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お祭り準備期間は続いている。

「これは此処で良いんだよな?」

「オッケーオッケー! ついでにこっちも手伝ってくれるか?」

 ようやく完成した外装を運び終えると、壁に飾りを取り付ける作業の人手が足りていないらしく、俺の意思など関係なく手伝わされる事になった。

 手伝いに捕まるのは今回が初めてではない。どこの場所でも人手が欲しいようで、ちょっと道具を借りに来ただけでももれなく労働力として戦力に加えられてしまう。

 もちろん俺達も道具を借りに来た別の班の人間なんかを利用させてもらっているのでお互い様だろう。

 そんな感じで手を貸し、貸されつつ、準備組の面々は慌しく準備に追われている。作業が一つ終わってもまた次の作業が待っていて、まるで賽の河原に迷い込んだみたいだ。

 朝からずっとこの調子で、ゆっくりと休憩が出来たのは昼食の時の十五分ぐらいだ。時間的にゆっくりと言えるのかどうかは微妙だが。

 息をつく暇もないというのは、こういう事をいうのだろう。

 文化祭の日が近付くにつれ、授業を潰して与えられた準備時間だけでは間に合わない事が確信に変わり、当初の予定通り準備組の面々は放課後に居残りをして作業を進めている。

 他のクラスも似たような状況らしく、忙しいとか、終わらないといった悲鳴をよく聞くようになった。華やかになる校舎とは対照的に一部の生徒の顔からは覇気が消えつつある。

 俺達のクラスは実行委員長のスケジュール管理のおかげか、忙しくはあるが修羅場にはほど遠い。このまま致命的なトラブルでもなければ、文化祭の前々日には準備を終えれそうだ。

「まったく、人使いが荒いなぁ……」

「そう言うなって、困った時はお互い様だろ?」

 準備組の男班のメンバーである彼はそう言って笑う。それを言われては何も言えないので文句の代わりに苦笑いを浮かべておいた。

 もし逆の立場になることがあるのなら、同じ事を言ってこき使ってやろうと心に決め、言われるがままに作業を手伝うことにした。東小松市一のサポーターと唄われた久遠寺久喜の実力を見せる時だ。

 現在求められている役割はテイクアウトメニュー表をしっかりと固定されるまで抑えて落ちないようにする事だ。動かないようにしっかりと押さえてやろう。そう、俺は東小松市一のサポーターなのだから。

 支援者のサポーターと、テーピングのサポーターを掛けたこのネタ、あとで岸枝に披露してみるか。きっと大爆笑間違いない。

 そんなくだらない事を考えているうちに、テイクアウトメニュー表を固定し終えた彼が脚立から飛び降りた。

「いやー、サンキューな、久遠寺!」

「かなりそれらしい形になってきたよな」

「まったくだ、数日前までここが空き教室だったとは思えないよな」

 二人して取り付けられた外装やテイクアウトメニュー表を少し離れた場所から眺めて呟く。

 手作り感が目立つ外装だが、デザインの華やかさは流石は現役女子高生といったところか。俺達男子高生が何人集まって頭をひねっても、こんな華やかさは出せないだろう。

 そして先ほど取り付けたテイクアウトメニュー表は、別のクラスの偵察の目を誤魔化すために『おいしい』などのあおり文句を書いた紙を上に貼り付けてその存在を隠している。いいアイディアは直前まで隠しておいたほうがいいだろう。真似をされたら独自性がなくなってしまう。

