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Wine・Red  作者: 雪白鴉
六章
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77、女子大生の力

 やみそうもない大きな雨の音。見慣れない見慣れた人の家。寒さが吹き飛ぶ暖かい服。台所から漂うポトフの良い匂い。隣の女子大生に聞こえそうなほど大きく速く動く心臓。

 そんな白井の前にコトッと暖かそうなポトフが置かれた。


「どうぞ、まずは体を温めてください。御厨(みくりや)さんも」

「まじ!?お兄さん太っ腹〜!」

「いえ、いてくださってありがとうございます。流石に男の家に女性が一人では・・・」


 そんな二人の会話に耳を傾けることなど忘れ、白井はただ目の前の美味しそうなポトフに目を奪われていた。艶やかなウインナーに鮮やかな野菜たち。垂れそうな涎を我慢したと思えば白井の腹から虫の音が鳴った。


「あっ・・・!」


 恥ずかしくなって咄嗟に腹を押さえる。今の白井はポトフより熱くなっているだろう。真っ赤な白井の顔を見て御厨が笑い出す。


「お姉さん、すっごいお腹空いてたんだね〜!」

「うぅぅ〜・・・」


 余計に恥ずかしくなり、白井が下を向く。その一部始終を見ていた水瀬はクスッと笑ってお皿におにぎりを二つずつ乗せ、白井と御厨の前に出したかと思えば、今度は昨日作り置きしていたかぼちゃコロッケと即席のサラダとカプレーゼをテーブルに並べた。


「なにこれ、すっご・・・」

「全部簡単なものですよ。あ、あとあれもありましたね」


 そう言って何かを思い出したのか、台所にある大きめのタッパーを出してきた。

 その中身は蓋を開ける前からなんとなく色でわかる。そう、宮河の奥さん、蕾特製の激辛麻婆豆腐である。


「それがさぞ有名な麻婆豆腐・・・辛そ〜・・・」

「実際辛いですよ」


 それでも平然とテーブルに並べてくる時点で水瀬は割とこの麻婆豆腐の辛さが好きなのである。


 今まで恥ずかしくて俯いていた白井もこの豪華な料理を前に腹の音など忘れ、目を輝かせた。

 

「さ、よければどうぞ」


 そう言われた御厨は大きな声で「いただきます」と言って、美味しそうに料理を食べ始めた。それを横目で見た白井もなるべく水瀬に聞こえるように「いただきます」と小さく言った。するとちゃんと聞こえたのか水瀬が白井に向かって「どうぞ」と返してくれた。

 

 温かいポトフのスープが喉と胃の中に入り、体がだんだんポカポカしてきた。全て適度に温かく、水瀬の細かさが伺える。やはりすごい人だと感心しながらふと水瀬に目を向ける。その先には上品に料理を口へ運ぶ水瀬の姿があった。どこまでも綺麗で、正面から食事中を見たことがなかったのでその美しさに白井は見惚れた。


「ねぇねぇ、どうやったらこんなに料理上手になれるの?」


 突然、御厨が水瀬に質問をした。質問された水瀬は「そう言われましても・・・」と言いたげの顔で考えている。確かに、水瀬の料理の腕は凄まじいものであり、白井は水瀬の料理を食べるのは二度目だが、やはり変わらず美味である。


「どうなんでしょう、何か特別なことをしたわけでもありませんし、趣味なわけでもありませんから日々の積み重ねでしょうか。毎日三食健康に気遣いながら料理をしていたら人前に出しても良いようなものがあ出来ただけです」

「なんの助言にもならなかったわ・・・人選ミスった」

「すみませんね」


 仲睦まじい二人の会話に入りきれず、白井は黙々とおにぎりを頬張っていた。

 そんな白井に御厨が話しかける。


「ねぇ、ホテルじゃお兄さんてどんな感じですか?」

「え・・・?」


 突然話しかけられた白井は一瞬固まってしまった。しかし、答えないわけにもいかなので「今とあまり変わりません」と答えた。


「・・・だそうですよ」

「えー、ホテルでもこんな感じなの!?」

「えっと・・・は、はい・・・」

「お客さんに怖がられないの!?」


 本人を目の前にいてド直球に聞いてくるあたり、本気で驚いているのだろう。普通なら大変失礼な言い草だが水瀬は特に気にもしていない。なぜなら普通にしょっちゅう赤ん坊に怖がられて大泣きされているのだから。


