父あるいは副団長の嘆き
暴力的な表現があります。苦手な方は、申し訳ありませんが、ページを閉じてください。
息も絶え絶えな息子を見下ろす。
息子の枕元にはフードを深くかぶり、顔を隠した大神官が立つ。
俺の背後で、もごもごとうごめいているのは、この砦に付属する教会の神官だ。
「・・・二名分の魔力反応があります。この男の卒業論文による、他人の魔臓を摂取した場合の状況、ということになります」
大神官は、杖で神官の腹部を小突く。
私は乱暴に神官の猿ぐつわを剥ぎ取った。
「言え。何をした」
顔を背けようとしたので、その顎を掴み、力任せにこちらに向ける。
「・・・聖竜様の飼育員か?」
黙秘するつもりかもしれんが、この言葉に明らかに反応した。
そう、聖竜様が息子を選ぶ直前に、行方不明になっている。
大神官が神官に軽蔑しきった目を向けた。
「ここに、あなたの卒業論文があります。
竜が竜騎士よりも先に縁を結ぶのは、飼育員。
その飼育員の体から魔蔵を取り出して摂取すれば、竜が懐くはずという仮説・・・」
内容のあまりのおぞましさに、手に力が入る。ミシリと音がしたが、気にすることもあるまい。
「当時、この論文を危険視して、神学校の卒業資格を与えるべきではないという意見がありました。
それを、あなたの実家が金をばらまいて、反対派の一部を賛成派に変えた。・・・そうですね?」
「っれが、ちゃたしいと……ちょーめー、さたたんだっ……!」
うまく喉に力が入らないのか、苦しげに吐き出すような声になった。
「『それが、正しいと証明されたんだ』? その結果がコレですよ。」
大神官は息子の腕を杖でつつく。枯れ木のようになった腕が折れたかもしれない。
「本来は神学校から持ち出し厳禁の論文が、なぜここにあると思います? 神学校の教授会で許可が出たからです」
さて、その意味は? 大神官の背後で、怒りが炎のように立ち上がった気がした。
哀れな神官はブルブルと震えだす。
後悔しても、もう遅い。
大神官は杖からぼっと火を出すと、その紙束をくべる。
その羊皮紙は、エグ味のある獣臭を捲きちらしながら燃えた。
神官が絶叫した。
「らんで、ごどを……ずるんだ?!」
顎を締め上げられたまま絞り出す声は、うまく音にならず、唾が飛び散った。
男の顎から手を離して、こいつの神官服で唾を拭う。
「『なんてことをするんだ』?
ご覧の通り、あなたが神学校で学んだ成果が、灰に帰しました。
退学ではなく、除名抹消。通った痕跡も全て抹消されますよ。
つまり、あなたは、もう神官ではない」
――内密の話はここまでだ。
扉の鍵を解除し、廊下に待機していた者たちに「もう、いいぞ」と声をかける。
廊下に控えていた神官は、速やかに入室して、罪人から神官服を剥ぎ取った。
呆然としている男は、大人しくされるがまま。
貧窮院に勤務している神官の中でも、介助で服を脱がすのが得意な者を連れてきたそうだ。
そのベテラン神官は囚人用の服を投げつけると、さっさと退出する。
罪人がもそもそと着替えるのを、不快な気持ちで眺めた。
・・・くだらん。
そんな思いつきを検証するために、聖竜様を我が子のように育てた飼育員を殺したのか。
聖竜様が、結ばれるべき竜騎士を選ぶのを妨害したのか。
そして、その片棒を担いだ罪人が、あろうことか我が息子なのだ。
ほぼ左右対称に臓器が並ぶ人体で、心臓が左よりにあり、その反対側に魔蔵がある。
心臓が血液を体に送り込み、魔臓が魔力を体に巡らせる。
・・・それを取り出すなど、悪魔の所業だ。
着替えを終えた罪人を縛り上げ、再び猿ぐつわを噛ませる。
「大神官、尋問は神殿と騎士団とどちらが先になった?」
「我ら神殿を先にしていただきました。
この男は、例の聖女の『昇進』を進言した筆頭なので、聖女と一緒に尋問します
では、このまま、いただいていきますね。」
魔臓を利用して、竜に詐欺を働いたなどと公表できない。表向きは聖女のレベルを偽装した容疑ということになる。
「護送の人手は足りているか?」
「ご心配なく。罪人二人なんて荷物扱いで、ごそっとまとめて運びますよ」
廊下には複数の神殿騎士が控えていたらしく、手早く罪人を回収していった。
ちらりと暴れる女の靴が見えた。例の聖女を担いでいるのだろう。
言葉の綾ではなく、本当に荷物として扱うとは・・・冷静に話そうとしていたが、腹の中は煮えたぎるような心持ちなのだろうな。
獣臭い煙が残る中、息子の部屋には私だけになった。
・・・いや、ベッドにもう一人いるか。
「・・・聞いていたか?」
力なく呻くばかりで、意識があるのかないのか分からない。
拳が震える。
怒りか、失望か、自分でもわからない。
殴りつけたい気持ちを、拳を―――自分の逆の手で押さえつける。
「お前は自分がやったことを、理解しているのか?」
答えはない。息子の胸は上下していたが、呼吸は浅く、荒く、短い。
「聖竜様を従わせるために人を殺した? 飼育員の魔臓を喰った?
そんなもの、忠誠でも絆でもない。ただの獣だ――」
なぜそんなことを、躊躇いもなくできる?
何が、こいつをここまで歪めた? ……俺か?
どんなに優秀でも、竜に選ばれない者はいる。
共に闘おうと誓った友が選ばれずに去っていくのを、歯を食いしばって見送る者もいる。
運命だと、何度も言ったはずだ。そんな話を、こいつにも聞かせてきた。
それなのに、やったのか。
「こんな卑怯な手を使う奴が、俺の息子だと?」
……手ほどきなんか、しなけりゃよかった。
幼いころ、何も考えず教えた技術が、こんなかたちで使われるとは。
もう諦めていると思っていた。
訓練に出ないのは、別の道を探しているからだと――
思い込みだった。俺はただ、目を逸らしていただけなんだ。
今、本来ならあの神官たちと同じように、こいつも連れて行かれるはずだった。
だが、動かせない。
飼育員の死も、公にはできない。模倣犯が出れば、収拾がつかなくなる。
では、こいつをどうする?
親として裁けと?
・・・いや、副団長として?
魔力を奪い、首を刎ねる。
竜を故意に傷つけた場合は、それが妥当な「償い」だろう。
……私は父ではなかったのだな。
いい父親では、決して。
正当な主人公より脇役を好きになってしまうため、どうもヒーローが書けないようです。
熱血ヒーローのつもりでスタートしたはずが、いつの間にか犯罪者に・・・。