変わらないから」
冷静な安達さんのツッコミ。俺がツッコミをする手間が省けた。ありがとう安達さん。
ちなみに『ウマっち』と言うのは文化祭でいつの間にか付けられていた馬場の新たなあだ名だ。『馬場っち』でもいいと思うのだが、『馬場』よりも『ウマ』のほうがイイらしい。まったく解らんが。馬場も特に気にした様子もなく新たな呼び名を受け入れているし気にするだけ無駄だろう。
「明日は文化祭前の準備をやって、三日間文化祭で休みに入ってその後片付けかー。あと一週間ぐらいは勉強ないからいいよね」
「かれこれ十日間以上勉強やってないもんな、でもしわ寄せが土曜日の午前中だろ?」
文化祭が三日間にわたり行われたり、準備期間が長かったりとお祭りが長いのは嬉しいのだが、俺達が授業を受けなければいけない時間は決まっているらしい。準備期間などで潰れた授業の穴埋めは土曜日の午前中だったり、長期連休の何日かだったりと地味に嫌な穴埋めのやり方だ。
「ホントかったるいけど、意地悪な教科の先生に限ってそういう時にテストのヒントとか言ってくるからサボれないんだよね」
安達さんは頬に手を当て、困ったように呟く。それに関しては同感だ。こういった日にサボって後々に泣いている馬場を見ていると迂闊にサボれない。
「そういえば安達さんは文化祭の日どうするの?」
「とりあえず一日は桜花達と見て回って、残り二日は手伝いとかかなぁ」
準備組は基本文化祭の日はフリーなのだが、当日組を手伝ってはいけないという決まりはないので、安達さんは店を手伝うつもりらしい。
「あ、もしかしてデートのお誘いでもするつもりだった?」
しっしっしと、安達さんは悪い笑みを浮かべて俺の肩を小突く。目が細いので本当にこういった表情がよく似合う人だ。
「ソウデスネー、トテモ残念ダァー」
「なんだよぅ、その棒読みはー。まぁ、クッキーがデートに誘うのは桜花だもんね。どうしてもと言うのなら貸してあげるよ」
「そのネタで絶対当日委員長をからかう気でしょう」
「バレたか」
へへっと笑う安達さん。きっと当日は大変そうだなぁ、委員長……ファイト。
「なぁー、何かすること、ほんとうに何かないかな? 俺、暇で暇で死にそうだ」
じっとしていられない性格の馬場が我慢できなくなったのか、そわそわとしているので俺達は仕方なく店の方へと様子を見に行く事になった。
「忙しいのはアレだけど、こう暇でも嫌だよなぁ」
「こっちとしてはこれぐらいが丁度いいけどなぁ……」
馬場と安達さんはそんな話で盛り上がっている。俺は二人の話を聞きながら周囲を見渡している。俺達のクラスが使っているのは教科棟の空き教室二部屋。文化祭メインの文化部棟ではないのだが、様々なジャンルのお店が入っているのでもしかしたら文化部棟よりも人が集まるかもしれない。
デパートの案内板みたいに各階の出し物の名前を見る限り、教科棟の中に入っている店は遊べる店が多いらしい。
準備段階からどういった店を作ろうとしているのか、それとなく知っている俺達でさえもかなりワクワクしているのだから、一般のお客さんは学校とは思えない装いを見てどんな感想を抱くのだろう?