「そ、そんなことないですよ。水瀬さんはかっこいいので・・・」

「あ、やっぱお姉さんからもイケメン認定なんだ。顔がよければ許されるってか。良いなぁ〜私もイケメンに生まれたかったわぁー」


 ただ淡々と二人の会話を聞いていた水瀬だったが、白井の「かっこいい」発言に少し水瀬は照れていた。


「でも、琴袮ちゃんは可愛いのでイケメンにならなくても良いと思います」

「まじ!?ちゃんとした美人お姉さんに言われるとうれしぃ〜」


 女同士の話は盛り上がりに盛り上がり、水瀬はすぐに食事を終え、次の準備に取り掛かった。


 その間に二人も食事を終え、片付けを手伝ってくれた。


「ご馳走様でした」

「お粗末さまでした」


 次第にテーブルも綺麗になり、白井と御厨はまたソファに戻った。


「あ、お兄さん、お手洗い貸してもらってもいい?」

「どうぞ」

「ありがと〜」


 御厨はトイレに行ってしまい、リビングには水瀬と白井が残された。気まずくなった白井はぎゅっと服の裾を握りしめ、また俯いた。しかし、そんな白井に水瀬が話かける。


「今日、三人組の女性が訪ねてきましたでしょう」

「え・・・」

「何をお話しされていたんですか?」


 まさかの気づかれていたとは思っていなかった。いや、水瀬なら気がつくか。

 しかし、白井は口を開かなかった。言いたくないということを察した水瀬は話題を変えた。


「なんだか最近、お元気がないようで」

「・・・」

「何があったのかとは聞きませんが、いつもの白井さんが見れなくて残念です」


 それはどういう意味なのかと訪ねたい気持ちを抑え、白井はずっと黙っている。


「そんな中、雨に降られるとは・・・」


 降られると言われても、今日のは白井の失態である。せっかくの誕生日が最悪の日になった追い討ちのような雨であった。


「酷でしたね、せっかくの誕生日なのに」

「・・・え」

「おや、違いましたか?」

「い、いえ・・・」


 水瀬が振り向き、白井に少し微笑む。


「な、なんで今日が誕生日だって・・・」

「入社時の自己紹介で言うことがなくなって突然誕生日を口走られましたよね」

「覚えてたんですか・・・?」

「はい、私、数字の暗記は得意ですからね」


 まさか誕生日を覚えていてもらえるとは。白井は途端に嬉しくなった。


「お姉さん、今日誕生日なの!?」


 突然聞こえてきたのはトイレから出てきた御厨だった。


「おめでとう!!」

「あ、ありがとう・・・」


 まさか今日、初めて会った人に盛大に祝われるとは夢にも思っていなかった。


「しかし、よろしいんですか、ご家族やご友人に祝っていただくご予定がありそうですが・・・」

「いえ、特にないです。父から郵送でプレゼントが送られてくる程度です。毎年やっていたらキリがありませんし、父も友達も仕事とかで大変なので」

「そうですか・・・」


 今までも誕生日当日に誕生日パーティーをしたのは数回ほど。あとあと友人たちからプレゼントは貰うものの、家に集まって・・・などというものはあまりしたことがない。それでも、白井にとっては特に気にするものではなかった。

 しかし、そんな話を聞いていた御厨がスッと立ち上がり、玄関に向かった。


「ちょっと待ってて!!」


 ガチャっと御厨が飛び出していき、十数秒後にもの凄い勢いで帰ってきた。そんな御厨の左手には何かが入った保冷袋があった。

 台所に行き、御厨が保冷袋から取り出したのはガラスの容器で、その中にはホールのガトーショコラが入れられていた。


「はい、お兄さん、バーでバイトしてんでしょ。これ使ってなんとかして!誕生日にケーキも何もないのは悲しいじゃん!!」


 急いでくれていたのか、御厨の息は微かに上がっている。


「御厨さん、これは・・・」

「昨日作ってたやつ。大学の友達がレシピ教えてくれて作ってみたやつ。手作りだし初めて作ったから美味しいかわかんないけど・・・」


 水瀬と白井は驚き、白井はなんだか温かい気持ちになって涙が出そうになったのを必死に堪えた。水瀬は御厨からガトーショコラが入ったガラス容器を受け取った。


「わかりました」




 

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