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白百合姫は毒に染まる  作者: 嘉ノ海祈(旧 九条聖羅)


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18/26

隣国の陰


 コンコンッ


 日が沈み外も暗くなり始めた頃、アウレイリアが部屋で過ごしていると戸を叩かれる音がした。アウレイリアはそっとナタリーに目配せをし、出るように伝える。ナタリーは扉を開け、外の者と会話を済ませるとアウレイリアの下に戻ってきた。


「アウレイリア様、以前面会を申し込んでいたシュテガー卿が参りました」


「お通しして」


「はい」


 ナタリーが外に声をかけると、男は静かに部屋に入ってきた。深い緑色の髪に、金色の瞳を持つこの男。名をクラウス・シュテガーと言う。この国の外交官長である彼は、この国の外交を担う重鎮である。冷静沈着で普段は全く表情を変えないこの男。これが外交になるととても豊かな表情に生まれかわる。しかし、普段の彼を知っている者からすれば、その表情には様々な思惑が読み取れ、その綺麗な笑顔にかえってゾッとさせられるのだ。どこか食えないところがあるこの男は、アウレイリアにとっては近づきがたい対象だった。


「お目通りをお許し頂きありがとうございます、アウレイリア様。おかわりないようで安心いたしました」


「ご心配ありがとうございます、シュテガー卿。卿もおかわりないようで何よりです」


「恐れ入ります」


 相変わらず何を考えているのか分からない人だ。アウレイリアの性格からしたら、彼を自分から関わることなんて絶対にしなかった。ただえさえ秘密の多い自分だ。このように聡く食えない人物と下手に関わるのは得策ではない。しかし何の因縁か、アウレイリアは何故かこの男と仕事をする機会が多くあった。


 きっかけは些細なことだ。アウレイリアがまだ、八歳だった頃、王宮の書庫で作業をしている時、この男が偶然現れた。男はアウレイリアの存在に少し目を見開きながらも、アウレイリアに挨拶だけ済ませると、同じように書庫で作業を始めた。


 最初はそっとしておくつもりだった。明らかにこの国で重要な役職についていそうな人間で、自分は王女だが庶子であるから、王宮の人間にはよく思われていないことが多い。だからアウレイリアは、王宮の人間に下手に関わらないようにしていた。


 だが、男は何だか悩まし気な雰囲気を醸し出していた。どうにも必死に資料を探しているが見つからないと言った様子だ。アウレイリアはこの書庫の本は既に制覇していて、その読んだ本を整理しているところだった。机にはまだ、いくつか整理が終わっていない本が置かれている。もしかしたら、彼が探している本がこちらにある可能性もあった。


 庶子とは言え、自分は王女だ。自分が作業している本に彼は手を出すことができないだろう。もし、探している本がこちらにあるのに、手を出せず見つけられないのは不憫に思えた。


「あの…」


 アウレイリアは思い切って男に声をかけた。まさか王女に声をかけられると思っていなかったのか、男はハッとしたようにアウレイリアを見る。アウレイリアは震えそうになる声を必死に抑えながら、男に尋ねた。


「どのような本をお探しですか?」


 突然の質問に男は少しの間沈黙した。予想外の問いだったのだろう。しばらくして、男は我に返ったように口を開いた。


「…失礼しました。…外交に関する本を探しています」


 アウレイリアは困った。それではどのような本を探しているのかが分からない。


「…それでは分かりません。もっと具体的におっしゃって頂かないと。どの国との外交ですか?」


「…シャサリク皇国です」


 男は困惑しながらもそう答えた。アウレイリアは更に的を絞るために質問を重ねる。


「どのようなことをお知りになりたいのです?シャサリクとの貿易?それとも、シャサリクとの協定の歴史ですか?」


「貿易です。シャサリク皇国のこれまでの交易内容を確認したく存じます」


 男の言葉に、アウレイリアはなるほどと言った様子で本を探し始める。男は呆然とそれを眺めていた。


「それでしたら、これと、これと…それから、これにも書かれていますよ」


 次々と迷いなく本棚から資料となる本を取り出していくアウレイリアを、男は信じられないと言った様子で見つめる。当のアウレイリアはそれに気づくこともなく、取り出した本を開き、該当するページを開いていた。