 俺達のクラスの喫茶店は実習棟の空き教室二つを使って店を出す事になっている。

 教室二つと言っても、それぞれが小さく、二つ合わせてようやくいつも授業を受けている教室と同じか少し広い程度だろう。

 別に俺達のクラスが特別なわけではない。他のクラスも空き教室などを改造して催し物に適した空間を作っている。わざわざ空き教室を使うのには理由がある。

 去年もそうだったが、東小松高校の文化祭では一般に解放される校舎は四つある校舎の中で三つの校舎が解放される。

 解放される校舎の一つは、文化部の部室や空き教室のある文化部棟だ。文化祭と言うぐらいだからここは当然だろう。

 そしてもう一つは、工作室や技術室といった工業系の実習を行う教科の教室がある実習棟だ。

 最後の一つは科学の実験室やパソコン室のある教科棟と呼ばれる建物だ。

 その三つが一般に解放され、職員室やいつも授業を受けている教室などが含まれている校舎は一般どころか、文化祭期間中は荷物を置けるだけで、生徒も入ってはいけない事になる。

 そういった理由から、それぞれのクラスは空き教室や中庭の広い場所などを使うようになっているようだ。

「こうして少しづつ形になっていくと、連日の居残りも無駄じゃないって思えるよな」

「同感だ」

 相槌を打ちながら俺達は少し歩き、飾り付けをされている空き教室を見つめた。

 まだ外装は半分しか出来上がっていない教室の中では念入りに掃除や飾り付けが行われている。

「さて早い所続きを作らなくちゃな」

 そう言って準備組の男班の彼は、外装製作が行われている教室へと戻っていった。

 俺も一度、馬場達の様子を見に行こうと思ったのだが、廊下の向こうから数人のグループが誰かを探しているようだ。

「あ、居た居た、クオンジぃー!」

 どうやら探し人は俺のようで、俺の名前を呼びながら近寄って来ているグループの中に特徴的なチョンマゲヘアーを発見した。

「なに? なにかトラブル?」

 同じ班の依本さんが俺を探している理由として思い浮かんだのは、『何かトラブルが発生した』という事だけで、不安になった俺は駆け足でそのグループへと近寄った。

「トラブルってほどじゃねぇけど……春日野達が何処に居るのか知らないか? ってさ」

 依本さんはそう言って連れて来た当日組のメンバーをちらりと見た。

 此処の所、何故か友井さんや委員長の所在を知りたい人間が俺の元にやって来る。俺は準備組の一員であって当日組のメンバーじゃない。同じ当日組の人間が知らない事を俺が知っているわけがない。

 ……そう言いたい所だが、タイミングが皆さん良すぎるのか、委員長達の口からこれから何をする予定だと聞いた後に尋ねられるので大抵俺が案内役となってしまう。今回もそうだ。

 もしかしたら俺はRPGで勇者一行に次の冒険の場所を伝える町人のアルバイトが向いているのかもしれない。

「委員長達? 確か家が近い近堂さんのキッチンを借りて試作品を作ってみるとか言ってたし、近堂さん宅だと思うよ」

「あー、そっか。そんな感じの事言ってたかも。ありがとう、助かった! 依本さんもありがとうね」

 俺の言葉がヒントになったのか、委員長達の居場所を思い出した当日組のメンバー達は俺や依本さんにお礼を言いつつ、当日組の子らは駆け足で去っていった。近堂さん宅に向かうのかもしれない。

「望み薄でクオンジの所に連れて来たが、アタリだったようだ」

 ふう、っと依本さんは息を吐くと、肩の荷が降りて楽になったのか大きく伸びをした。今日は絵の具やペンキで汚れたシャツは着ておらず、学校のジャージのみで伸びをした弾みでちらりとお腹が見えたので慌てて視線を反らした。

「望みが薄いのなら俺の所に連れてこなくてもいいんじゃないか? 最近やけに人探しに付き合っているぞ?」

「んー、なんというか、『そういうもん』として認識されはじめてるんじゃないか、クオンジは」

 依本さんはそう言って俺の肩を叩いた。

 一つの目標に向かって皆で何かをするってのはやはり大切なんだろう。今回の文化祭では改めてその事を教えられている気がする。

 文化祭準備前までは上手くクラスに馴染めていなかった依本さんも随分皆と打ち解けれたようだ。

 最初こそ怖がられていた依本さんだったが、俺や岸枝、馬場や安達さんらと一緒に色んな班の人間と一緒に作業をしていると、依本さん本来の性格が見えてきて、『怖い人』とか『一匹狼』といったイメージが勘違いだったと気が付く人間が増えた。

