表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

父あるいは副団長の嘆き

暴力的な表現があります。苦手な方は、申し訳ありませんが、ページを閉じてください。

 息も絶え絶えな息子を見下ろす。


 息子の枕元にはフードを深くかぶり、顔を隠した大神官が立つ。


 俺の背後で、もごもごとうごめいているのは、この砦に付属する教会の神官だ。


「・・・二名分の魔力反応があります。この男の卒業論文による、他人の魔臓を摂取した場合の状況、ということになります」

 大神官は、杖で神官の腹部を小突く。


 私は乱暴に神官の猿ぐつわを剥ぎ取った。

「言え。何をした」


 顔を背けようとしたので、その顎を掴み、力任せにこちらに向ける。

「・・・聖竜様の飼育員か?」

 黙秘するつもりかもしれんが、この言葉に明らかに反応した。


 そう、聖竜様が息子を選ぶ直前に、行方不明になっている。



 大神官が神官に軽蔑しきった目を向けた。

「ここに、あなたの卒業論文があります。

 竜が竜騎士よりも先に縁を結ぶのは、飼育員。

 その飼育員の体から魔蔵を取り出して摂取すれば、竜が懐くはずという仮説・・・」


 内容のあまりのおぞましさに、手に力が入る。ミシリと音がしたが、気にすることもあるまい。


「当時、この論文を危険視して、神学校の卒業資格を与えるべきではないという意見がありました。

 それを、あなたの実家が金をばらまいて、反対派の一部を賛成派に変えた。・・・そうですね?」


「っれが、ちゃたしいと……ちょーめー、さたたんだっ……!」

 うまく喉に力が入らないのか、苦しげに吐き出すような声になった。


「『それが、正しいと証明されたんだ』? その結果がコレですよ。」

 大神官は息子の腕を杖でつつく。枯れ木のようになった腕が折れたかもしれない。


「本来は神学校から持ち出し厳禁の論文が、なぜここにあると思います? 神学校の教授会で許可が出たからです」

 さて、その意味は? 大神官の背後で、怒りが炎のように立ち上がった気がした。

 哀れな神官はブルブルと震えだす。

 後悔しても、もう遅い。


 大神官は杖からぼっと火を出すと、その紙束をくべる。

 その羊皮紙は、エグ味のある獣臭を捲きちらしながら燃えた。


 神官が絶叫した。

「らんで、ごどを……ずるんだ?!」

 顎を締め上げられたまま絞り出す声は、うまく音にならず、唾が飛び散った。

 男の顎から手を離して、こいつの神官服で唾を拭う。


「『なんてことをするんだ』? 

 ご覧の通り、あなたが神学校で学んだ成果が、灰に帰しました。

 退学ではなく、除名抹消。通った痕跡も全て抹消されますよ。

 つまり、あなたは、もう神官ではない」


 ――内密の話はここまでだ。


 扉の鍵を解除し、廊下に待機していた者たちに「もう、いいぞ」と声をかける。



 廊下に控えていた神官は、速やかに入室して、罪人から神官服を剥ぎ取った。

 呆然としている男は、大人しくされるがまま。

 貧窮院に勤務している神官の中でも、介助で服を脱がすのが得意な者を連れてきたそうだ。


 そのベテラン神官は囚人用の服を投げつけると、さっさと退出する。


 罪人がもそもそと着替えるのを、不快な気持ちで眺めた。



 ・・・くだらん。


 そんな思いつきを検証するために、聖竜様を我が子のように育てた飼育員を殺したのか。

 聖竜様が、結ばれるべき竜騎士を選ぶのを妨害したのか。


 そして、その片棒を担いだ罪人が、あろうことか我が息子なのだ。


 ほぼ左右対称に臓器が並ぶ人体で、心臓が左よりにあり、その反対側に魔蔵がある。

 心臓が血液を体に送り込み、魔臓が魔力を体に巡らせる。


 ・・・それを取り出すなど、悪魔の所業だ。



 着替えを終えた罪人を縛り上げ、再び猿ぐつわを噛ませる。


「大神官、尋問は神殿と騎士団とどちらが先になった?」

「我ら神殿を先にしていただきました。

 この男は、例の聖女の『昇進』を進言した筆頭なので、聖女と一緒に尋問します

 では、このまま、いただいていきますね。」


 魔臓を利用して、竜に詐欺を働いたなどと公表できない。表向きは聖女のレベルを偽装した容疑ということになる。


「護送の人手は足りているか?」

「ご心配なく。罪人二人なんて荷物扱いで、ごそっとまとめて運びますよ」


 廊下には複数の神殿騎士が控えていたらしく、手早く罪人を回収していった。

 ちらりと暴れる女の靴が見えた。例の聖女を担いでいるのだろう。


 言葉の綾ではなく、本当に荷物として扱うとは・・・冷静に話そうとしていたが、腹の中は煮えたぎるような心持ちなのだろうな。




 獣臭い煙が残る中、息子の部屋には私だけになった。

 ・・・いや、ベッドにもう一人いるか。



「・・・聞いていたか?」

 力なく呻くばかりで、意識があるのかないのか分からない。


 拳が震える。

 怒りか、失望か、自分でもわからない。

 殴りつけたい気持ちを、拳を―――自分の逆の手で押さえつける。


「お前は自分がやったことを、理解しているのか?」


 答えはない。息子の胸は上下していたが、呼吸は浅く、荒く、短い。



「聖竜様を従わせるために人を殺した? 飼育員の魔臓を喰った?

 そんなもの、忠誠でも絆でもない。ただの獣だ――」


 なぜそんなことを、躊躇いもなくできる?

 何が、こいつをここまで歪めた? ……俺か?


 どんなに優秀でも、竜に選ばれない者はいる。

 共に闘おうと誓った友が選ばれずに去っていくのを、歯を食いしばって見送る者もいる。

 運命だと、何度も言ったはずだ。そんな話を、こいつにも聞かせてきた。


 それなのに、やったのか。


「こんな卑怯な手を使う奴が、俺の息子だと?」

 ……手ほどきなんか、しなけりゃよかった。

 幼いころ、何も考えず教えた技術が、こんなかたちで使われるとは。


 もう諦めていると思っていた。

 訓練に出ないのは、別の道を探しているからだと――

 思い込みだった。俺はただ、目を逸らしていただけなんだ。



 今、本来ならあの神官たちと同じように、こいつも連れて行かれるはずだった。

 だが、動かせない。

 飼育員の死も、公にはできない。模倣犯が出れば、収拾がつかなくなる。


 では、こいつをどうする?

 親として裁けと?

 ・・・いや、副団長として?

 魔力を奪い、首を刎ねる。

 竜を故意に傷つけた場合は、それが妥当な「償い」だろう。


 ……私は父ではなかったのだな。

 いい父親では、決して。


正当な主人公より脇役を好きになってしまうため、どうもヒーローが書けないようです。

熱血ヒーローのつもりでスタートしたはずが、いつの間にか犯罪者に・・・。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