「…アウレイリア様はどこに何があるのかご存じなのですか?」


 男の言葉に、アウレイリアはきょとんとした表情で男を見つめる。やや間をおいて、アウレイリアはハッとしたように答えた。


「…この書庫の本は全て目を通しました。今はこの書庫を整理している最中なのです。自分で整理したので、どこに何があるのか、大体の見当がつくだけですよ」


「全てを…?」


 男がそう言うと、アウレイリアは恥ずかしそうに視線をずらした後、静かに口を開いた。


「私、暇ですから。王太子殿下のように後継者としての勉強があるわけでも、王女様方のように淑女教育が行われるわけでもありません。なので、ありがたく自分の時間を使わせて貰っているのです」


「そうでしたか…」


 アウレイリアの答えに男はそのまま黙り込んでしまった。アウレイリアは慌てて男に尋ねる。


「あの、差し支えなければどうしてこのような本を探されているのかお伺いしても?」


 アウレイリアはそうなった原因はどうであれ、書庫の本は殆ど読みつくしており、知識も人一倍ある自身がある。だから、何か悩み事があるのなら力になれるのではないかと思った。


 アウレイリアの問いに、男はしばし悩んだ後、意を決したように言った。


「…実はシャサリク皇国から、こちらの貿易品の売れ行きが良すぎるため、皇国が損をしていると苦情があったのです。このままでは貿易を止められてしまいそうでして。それで何か良い解決策はないものかと思い、資料を探していました」


 貿易摩擦。これは結構よく起こる問題だ。これが原因で戦争にまで至った国もあったりする。中々、馬鹿にできない問題なのだ。


「貿易摩擦…、なら、こちらの本を参考にした方がいいですよ」


 そう言ってアウレイリアは別の本を棚から取り出した。男はその本を見て、眉をひそめる。


「…これはルクノエル王国の歴史では?」


 不審そうな表情を浮かべる男を気に留めることもなく、アウレイリアは該当ページをめくった。そして、男に見えるように置く。


「ここです。この国でも同じような事例があって、それを解決するために別の商品で同等の利益を齎す商品を提案し、それによって互いの不満を解消したそうなんです。これを使えばいいと思いませんか?」


「別の商品で、同党の価値を生み出すもの…?」


 男の言葉に、アウレイリアは何かいい例はないか探す。以前読んだシャサリクの特徴を思い出しながら、自分の案を練っていく。


「そうですね…例えば向こうの生地なんかはどうでしょうか?シャサリクはこちらよりも暑い地域で、生地の薄さはこちらより優れていますし、夏によく売れると思うんですよ。…ほら、これを見てください。これ、向こうの伝統的な染め物らしいのですが、素敵だと思いませんか?これ、絶対にこっちで売れると思うんですよね。それにシャサリクは服だけではなく、この簪?というアクセサリーも素敵なんですよ!これ、絶対に流行ると思います!」


「…」


 本を開きながらやや興奮気味でそう述べるアウレイリア。男は唖然とした表情でそれを見ていた。しばらくしてアウレイリアは自分の失態に気づく。


「っ!失礼しました…ついはしゃぎすぎてしまいました」


 アウレイリアの謝罪に男はいえと首を横に振った後、何かを考えるような表情を浮かべた。そして、考えがまとまったのか、アウレイリアに真剣な眼差しを向けてこう言った。


「…アウレイリア様、無礼を承知で申しあげます。私と共にシャサリクにいらしてください」


「へ?」


 その日を境に、何故かアウレイリアはこの男と外交に出向くことが増えた。八歳の少女に協力を求めるのはどうかと思うが、この男にとって年齢は関係ないらしい。大事なのは能力だそうだ。そんなわけで、何かと他国に赴いているうちに、この男とは随分と関わるようになってしまったのである。


「それで、本日はどうなさったのです?」


 来客用の席に座るよう促し、ナタリーが淹れたお茶を飲みながら、アウレイリアはシュテガーに尋ねた。シュテガーは真剣な面持ちでアウレイリアを見て言った。


「どうか、次期王位継承者になってください」


「…」


 彼の言葉にアウレイリアは察する。どうやら彼も、アウレイリアを王位継承者に推している家臣だったらしい。


「私は王座に興味がありません。成人したら下町に移って、下町で平民として暮らすつもりです」


 アウレイリアの言葉に、シュテガーは目を見開く。近くにいたナタリーやリカルドも、驚愕したように息を呑む。


「…そんな、平民に下るなど…アウレイリア様にはもったいなすぎます。アウレイリア様こそ、この国のお世継ぎにふさわしい」


「駄目よ。反対勢力が沢山でるわ。そんなことになったらさらにこの王宮は血の海になってしまう」


「反対勢力は私が何とかしますから。聡明なアウレイリア様なら既に気づいておられるでしょう。このままではこの国が碌なことにならないと。第一王女も第二王女も王位継承者としての大事な器が欠けている」