 今では作業の合間合間に依本さんを見かけると、誰かしらと楽しそうにしている姿をよく見る。

 さっきの委員長達を探していた当日組の人達の件でもそうだ。ほんの数日前まではそんな姿なんて想像出来なかった光景だ。

「クオンジ達には感謝しているよ、どう他人と接していいか戸惑っていたアタシの手を取ってくれてさ。こんな風に楽しい生活が送れるなんて思ってもいなかった」

 依本さんは何か思うことがあるのか、中庭を眺めながらそう呟いた。面と向かってそういう事を言われるとは思っておらず、答えに詰まる。

「……そ、そりゃあ『東小松市一のお人好し』だからな、俺は」

「ぷっ、なんだよそりゃ」

「ちょっと前に委員長達に言われた事さ」

「クオンジらしいな。……さてと、あんまりサボってると他のヤツらに文句言われちまうかもしれないし、仕事探しに戻るか。っと、馬場や岸枝、安達らは何処に居るんだろうなあ?」

 依本さんは手を叩くと休憩終わりといった様子で移動を始めようとするが、班員三人の所在が気になったようだ。

「確か馬場は外装作成に拉致られてたなぁ。安達さんは女子班に連れて行かれてたと思う。で、岸枝はそこ」

 そう言って俺は空き教室を指差した。

 空き教室の中では当日組に混じって、我らが掃除隊長岸枝が指揮を執っていた。

「あれ当日組の仕事だよな? なんで岸枝が指示出しているんだ?」

「適材適所といったとこだろうか。岸枝に任せておけば大丈夫と高坂も思ったんじゃないの?」

「適材適所ってなぁ……」

「我らが掃除隊長岸枝様に任せておけば大丈夫だって」

 まだ依本さんは俺の言葉が信じられないようで、窓から掃除が行われている教室を覗き見ると一度噴出し苦しそうに咳き込んだ。

「だ、大丈夫か?」

「す、すまん。問題はない……岸枝のあの格好はなんだよ……」

 依本さんは笑いを堪えながら岸枝を指差した。

 問題の岸枝の格好は俺となんら変わらない学校指定のジャージ姿だが、装備品が半端ない。

 学校指定のジャージは腕と足ともに七分ほどに捲り上げている。そして頭にはタオルを巻き、口には使い捨てのプリーツマスク。花粉の時期などで花粉症の人がしているマスクの事だ。腰にはビニール紐を巻き、それに雑巾やら汚れがとても綺麗に落ちる洗剤の容器なんかをぶら下げていたり、細いところを掃除するための自家製の布を巻きつけた棒なんかも差している。FAフルアーマー-KISIEDAキシエダと言ってもいいだろう。

「あー、見るからに本気モードだな。アイツの気合の入った姿見るだけで安心できるだろ?」

「はぁー、ホント……クオンジの周りって変わったヤツが集まるな」

「もれなく依本さんも仲間入りさ」

「んだとぉ!?」

 俺の冗談に依本さんもノッてきて、二人で笑いながら準備組の責任者のいるであろう教室へと向かった。そう、新たな戦場を求めて。



 ……新たな戦場を求めていた俺だが、この戦場は求めてはいない。

 手書きの地図と現在の場所を見比べて間違いがない事を確認。ついでに目的地の名前も確認。なにも間違えていないのだが、ここから先のステップに進むには勇気が必要だ。

 目の前には『近堂』と書かれた表札とインターフォン。そう、ここはクラスメイトの近堂さん宅で当日組の中心人物が集まって文化祭で商品として出すスイーツの試作品を作っている家だ。

