Case.23 錬金術師にして芸術家、またの名を犯罪者
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──Case.23 錬金術師にして芸術家、またの名を犯罪者
俺たちはかつてホストクラブがあった雑居ビルの1階に押し入っている。
ドラッグの製造者だろう錬金術師クレイジー・イワンに話を聞くためである。
俺たちは憲兵でも自警団でもないので、別に悪魔が危険なドラッグを作っていようが、ビルを吹っ飛ばせるような爆弾を作っていようが自分たちに害のない限り放置していても構わない。
だが、先にカリギュラに言ったようにこの件を軍政局に報告すれば金になる。
俺たちはあくまで金のために危険を冒している。
もう一度英雄になりたいわけじゃない。
「クリア」
俺は素早く室内をクリアリングしてそう宣言。
ホストクラブだった場所は今では見る影もない。
家具類は何もなく、がらんとした空間がただ広がっている。
しかし、人間がここに出入りしているのは間違いない。
真新しい足跡が埃の積もった床に残っているからだ。
「カリギュラ。お前の鼻は何と言っている?」
「するぞ、するぞ。悪魔の臭いだ。バフォメットで間違いない」
「オーケー。じゃあ、地下を目指すぞ」
俺たちはそれからホストクラブの地下を目指した。
真新しい足跡が続く階段から俺たちは音を立てずに、慎重に階段を降りる。
俺はHK45自動拳銃とタクティカルライトを構え、ブービートラップなどに警戒しながら進む。
「この甘ったるい臭い。久保田の部屋と同じ臭いだ」
「ああ。だが、俺様の知るオクソールの臭いではないぞ」
「なら、違うドラッグか……? 大抵この程度の規模のラボしか持たないドラッグの製造者はひとつのレシピしか持ってないものなんだが……」
非合法なドラッグの製造者は合法的な製薬会社とは違う。
やつらが複数の種類のドラッグを作ることはあまりない。
ましてそいつが単独犯ならなおさらのことだ。
「まあ、問いただせば分かることだ」
無駄に考えるより、直接本人から話を聞いた方が早い。
俺たちはそう考えて、地下室に降りた。
地下室はかつて何の用途で使われていたのかは分からない。
だが、今の用途は明白だ。
様々な化学実験用の器材が並び、化学薬品臭が漂う場所。
ドラッグの製造場所だ。
「鼻歌が聞こえる」
調子外れな不快な鼻歌が地下室には微かに響いていた。
俺たちは耳を澄ませて地下室を進むと、ある部屋の前で立ち止まった。
「この部屋からだ」
「カリギュラ。悪魔の臭いはひとりだけだな?」
「ああ。人間の臭いもしない」
「なら、踏み込もうぜ」
俺は部屋の扉を蹴り開けて、中に突入する。
部屋の中には大きなワイヤレスヘッドホンをした白衣のバフォメットが、鼻歌を歌いながら試験管を弄っていた。
扉が破れるときにはそれなりに大きな音がしたのだが、それに気づかないくらいの大音量で音楽を聴いているようだ。
「どうする?」
「大音量の音楽は鼓膜に悪いって教えてやろうぜ」
俺が尋ねるとカリギュラはそう言ってヘッドホンが繋がっている古いオーディオ機器の電源をオフにした。
「ん?」
そこでバフォメットは異常に気付いて俺たちの方を振り返った。
その視線の先には自動拳銃の銃口を向ける俺とサディスティックな笑みを浮かべるカリギュラの姿がある。
「おやおや。お客か?」
それでも平然とそのバフォメットはそう尋ねてきた。
「お前がクレイジー・イワンだな?」
「いかにも。私がクレイジー・イワンだ。今はそう名乗っている」
バフォメットは自分が俺たちの探しているクレイジー・イワンであると認めた。
「お前、人間をゾンビにするドラッグを作ってないか?」
「ゾンビ? 何のことやら。私は錬金術師であって死霊術師ではないよ」
カリギュラの問いに首を横に振るクレイジー・イワン。
