ぷうとアオイとカリンとハンター
ぴぴがギルマス達と遊んでいる頃、ぷうとアオイは王都ハンターギルド北門支部にやってきた。今日はここでカリンと合流して、修行をかねてカリンに心当たりがあるという強いモンスターと戦いに行く予定だ。ぷうとアオイがギルドに入ると、酒場で優雅に紅茶を飲んでいるカリンを発見した。
「おっす、カリン殿」
「おはよう、かりん~」
「おはようございます」
ぷうとアオイが声をかけると、カリンは立ち上がり優雅にあいさつをしてくる。流石エルフ紳士、所作が美しい。
「飲み物はいりますか?」
「ああ、俺も紅茶をもらおうかな」
「私はミルクがいいな。あとなにか食べれるのあったらそれもほしい」
「ええ、かしこまりました」
カリンはさっと手を上げると、どこからともなく人が現れ、注文を聞いてくれる。
「お伺いさせていただきます」
「紅茶とミルク、それと軽食を1人前」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
「ええ、どうもありがとう」
本来ギルドの酒場というのはこんなお上品なものではない。注文も、言いに来い。料理も出来るの待って持って行け。そういう世界だったはずだ。これは、カリンのギルドのお偉いさんパワーなのか、カリンのエルフ紳士な雰囲気がそうさせるのか。
「お待たせいたしました。では、失礼いたします」
「ありがとう」
注文はすぐに出てきた。飲み物プラス軽食はサンドイッチだったため、新規に作るものはなかったのだろう。
「では、食べながら話しますね」
「ああ、さっそくで悪いんだが、特訓がてら倒したい強えモンスターってのは、どこいるなんてモンスターなんだ?」
「場所はフラワーリバーに流れ込む支流の水源になっている湖です。あなた方が倒したボス牛のいる草原の北西方向になります」
そういうとカリンは地図を見せてくれる。例のギルドカードを置くと使えるようになる、酒場のテーブルの便利機能だ。
「ふむ、けっこう遠そうだな。しかも、標高もそこそこありそうだな」
「ええ、道が悪いことも考慮すると、足の速いものでも数日かかりますね。ですが、我々なら大丈夫でしょう。アオイは空を飛べますし、私もエルフなので、森林の移動には自身があります。ぷうさんは問題ないでしょうしね」
「それもそうだな。それで、どんなモンスターなんだ?」
「これになります」
カリンの見せてくれた画像には、巨大なかみつき亀のようなモンスターが写っていた。
「こいつはすげえな。亀か、防御力が高そうじゃねえか」
「ええ、私もボス牛との戦いでは、攻撃不足でしたからね。このガブガミガメは、大きさによって☆4~6ランクに分類されるのですが、通常種同士で比較した場合、牛モンスターより防御力が高いことで知られています。それがこの大きさです。相当硬いと思いませんか?」
「ああ、いいな、いいじゃねえかこいつ。ボス牛の代わりに、こいつでリベンジしようぜ! ぷうもいいよな?」
「うん、もちろん。猫先生から聞いたことがあるんだけど、亀もおいしいんだよね?」
「ええ、このガブガミガメは珍味として知られていますね。わたしも食べたことがありますが、お酒のつまみにはかなり良いですよ」
「おっし、じゃあ、さっそく行くか~!」
ぷう達が盛り上がっていると、パタパタと2人組が現れた。1人は妖精族、もう1人が鷹だ。どちらもボス牛のときのハンターだ。
「おはようございます。アオイ様、ぷう様、カリン様」
「「「おはようございます」」」
「おう、おはよう。もう仕事か? あんなことがあった後なのに、平気なのか?」
「お気遣いありがとうございます。ですが、あの巨大なビッグホーンジャイアントブルの討伐では、私は自らの無力さを思い知らされました。☆6ランクになり、少し思い上がりがあったようです。幸いアオイ様、ぷう様、ぴぴ様のおかげで無事に生きております。ですので、今一度、1から鍛えなおそうとパートナーと話し合い、仕事をすぐに再開することにいたしました」
「そういや、お前の名前聞いてなかったな。なんていうんだ?」
「これは大変失礼致しました。私はエリカと申します」
そう、ぷうとアオイは、ボス牛の討伐の際に出会ったハンター達と、まともに自己紹介をしていなかったのだ。ボス牛を助けたあと、このエリカという妖精、リーダー熊、きつねさんとは仲良く話したし、その他のメンバーとも、ボス牛のお肉をみんなで食べようパーティーで、けっこうしゃべって仲良くなったのだが、自己紹介なんかはしなかった。