 依本さんと共に次の仕事を求めて我らが責任者ボスに次の作業を貰いに行くと、当日組のある班から俺をご指名の依頼が入っていた。

 依頼を断れなかった俺は職員室で外出許可用紙を貰い、担任を探し回りサインを記入してもらうという冒険をして学校の外に飛び出した。そしてそのまま準備や依頼を放り投げて家に帰りたいという欲望を押さえて、この場所に立っている。

 この場所が男どもの集まっている家ならなんの気兼ねもなくインターフォンを押し中に入らせて貰うのだが、中には準備組の女の子しか居ないのでかなり気が引ける。

 ――よし、押すぞ。……押すったら押すぞ、そう、俺は東小松市一の覚悟の達人。覚悟を決めてさぁ押すぞ。

 ッ! 押した! 送信ボタンを。

『help me!! 委員長!』

 五分ほど待つと携帯電話が震える。ディスプレイにはメールの着信、差出人は委員長。先ほどの俺のメールに対する返信だ。

『どうしたの? あ、道に迷って来れないの?』

『いや、俺には勇気が足りないようだ』

 素早く内容を打ち込み送信。

『勇気??(・・?)』

 先ほどよりも委員長の返信が早い。委員長は携帯を握ってメール待ちの体勢になっているようだ。

『解った、もう一度頑張ってみるから!』

『い、意味がわかんないけど、頑張ってね?』

 委員長からの返信を読み終わると携帯をジャージのポケットに突っ込んだ。

 いつまでも人に助けて貰っていては駄目だ。未来から来た青いロボットのサイドストーリー的な話でも、眼鏡の少年はその事に気が付いてたった一人でガキ大将と喧嘩したじゃないか。それを見習うんだ、俺。

 俺はゆっくりと近堂さん宅のインターフォンを押そうと指を伸ばすが、あと一歩の勇気がない。

『俺には無理だった(>_<)』

 何度かチャレンジしたが、結局一度もチャイムが押せず、委員長に頼ることになってしまった。このまま委員長にメールで俺を家の中に入れてもらえるように頼もう。

『無理ってなにが??Σ(・□・;)』

『インターフォンが押せません(T_T)』

送信してから一分。なんの反応もなくなった。

「「「「「なんでだよ!!!」」」」」

 急に二階の窓が開き、一斉にツッコミを入れられる俺。慌てて開いた窓を見ると近堂さんや委員長が窓から身を乗り出している。

 多少問題はあったが、なんとか俺は助力を求めていた当日組の班と合流することが出来た。

 玄関に突っ立て居ること十数分、なんとか近堂さんにリビングまで迎え入れられる事に成功した。

「ふう、一時はどうなる事かと思った委員長が最終手段のメールに気が付いてくれて良かった」

「え? まさか最初のメールからずっとああやって戸惑ってたの?」

 委員長の質問に首を振る。

「最初ってか到着した時から……」

「気持ちは解らなくはないけど、こっちが呼んだのだから堂々と訪ねればいいのに」

 近堂さんも俺と委員長の会話に加わる。近堂さんも委員長もリビングに置いてあるソファーに腰掛けている。

 十畳ほどの広さのリビングには俺含め六人、場所を提供してくれている近堂さん、委員長と友井さん、それにこの前の家庭科室での騒動の時にも家庭科室で見かけた顔の二人。きっとこの五人が同じ班なのだろう。

「ってかクッキー端っこ過ぎ。こっちに来なよ」

 リビングの中央にある五人ぐらいは余裕で座れそうなソファーに腰掛けた近堂さんが手招きをする。

 ソファーには近堂さんと委員長、そしてこの前の騒動の時にすぐに三人組と言い争いを始めた短気さんが座っている。まだ座る場所には余裕があるのだが、流石にあの場所には突撃できそうにもない。

 残りの友井さんと性格がおっとりしているおっとりさんの二人はダイニングから椅子を持ってきて座っている。

 自分の家なので近堂さんは非常にリラックスした状態だ。委員長や友井さん、それに短気さんやおっとりさんも俺と比べればかなりくつろいでいる。

 俺はというと落ち着かない。俺以外の人間はすべて異性かつ、今居る場所も全くのアウェー。俺が出来る事といえば、リビングと廊下に繋がる扉の近くで退路を確保する事だけだ。

