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息子の嘆きを眺める母

最終回です。

ブックマークや評価をくださった皆様、ありがとうございます。


「父さんが死んだわよ」


 息子に語りかける。


 息子はゼリー状の保存液に満たされた棺で、二十年もの時を過ごしている。

 魔獣スライムを加工した保存液の中で。


 何年先か何百年先か分からない、魔王の出現か、それに類する災害に備えて―――。



 上級聖女が大規模魔法を使うとき、魔力不足を補うために「贄」が必要となる。

 関係者以外には秘密にされているが、その贄とは、魔臓のことなのだ。


 しかも、息子は二人分・・・自分と、殺した飼育員の分。

 ただ、ひたすら、万が一のときのために生かされている。


 表向きは、魔臓を潰されて斬首、遺体は王都に送致されたことになっている。

 二十年前に、偽装した罪人用の棺を運搬した。



 時折、目を開ける。意識はあるのかもしれない。

 だが―――これは生きていると言えるのだろうか。

 ただ、死んでいないだけかもしれない。

 死ぬことすら許されない。それが、罰。



 偽りの聖女は、上級聖女が生まれそうな魔力の相手と、行為をさせられている。

 私は、彼女が妊娠する度にここへ来て、息子に「相手は誰だったか」を教えてあげる。


 本来なら、もう妊娠や出産に危険が伴う年齢だ。

 だが、神官と聖女たちの手によって、彼女の内蔵の若さは保たれている。

 ・・・実験体というのかもしれないが。


 彼女が聖竜様の詐欺事件に関わっていたのか否か、私は知らない。

 だが、彼女への罰の重さから、関わっていたのだろうと思う。



 元凶である神官の家は、お取り潰しになった。

 表向きの理由は、中級聖女を上級聖女と偽ったこと。


 それに協力した神官たちは、神殿を追放された。

 おそらく、国民の怒りを買い、無事に生きてはいないだろう。



 裏では密かに、神官の卒業を認めた神学校の教授たちに、受け取った賄賂の五倍の額を支払わせた。とある研究に、匿名で寄付という形で。

 そのせいで家が没落したり、支払えずに爵位返上や娼館に身を売ったりした者もいるという。

 それらの災難に見舞われたのは、教授以外かつ卒業論文の内容を知らない家族だ。


 教授本人と、論文の内容を知っている家族は、神官の実家だった家に監禁されている。

 先ほど触れた「寄付」はこの家の維持に使われているのだ。


 まず、教授たちに自白剤を使って、本人が忘れていた会話も掘り起こされた。誰にしゃべったか、洗いざらい。

 そして、その相手も同じように誰にしゃべったかを・・・途切れるまで繰り返された。

 徹底的に、情報を消すために。

 その家に集められた人々は、これ以上誰かに伝えられないように、喉と利き手を潰された。



 これらの監禁された者たちは時々、外に連れ出され―――

 魔獣を捜索するときに、兵士の二メートル先を歩かせて囮役をさせているそうだ。

 最初の一撃を受けさせることで、騎士や兵士の生存率を高めている。

 二十年の間に、一人減り二人減り、もう残り十人を切ったらしい。


 元凶の神官を最初の囮役にするか、最後にまわすかを協議している間に、神官は家の中で惨殺されていた。

 こんな事態を引き起こした人物を、許せなかったのだろう。



 一方、神官に卒業資格を与えることに異議を唱えていた教授たちは、論文の内容を口外できないよう誓約魔術を受けることで、無事に日常へと戻された。

 念のため、他言していないか調査はしたが、危機意識が高い人間たちはしっかり口を閉ざしていたそうだ。




 夫は「親としての責任を取る」と言い、副団長を辞退し、いち竜騎士として働いた。


 ―――子育てに、ほとんど関わらなかったのに。責任は取るのね。

 そこで感動して手を取り合うどころか、私は白けた気持ちになった。


 息子が怠けていると相談したときは、私の話を詳しく聞きもせず、息子の言い分も聞かずに訓練と称して叩きのめしただけ。

 竜騎士以外の進路を見つける手助けを頼んだときは、何もしてくれなかった。


 そんな夫は、駆け出しの竜騎士がやる仕事で、殉職した。


 夫の竜は嘆いているけれど、他の竜のように後追いを心配するほどではないようだ。




 私はあの事件の後、この砦で上級聖女の穴埋めをすることになった。


 この棺のスライムを維持するのも役目の一つだ。

 浄化しすぎたらスライムが消えてしまう。だが澱んでくると、息子の体も悪影響を受ける。


 後輩の上級聖女に、そろそろこの仕事を引き継げるのではないかと期待しているところだ。

 後輩が「あ! やばっ」という声を上げると、息子が顔をしかめることがある。コントロールが甘いと何か痛みを感じるのかもしれない。


 引き継ぎが終わったら、次は上級聖女が不在の場所に配属されるだろう。

 おそらく、寿命が縮むような過酷なところに・・・。

 行く前に、両親の墓には参ろうと思う。



 ―――本来、聖竜様に選ばれるはずだったのは、誰だったのだろう。

 その人は不正があったことなど知らず、竜騎士にはなれずとも、真面目に騎士を務めているのだろうか。



「お前に関わった人は、誰も幸せになっていないわね」と、この小さな密室に響くように、はっきりと口にする。


 ・・・ゼリーが、ぷるるんと揺れたような気がした。



息子に対する嘆きを書き初めましたが、夫に対する嘆きに辿り着きました。


親というのもなかなか難しいですね。

どうすれば良かったのか、正解を見つけられませんでした。

悩みながら生きていくしかないよな・・・というのが結論といえば、結論でしょうか。


連載を始めて、完了した最初の作品です。

顔文字の応援も嬉しかったです。

ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
竜騎士の物語なのに、派手な戦闘シーンがある訳でもなく、最後まで一気読みさせられる筆力には、脱帽です。 余韻が確り残ります。 ラノベの王道を感じる物語ですね。 やっぱり、さすがです!
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