 シュテガーの言葉に、アウレイリアは大きなため息をついた。


「…シュテガー卿、貴方が私のことをそれほど信頼して下さっているのは、とても嬉しく存じます。ですが私は王座につくつもりはありません。もう決めたのです」


 アウレイリアの言葉に、シュテガーは静かに瞳を閉じた。そして、ゆっくりと静かに息を吐く。


「…そうですか。残念です。ならば私は、アウレイリア様が成人なさった暁には、この職をおりて自由に暮らすとでもします」


「…え?」


 思わぬ彼の言葉に、アウレイリアは驚きながら聞き返す。シュテガーは何とでもないように言い放った。


「私は十分にこの国に尽くしました。もう休んでもいいころ合いでしょう。私はアウレイリア様のいらっしゃらない王宮に興味などないのです。残りの人生は優雅に暮らすことにしますよ」


「…それは、後の外交官が苦労しそうですね」


 アウレイリアの言葉にシュテガーは微笑むだけで返した。なるほど、彼も色々と王宮の人たちの行動に腹を立てているようだ。まぁ、今のこの国の外交が上手くいっているのは殆ど彼のおかげだ。以前、いくら下が環境を整えても上が無能では意味がないとシュテガーはぼやいていた。彼はもうこの国への情は捨てたのだろう。自分が抜けた後のことはどうなっても知らないといったところか。


「ところで…」


 しばしの沈黙の後、シュテガーは少し言いよどんだ後、アウレイリアを見た。アウレイリアは静かに視線を彼に向ける。


「少々、不穏な事を耳にしました」


「不穏な事?」


 シュテガーの言葉に、アウレイリアは首を傾げる。


「はい。あのメルベルトシュタイン帝国の第一王子、どうやら待女達に不思議なことを聞いて回っていたそうです」


「不思議な事?」


 一体、あの第一王子は何を聞き回ったのだろうか。普通、そんな怪しい行動を他国でとらないと思うのだが……。


「毒に染められた白百合を知っているか、と」


「…っ!」


 シュテガーの言葉に、アウレイリアは息を呑んだ。ゾッと悪寒のようなものが背をつたっていく。


「…待女達はポルストイのことだと思い、その話をしたようですが、どうにも腑に落ちません。なぜ彼はポルストイではなく、そのように表現したのか。ポルストイはかなり有名な花です。いくら他国の者とはいえ、その名を知らぬわけがないでしょうに」


(私だ。きっと、私のことだ。でも、どうしてあの王子がそのことを知っているのだろうか。このことは一部の人間しか知らないはずなのに…)


 アウレイリアは恐怖で震える手をぎゅっと握った。彼女の動揺はシュテガーにも伝わったらしい。探るような鋭い視線を向けて、アウレイリアに声をかける。 


「…その様子だと、何か心当たりがあるようですね」


「…」

  

 アウレイリアは悩んだ。シュテガーの事を信頼していないわけではない。しかし、これを打ち上げるのはとても勇気のいることだし、本当に打ち上げてしまってよいものか分からなかった。アルレインに相談して考えることにしようと思い、アウレイリアはシュテガーを見つめて言った。


「すみません。これは私の単独の判断では口にできません。少し相談する時間をください」


 シュテガーはしばらくの間、アウレイリアをジッと見つめていた。アウレイリアはギュッと拳を膝の上で握りながらその罪悪感に耐える。しばしの沈黙の後、シュテガーは観念したように言った。


「…何やら深い事情があるようですね。分かりました。いつか真実をお話頂けることを待っております」


 そう言うとシュテガーは席を立って扉の前に移動した。そして、扉の前につくと振り向きアウレイリアを見る。


「それでは、お時間をいただきありがとうございました。失礼したします」


「お気をつけて」


 アウレイリアに礼をするとシュテガーはそのまま静かに部屋を出て行った。アウレイリアはリカルドを見ると、急いで出かける準備をするように命じた。


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