「ほう。なら、ハートのマークが刻まれた錠剤に覚えは?」
「ああ。うちの売れ筋であるオクソール・プラスのことだね。これは凄いドラッグなんだよ。まさに芸術品さ。本当の自分になれるドラッグさ」
「オクソール・プラス? ただのオクソールではないのか?」
「ただのオクソールも私は扱っているが、ここでは作っていない。オクソールは軍からの流出品だけだ。欲しければ10錠で5万円だよ」
「いらん。それよりオクソール・プラスとはなんだ?」
「オクソールはドラッグとしては欠陥品なんだよ。せっかくハイになっても死んでしまったら意味がない。オクソール・プラスはそういったオクソールの弱点を克服したものだ。ちゃんと天国まで吹っ飛んだあとで、地獄に着地できるものさ」
そこでクレイジー・イワンはちらちらと俺の方を見た。
「それで、お客じゃないなら君たちは憲兵か? ここら辺を憲兵が巡回するとは思わなかったが……」
「あいにく憲兵でもない。もうひとつ質問だ。そのオクソール・プラスを人間が摂取するとどうなる?」
「知らない。試したことがない。ただ予想はできる。人間は悪魔ほど頑丈ではないから、反動で死ぬだろう。それは間違いない。問題は死んだ後だが……」
「そうかい」
久保田はどういうわけか悪魔用のドラッグに間違って手を出し、それで死んだ。
ゾンビになったのはクレイジー・イワンも想定していなかった副作用か。
「さて、俺たちは憲兵ではないと言ったが、お前を憲兵に突き出したら金になりそうなので連れていく。一緒に来てもらうぞ」
「ま、待て! それはないだろう! 私は犯罪者ではない! 芸術家であり、この場所では表現の自由が認められている!」
俺が結束バンドを取り出すのにクレイジー・イワンは取り乱す。
「見たまえ! この美しい魔法陣と化学式を! そこから生まれた香しく美しい薬を! まるで伝説のアムリタのようではないか! このドラッグが悪魔たちの本当の自分を解き放つ様はまさに芸術だ! 自己表現の極致だ!」
俺とカリギュラがクレイジー・イワンの言葉に視線を合わせると、肩を竦めてやつを取り押さえに掛かった。
「ま、待ってくれ! 取引しよう!」
俺たちがクレイジー・イワンを実験器具の並ぶ机の上に押さえつけると、やつはそう叫ぶ。
「金か?」
「情報だ。どういう流通経路でオクソールやオクソール・プラスが出回ったか、知りたくはないか……?」
「流通経路、ねえ」
「わ、私のような末端の悪魔を捕まえるよりビジネス全体を仕切っている悪魔を捕まえた方が憲兵も報酬をはずむはずだ! だから!」
「どうせ表にいたチンピラに捌かせたんじゃないのか?」
俺はその場しのぎのでたらめだと思って取り合おうとしなかったが、カリギュラが俺の方をその赤い瞳でじっと見た。
「阿賀野。俺様が知る限り、オクソールは地獄でしか作られていない。あれには地獄にある物質と錬金術が必要だからな。そして、こいつもここではオクソールを作っていないと言っている」
「……つまり、今も地獄から軍用ドラッグが流れて来てるというわけか……」
「ああ。怪しい感じだ。一応調べておきたい」
カリギュラがこう言うのは珍しい。
「もしかして、お前の後釜を狙っているやつがいるっていうケットシーの話と関係あると思っているか?」
「関連付けても不思議じゃないだろう? 地獄は今も不穏な動きを見せている」
「ふむ。そうかもな」
カリギュラの言うことにも一理ある。
それにいずれにせよこの件は金になりそうだ。
俺はクレイジー・イワンを結束バンドで拘束したまま引き起こす。
「上役のいる場所まで案内しろ。お前を憲兵に突き出すかどうかはそのあとで決める。おかしな真似はするなよ?」
「わ、分かった」
俺はそう警告し、クレイジー・イワンに道案内をさせる。
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