「ふふっ、意外。久遠寺君って何処の家でも学校や家のテンションだと思ってたけど、こうやって緊張もするのね」

 委員長が俺を見て笑ったのだが、その顔が直ぐに失言した、そう言わんばかりの表情に変わった。

「え、家ってやっぱり?」

「桜花、噂通りクッキーとそんな仲なの?」

 委員長の失言を近堂さんや短気さんが見逃さない。即座に委員長にツッコミを入れ始める。

「えっ、いや、それはだから……違うって!」

 いつかどこかで体験したかのような質問攻め。

 女の子のそういったテンションでの会話はあまり目にする事はなかったのだが、中々凄い。男同士のからかいよりも生々しくエグい。

 そんな会話に俺が参加なんてすれば、即座にオーバーキルだ。俺はポケットから携帯を取り出し、弄っている振りをしつつ、この質問タイムが終わるのを待った。

 十分もすれば、周囲のテンションはクールダウンしたのか、顔を真っ赤にした委員長の降伏宣言が出たところで終わった。

 ここで判った事としては、委員長も俺と同じように、俺の気がつかない場所でこういったからかいをよく受けているという事だ。

 お互いに大変ね、そういった気持ちをこめて、真っ赤になった委員長に合掌。

「おふざけはこれぐらいにして、本来の目的を終わらせよう」

「りょーかい」

 近堂さんはソファーから立ち上がり、キッチンの方へと向かい、冷蔵庫の中から小さい可愛らしいカップをいくつか持って来た。

「インターネットで調べて割と簡単に作れて似たような材料で作れるデザート作ったんだけど、味見してくれる?」

「俺だけじゃなくって他の奴にも聞いた方がいいんじゃない?」

「それは後で。今は料理上手のクッキーの評価を聞いた上で、改良をして最高の状態で皆に出したいの」

「その気持ち解る。オッケー、俺もなにか気が付いたら言うよ」

 近堂さんから手渡されたのはババロアで白っぽい色をしたババロアの上にちょこんと可愛らしくフルーツが鎮座している。

「じゃあいただきます」

 一口ババロアを口に運ぶと何ともいえない食感が口の中に広がる。味はシンプルなミルクの味だが、そのシンプルさがフルーツの味を際立たせている。

「どうかな?」

 一同の不安と期待の込められた眼差しを向けられながら俺は頭の中でよりこのババロアが美味しくなる手段を考えた。

「悪くないと思うよ、美味しい。でも贅沢を言うなら、ちょっと飽きやすい味だから、フルーツの他にもう一つぐらい別の味が欲しいかな」

「うーん、やっぱり飽きやすい味かぁ……」

 委員長や近堂さん達も一口ババロアを食べて唸った。

「じゃあこっちのはどうかなっ?」

 友井さんから渡されたのは先ほどのババロアと見た目があまり変わらない白っぽいデザートだ。

 スプーンで一口食べると先ほどのババロアよりも食感はなく、ヨーグルトを使ったムースだと解った。

「こっちはヨーグルトのムース?」

「大正解ーっ!でさ、なにか物足りないよね?」

「うーんそうだなぁ、イチゴジャムとか上に載せて味を加えてみるとか?」

 そんな感じでみんなで作ったデザートを食べては意見を言い、改良案を出し合っていく。


「うーん、とりあえずこの改良したやつで皆の意見を聞いてみようか」

「あー、これでオッケーならひとまずはこっちのお仕事は本番まではなにもないね」

 そう言うと短気さんは大きく伸びをした。短気さんだけでなく他のメンバーも同じように肩の荷が降りたと言わんばかりの表情を浮かべている。

 何気にこの五人が今回の文化祭の一番重要な部分を担っていたんだよな。どんなに店の外装が良くとも中身が駄目ならばどうしようもない。そう考えるとこの五人が感じていたプレッシャーは相当なものだろう。文化祭までまだ日はあるが、この五人にはちょっと早めに休憩をしてもらってもいいだろう。それとなく高坂に言っておくか。