階段を上ると見慣れた看板が見えてくる。我らがクラスの店のある階だ。
「お、なにしてんだー?」
目の前から汚れた布や紙が詰まった箱を抱えている二人組が見えると馬場が近寄り一緒に箱を抱えた。三人で持つほどの量ではないように見えたのだが、本当に仕事が欲しかったのだろう。
「あっ、安達さぁーんこっち手伝ってぇー!」
窓の辺りに飾りを追加していた女の子のグループに安達さんが連れて行かれる。この階ん来て数分で俺は仲間を失ってしまった。なんということだ。
そして俺の手は誰も欲していないらしく、そのまま誰にも声を掛けられる事なく、お店へと着いた。
「おぉっ、スゲェッ!」
店に入ると思わず声を上げてしまった。
店の中にはやや広めな間隔で机や椅子が並んでいる。ざっと二十人分ぐらいの席がある。
四人で座れる席が四つ。二人で座れる席が四つ。あとは隣の教室にもいくつか席があるので三十人は席に入れるのだろう。
そして机には何処から持ってきたのか、大きなシーツが掛けられてあり、安っぽい教室の机には見えない。椅子も似たようなシーツが掛けられてある。
「どーだ、スゲェだろ?」
此処の掃除を担当していた岸枝が誇らしげにそう言った。確かにこれはすごい。もう少しチープな内装を想像していたのだが予想以上だ。
「そういえばクッキーは厨房とか見た?」
「いや?」
岸枝に連れられ、ベランダへと出ると思わず声が出た。
「よく作ったなぁ!」
俺達が店として使う空き教室のベランダをに壁が出来上がっていた。
飲み物なんかを持って一般の人が通る廊下を行き来して隣の教室に運ぶのは色々不味いのではと思っていたのだが、ベランダをスタッフ専用の通路に作り変えていた。
出来るだけ風なんかで塵が入らないように工夫したらベランダに壁を作る事になったらしい。壁が出来たおかげでベランダからは何も見えないし、光もあまり入らなくなったが、教室の窓から外の景色を見ながらお茶を飲むお店ではないので、景色を見るという部分は無くしていいのだろう。
「色々と大変だったけどね……」
通路を見てテンションをあげていると、疲れた顔をした男が力なく笑っていた。
確かこいつは準備班の男女混合班の班長だっけな。ちょっと手伝った時に班員が『普通リーダー』なんて言ってたな。確かに普通だ。なんの特徴もないと言ったらアレだが、普通さんこと、佐藤さんに匹敵するぐらいの普通っぷりだ。
「でもスゲェな! あっ、この部分俺が手伝ったところだろ!」
「そうそう、久遠寺君が手伝ったトコ」
ふと見た場所がかなり見覚えのあるパーツで、すぐに俺が手伝った箇所だと解った。
「外で作ってたときは何をしているかわからなかったが、これを作ってたのか!」
テンションをあげつつ、俺達はスタッフ専用通路を通って隣の教室に入る。ベランダから教室に入るには後方の扉からしか入れず、教室後方を厨房にしたようだ。
「おぉー、結構それっぽい。まだ冷蔵庫とかないけど」
教室を半分に分ける壁を作るために必要だったのか、天高く机が積み重ねてある。それがあるせいでちょっと狭く見えるのだが、数人がこの中で動き回っても大丈夫そうな広さはある。
厚手のビニールシートの張られた作業台の近くでは当日組のメンバーが集まって何かを話している。
「終わりの見えない作業ばかりだったけど、こうしてほぼ完成したところをみるときちんと進んでたんだなぁ……」
「同感」
岸枝と二人しみじみと呟き、感慨深く完成した店を眺める。
「この向こうもお店?
教室の中央に積み上げられた机の壁の一角だけ空いているし、その部分だけ壁の材質が違う。
「そうそう、向こう側はお店」
岸枝に案内され暗幕のカーテンを抜けると、やや狭めだがきちんと机や椅子が整列していた。そして隣の教室と同じように机や椅子にシーツが掛けられている。
「お、クオンジー、どうよこれ? 凄い出来映えだろ?」
数人で机を囲んで談笑をしていた依本さんが俺達の存在に気が付いて近寄って来た。
「外側なら嫌ってほど見たけど、中を見たのは初めてだし、凄く驚いたよ」
内装を褒めると依本さんは気を良くしたのか、上機嫌で俺の肩を叩いてきた。
「そうだろう、そうだろう、本番が楽しみだなぁ!此処で作れる最後の思い出としてはこれ以上のものはねーな」
依本さんが発した一言で教室の中の浮かれていた空気が吹き飛んだ。
無意識的につい口に出してしまっただけなのだろうが、依本さんは顔をしかめて失言したというような表情だ。
「ちょっとちょっと、今のどういう事!?」
少し離れていた場所で短気さんと話していた近堂さんも話に加わって来る。
流石に『今のは冗談だ』そう誤魔化せるはずもなく、依本さんは数人に詰め寄られ、観念したのだろう、ばつが悪そうに口を開いた。
「なんつーか、アタシは昔から引っ越しが多かったんだよな。まだ越して来て一月ちょっとだけどまた引っ越すらしくてなぁ」
「えー、うそ。折角仲良くなったのに」
「あっ、いや、でもまだ今すぐ引っ越しって訳じゃないと思う。まだアタシも詳しい話は解らないんだ」
焦りながらも依本がしんみりとした空気を振り払おうと頑張っている。そんな依本さんを見ながら、俺はある事をぼうっと考えていた。
依本さんは話せば少し口調が荒いものの、それさえ気にしなければ話しやすいし、荒い口調とは対照的に細かい気配りが出来る人だ。積極的に動けばすぐに友人を作れそうなのに、あまりクラスに馴染まずにちょっと人と距離を置いていた理由がこれだったんだ。
「……引越しするしないにしろ思い出に残るような文化祭にしようぜ!」
気が付いた時にはそう口に出していた。
沈黙は数秒、ちょっとスベったかと思ったのだが首に勢い良く手が回される。
「良い事言った、クッキー! ここまでやったんだから全力でお客さん入るようにしたいよな」
岸枝が俺と肩を組むようにして言う。岸枝のフォローのおかげで俺のちょっとスベった感もなんとか払拭された。
「当日は客として楽しませてもらうよ」
『手伝わないのかよ!?』
総ツッコミを受ける岸枝だった。
「うーわ、思いの外、遅くなっちまった!」
真っ暗になった通学路を走っている。風は肌寒いが、走って熱を持ち始めた身体には丁度いい。
携帯の時計を見ると十八時半を回った所だ。お店の最終チェックの時に出た小さな修正箇所を修正していたら予想以上に時間が経っていた。
ここのところ、帰宅時間が読めないので晩御飯なんかはフーコメリアに任せっきりだ。『料理をするのは好きだし、気にしないで』フーコメリアはそう言ってくれているので大助かりだ。しかし助からない事もある。その後更に俺が反応に困るような一言を付け加えて反応を楽しんでいる点だけはやめて欲しい。彼女の冗談は何処までが冗談か判断がし辛い。
この時間なら既に料理はフーコメリアが作っているだろう。俺が急いでるのはそれに関係する事だ。
俺は別にフーコメリアとレンに先に夕飯を食べて貰ってても構わないのだが、フーコメリア曰く、それは駄目だそうだ。フーコメリアはともかく、レンが遅くなると色々とうるさいので、結果として急いで帰らねばならない。
このままのペースだとあと十五分ほどで帰り着くことが出来る。十九時を回らなければまだレンからの文句は少ない。この分だと一言二言の文句で済みそうだ。
「なっ……あぎ……うへっ!?」
――いったいなにが起こった?
頭に浮かんだのはその一言だ。
俺が覚えているのは歩道橋の階段を上ろうとした時、上から何かが降ってきたと言うことだけだ。
身体を地面に強く打ち付けてしまったようで少し尻や肩甲骨辺りが痛い。それに身体にはなんともいえない良い匂いと重量感。そして重さを感じている場所が微妙に暖かいし柔らかい。
――柔らかい?
違和感を感じた俺は、無意識的に強く瞑ってしまった目を開ける。
「えっ……あの……」
目を開けたとき、俺の視界に飛び込んできたのは人の身体だった。誰かが俺の身体の上に倒れている。
まったく状況を理解できないが、この状況は色々と不味そうだ。
頭を動かして周囲を見渡す。通行人は居ないようだ。車は次から次に通過しているが、日が落ちて暗いことと、道路と歩道の境に植えられた背の小さな植木で死角になっていて運転手は気が付かないようだ。
「あの、大丈夫ですか?」
俺の身体に覆い被さるようにして倒れている人に声を掛けると、気の抜けたような女の人の声が返ってきた。
「はいー大丈夫ですぅ~。あれ、何処から人の声が?」
女の人は俺の上半身側に覆いかぶさっているようで、俺の視界では女の人のわき腹あたりしか見えないが、身体に伝わってくる感触から女の人が身じろぎをしているであろう事だけはわかった。