「まったく、ここまで頼りになるのにクッキーが準備組に回るなんて……次こういったイベントの時は絶対にクッキーは調理班だからね!」

「そうだそうだー!」

 友井さんとおっとりさんの言葉に苦笑いを浮かべていると、テーブルに人数分の紅茶が置かれた。

「みんなお疲れ様ー今から戻ってもまだ何かしらの作業に捕まる可能性大きいからギリギリまで家で時間潰していよう」

「さんせーい!」

 短気さんが両手を挙げて喜ぶ。

 そうだよな、まだ時計は十五時前。今から学校に戻っても一時間ほどは作業をしなければならない。それだったら少しずるくても、こうやって人の目のない場所で時間を潰していたほうが良いと思うのは当然だ。

「それが良いよ。高坂には上手く伝えておくよ」

「あれ、久遠寺君は学校に戻るの?」

 委員長が紅茶を口にしながら聞いて来たので俺は頷いた。

「俺、準備組だしね。少しでも作業やらないと不味い」

「お、ちょっと格好良い台詞」

 近堂さんが笑いながら茶化す。特に何も考えずに口に出した言葉を茶化されたのでちょっと恥ずかしい。

「格好良いといえばちょっと今クッキー株って上昇してるんだよね」

「?」

 いつ俺の証券が俺の知らない場所で取引されているんだろうか?

「あー、文化祭の準備始まってから上がってるよねー」

 おっとりさんもそう言って手を叩く。

「そうそう、この前の家庭科室の時なんてドラマみたい。避けきれなかったのがちょっとマイナスだけど」

「えー、あれがいいんじゃない?」

 近堂さんや短気さんも俺が友井さんを庇うシーンを目撃しており、その話で盛り上がり始める。

「あはは……」

 一番の関係者の友井さんはやはり恥ずかしそうで、顔を少し赤くして苦笑いを浮かべている。

「本当に無茶するよね、あ、そういえば火傷の具合はどう?」

「あぁ、特に問題ないかな。徐々に皮も再生してきてるし」

「火傷? え、ちょっと、前は全然問題ないって?」

 友井さんが大きな目を丸くした時、俺と委員長は失言に気が付いた。

「あ、いや、そんな事言ったっけー? あは、あはは……」

「ちょっと、クッキー火傷って結構酷いんじゃ!?」

「だ、大丈夫、なんともない、なんともないから! あ、俺そろそろ学校に戻らなきゃ! じゃ、また後で!」

 これ以上の追求は色々不味いと思った俺は逃げるように近堂さん宅を後にした。



 学校に戻ると高坂を捕まえて近堂さん達の進行状況を少しぼかしつつ教えた。一番大事なメニューの中身の部分が完成に近付いたことで当日組の責任者としてはほっとしているところだろう。

 ついでに我らが準備組の責任者も居たのでもしかしたら多少メニューの変更があるかもしれないと伝えたところ、にこやかな笑顔でメニュー表の訂正を言い渡された。

 責任者同士で文化祭の重要な打ち合わせをしていたようで、机の上には当日レンタルするであろう冷蔵庫の値段や大きさがプリントアウトされた紙が置いてあった。文化祭三日のレンタルで一万ちょっと。高いか高くないかは相場がわからないから微妙だ。それと文化祭に近い日に行われるスーパーの安売りのチラシ。卵や牛乳や砂糖といった当日に必要な材料の安い店も調べているようだ。文化祭の責任者ってのも大変なようだ。

「お、暇人みーっけ。高坂ぁー、こいつ借りてくわ」

 馬場に見つかり俺も作業へと戻ることになった。文化祭まであと少し。もう一頑張りしますか。


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