「下、下です。早く退いてもらえると……」
「あー、どうりで柔らかかったわけですねぇ~これはこれは失礼しましたぁ~。よっ……うっ、うーんっ!」
女の人は起き上がろうとしているのか、俺の身体の上でもがいている。
「ちょっ、いったいなにうぉっ!?」
女の人が動く衝撃が全てお腹辺りに集まっている。丁度女の人の腰あたりが俺のお腹の上にあるのだろう。
「もう、ちょっ……」
圧迫感に耐えながら震える女の人の身体を見ていると、もうだめっと小さく呟くと重さから解放された上半身に重みが戻ってくる。どうやら起き上がることを諦めたようだ。
「諦めないでっ! 俺も手伝うから、もう一度っ!」
なんとか女の人に再チャレンジを促した。
「うぅーんっ!」
もう一度女の人が起き上がろうとし始め、上半身が開放された俺も肩で女性の背中辺りを押すように力を入れると、なんとか女の人は起き上がる事ができた。
女の人が起き上がってちょっとすると女の人が俺の身体の上から退いた。やけにお腹が温かかったのはお尻が乗っていたからだったのか。
今はそんな事はどうでもいい。お尻の感触なんかを記憶の隅に追いやり、無心の心で立ち上がった。
「大丈夫ですか? 一体どうして……」
地面に座ったまま腰を擦っている女の人の片足を見てなんとなく理解が出来た。答えあわせの為に歩道橋を見ると予想通り、ぽつんとハイヒールが一足だけ残されていた。
恐らく階段を上るときに躓いたか何かで足を滑らせたのだろう。幸いといえばまだそう高くない位置で足を滑らせた事だろうか。これが頂上付近だと俺やこの女の人がどうなっていたか解らない。
「ん?」
女の人の顔を見て何かが引っかかる。ウェーブのかかった長い髪に、やけにゆっくりしたこの動作、どこかで……。
「あっ~、この前の偉い子だぁ~」
女の人にそう言われて思い出した。そういえば少し前に同じ歩道橋で階段から落ちそうになったこの人を助けたなぁ。前回と言い、この人とは階段で縁があるな。
「前回に続いて今回も助けてくれたんだぁ~偉いぞぉ~」
そう言って女の人は立ち上がり、高さの揃わない足で精一杯背伸びをすると俺の頭を撫でてきた。視界の隅でゆれる二つの物体にやや気を取られながらもなすがままの俺。一分ほど頭を撫でられ続ける羞恥プレイを受けた。
「あっ、靴取って来ますよ」
恥ずかしさから逃げるために俺は女の人のハイヒールを取りに階段を駆け上った。階段の途中に寂しく転がっていたハイヒールを回収し、女の人へ手渡す。
「ありがとぉ~前と今回のお礼をしたいからちょっといいかなぁ~」
「えっ、ちょ!?」
ぐいっと俺の手を引いてどこかに連れて行こうとしている。
「だめかなぁ~?」
上目遣いでそんな事を言われて断れる男が居たら見てみたい。少なくとも俺は断るという選択は投げ捨ててしまったよ。
「……家に連絡します」
俺は観念して委員長へメールを入れて伝言を頼んだ。
「ご注文はお決まりですか?」
連れてこられた先は喫茶店だが、俺達が時々利用する店とはまるっきり質が違う。
飲み物一杯がワンコインほどで買えるような値段設定ではない。見せられたメニューには飲み物一つでお札が一枚飛んでいく価格設定には心底驚いた。
「もう少しまってもらえますぅ~?」
ウェーブ髪のお姉さんがそう言うと、黒いエプロンをした女の店員さんはお決まりの一言を行って下がっていった。
「遠慮しないでなんでも頼んで良いよぉ~」
そういってウェーブ髪のお姉さんはメニューを差し出してくる。メニューにはコーヒー紅茶各種の他にスイーツ系のメニューもあるようだ。
メニューに載っている写真を見る限りそうボリュームがあるように思えないのだが、それでもお札一枚と小銭数枚の値段設定だ。これはこれでなかなかメニューを選ぶのが躊躇われる。
「あ~、こっちもおいしそう、こっちのも~」
ウェーブ髪のお姉さんは逆さまのメニューを覗き込んで、写真を見てははしゃいでいる。
「これ絶対おいしそうだよぉ~あ~、すいませぇ~ん」
なにやら一人盛り上がり、一人店員さんを呼んでしまうウェーブ髪のお姉さん。こっちはまだメニューが決まってないが、ここは封印された必殺技を使うしかなさそうだ。
――同じのでお願いします。
他人の注文に選択権を全て委ねるという他力本願の必殺技。メニューがなかなか決まらないファミレスなんかの注文でも重宝する必殺技だ。
「こっちのぉ、チョコレートスペシャルを一つと、偉い子君は~?」
俺の呼び名で小さく店員さんが笑ったようだが、気にしないでおこう。
「同じもの……」
「だぁ~めぇ! じゃあ偉い子君はこっちのスペシャルフルーツのほうで~」
必殺技を発動前に行動カットに入られた俺の注文は、ウェーブ髪のお姉さんによって決められてしまった。もともと自分で決める気がなかったので結果オーライ。
数分ほど待つとファミレスなんかでよく見る器にこれでもかというぐらいにチョコレートをかけられたアイスクリームと、フルーツを盛大に盛ったアイスクリームが運ばれてきた。スペシャルなんちゃらはパフェだったようだ。
「わぁ~おいしそうだねぇ~」
「そ、そうですね……」
これといった会話もなくお互いに無言で待っていたために少々気まずい雰囲気ながらも、運ばれてきたパフェを突き始めた。
「あう~もうだめだぁ~」
俺がなんとか盛大に盛られたフルーツと格闘しているといきなりのギブアップ宣言。驚いてウェーブ髪のお姉さんの方を見ると、ちょっと頂点のアイスを切り崩しただけ。なんとも早い降伏宣言だろうか。
「残りは任せるよぉ~」
そう言って俺の前にパフェが輸送されてきた。正直この寒い時期にパフェは辛い。なんとか自分の分だけでも片付けようとしていたのだが、二つに増えたことで一気に攻略難易度が跳ね上がった。
「ちょっと、これ……こんなに……」
「えへへ……よくエリちゃんにも怒られるんだぁ~。もう少し自分の身体の状態を見て注文しろ! ってねぇ~」
そう言ってウェーブ髪のお姉さんはニコニコと笑う。似たような事をいつもやって怒られてるってわけか。こっちで言うなら野菜嫌いでいつも野菜を残そうとしてフーコメリアに怒られているレンみたいだな。
「そういえばエリちゃんが最近とっても楽しそうで私も幸せなのぉ~どうも学校で上手い具合にお友達できたみたいでぇ~」
スーツを着ているし、ウェーブ髪のお姉さんの外見は二十代前半か。となると、えりちゃんと言うのは同僚ではなく、後輩か妹の事だろう。
「エリちゃんはぁ~ちょっと乱暴な言葉遣いだけどとっても優しいの~」
俺は必死に目の前のアイスの塊を切り崩しつつ、えりちゃんトークを聞かされていた。解る事は二つ。冬場にパフェ二つは辛すぎるって事と、ウェーブ髪のお姉さんがとってもえりちゃんが大好きだって事だ。
ウェーブ髪のお姉さんの話すエリちゃんはとても依本さんの人物像に似ていて、いつの間にか依本さんの姿を思い浮かべながら話を聞いていた。
もしかすると依本さんのお姉さん? とも思ったのだが、その可能性はゼロだ。依本さんの名前は里奈で、えりではない。
しばらくえりちゃんトークに付き合っていると、ウェーブ髪のお姉さんは家でえりちゃんが待っていることを思い出し、勘定を払った。
「今日はありがとうございました」
店から出てウェーブ髪のお姉さんにお礼を言った。
「いえいえ、こちらこそぉ~」
ゆったりと顔の前で手を振るウェーブ髪のお姉さん。
「そういえば、偉い子君のお名前をまだ聞いてなかったね」
「あっ、俺はく……」
名前を言おうとした俺の唇をウェーブのお姉さんの指が押さえる。
「やっぱり名前は良いよぉ~おまじない♪」
そう言ってウェーブ髪のお姉さんは笑う。
「おまじない?」
「この前と今日と二回も縁があったでしょ~私の知ってるおまじない、三回目ももし偶然に会えたならそれは縁なの~、そこで名前を交換した二人は幸せになれるのよぉ。君も幸せになりたいよねぇ。二回も会って、これはチャンスなんだよぉ」
セールストークのようにおまじないを勧めてくるウェーブ髪のお姉さん。このおまじないの幸せってのは恋愛関係の幸せを指し、運、ラッキー関係の幸せではないと思う。盛大な勘違いをしているようだが、あえて指摘する必要はないだろう。面白そうだし、俺もこのおまじないに参加しよう。
「解りました、縁があればまた」
「うん~、気をつけて帰るんだぁよ~」
ウェーブ髪のお姉さんと別れ、俺は家路を急いだ。現在時刻、十九時四十分。きっと気をつけるのは家に帰り着いてからになるだろうけど。