これにはいちおう理由がある。エリカをはじめ、ハンター達にとって、ぴぴ、ぷう、アオイの3人は、完全に実力が上の上位者という認識だった。でも、その上位者扱いされていた3人に、そんな気は一切なかった。だが、この世界の常識として、上位者から話題を振るというマナーがあった。そのため、自己紹介をする気の無いぴぴ達の会話を切って、自己紹介できなかったのだ。おまけにぴぴとぷうは猫だ。基本的に群れないうえに、コミュニケーションはテレパシーが基本だ。もしかしたら名前を気にしない文化なのかもしれないと思うと、なおさらエリカは自己紹介をしづらかった。おまけに多くのハンター達も、さほどそういうことを気にしなかった。特に、3つのパーティーのリーダー達は、リーダー熊、きつねさん、そして鷹だ。みんな群れない動物だったのだ。そのため、リーダーたちは特に気にしなかった。
エリカの容姿は一言で言うなら白だ。スズランエリカのような白い肌、白い髪をもち、目は鮮やかな新緑のような緑色だ。更に服も白いローブだ。いまさらな気もするが、初めてあったときは、ボス牛の雷ジャンプ攻撃のせいで、肌はところどころ焼け焦げ、服も髪もボロボロだった。あの容姿は、見て見ぬ振りをするのがやさしさだ。アオイも紳士っぽい話し方をするほうではけっして無いが、そのくらいの気遣いは出来る。
ちなみにエリカが3人の名前を知っているのは、ぴぴたちの会話から把握していたためだ。やっと自己紹介できたことと、なによりアオイに自分の名前に興味を持ってもらえていたことがうれしいエリカなのだった。そして、エリカが自己紹介したことでもう1人も自己紹介をする。
「あたしはオオタカのピヨ。よろしくね。一応このパーティーのリーダーをしている」
ピヨの姿は至って普通のオオタカだ。お腹が白くて、羽は青みがかった灰色だ。
「あれ、お前らって、5人組じゃなかったのか?」
「ああ、あれは臨時パーティーだったのよ。もともとあたしとエリカは2人組みだからね。こないだは本当に世話になったね」
「いいってことよ、気にすんな。もちつもたれつってな」
「ありがとうよ。ところで、あんた達は、そこに写っている亀を狙っているのかい?」
「ああ、そうだぜ。よかったらお前らも行くか?」
「いいのですか? 是非お供させて下さい」
「こら、エリカ待ちな。あの巨大牛のときに役立たずだった私達が、より防御力の高い亀相手に、なにができるっていうんだい」
「それは・・・・・・」
ボス牛との戦いで悔しい思いをしたとはいえ、そのリベンジにより強いモンスターと戦うほど無謀じゃないらしい。じゃあ、アオイやカリンはいいのかと思う気もするが、討伐に行くんじゃなくて修行に行くだけなので、セーフだ。ぷうもいるし。
アオイはぷうにアイコンタクトをした。この子達も連れて行きたいのかもしれない。ぷうとしては仲良くなったこの2人が増えてもまったく問題なかったので、首を縦に振った。
「気にするな。ピヨは寝てたから知らないだろうが、俺もボス牛には多少のダメージこそ与えられたものの、まるで勝てる気がしなかったからな! むしろボス牛で火力不足を思い知らされたぜ。だからよ、その修行をかねて、亀と戦いに行くって感じだな」
「ええ、私も挑んで、倒せなかったことはご存知ですよね? ですので私も、アオイと同様の理由で亀との戦いをするのですよ。ですので、修行したいのでしたら、ご一緒しませんか?」
「ピヨ。私は行きたいです」
エリカはまっすぐにピヨの瞳を見つめる。
「わかったよ。アオイ殿、カリン殿、ぷう殿、大して役に立たないかもしれないが、よろしく頼む」
「よろしくお願いします!」
「おう、よろしくな」
「ええ、よろしくお願いしますね」
「よろしくね」
「では、準備はよろしいでしょうか?」
「まってくれ、遠出する気はなかったから、ろくに準備してないんだ。なにを用意したらいい?」
「え~っと、移動手段は飛行でいいよね?」
「ああ、あたしもエリカも飛べるからな。むしろ飛んで行っていいならそのほうがありがたい」
「野営や現地で作る予定の拠点なんかはいいし、ご飯も十分あるから、必要なものといったら、装備類かな?」
「それだけでいいのか?」
「うん、むしろ、ご飯や拠点はこの修行の要だからね。こっちが用意したものを使ってほしいの。念のため聞くけど、ボス牛のお肉とかは好き?」
「ああ、あたしは肉類に好き嫌いはないよ。肉類なら生でもいけるよ!」
「私も基本的に好き嫌いは余りありません。私は流石に生肉は遠慮したいですけど」
「はは、そこは気にすんな。俺も生肉は無理だしな」
「ええ、私もです」
「料理はレパートリーも豊富にあるから、お肉が苦手じゃなかったら大丈夫かな」
食事は魔力回復を考えて基本的に恐竜のお肉か、ボス牛のお肉だ。他の食材では、魔力回復量が低く、修行の効率が落ちる可能性が高かったのだ。なので、こればっかりはぷうでもどうしようもなかった。
「では、着替え等を用意して、すぐに戻ってくる」
「大急ぎで行ってまいります」
「そんなに焦んなくていいぜ、ここで軽く何か食って待ってるからよ」
「うん」
「ええ、この大きい亀が逃げるわけでもないですしね」
ぷう達が酒場でのんびり軽食を食べていると、ピヨとエリカはけっこう早く戻ってきた。これで準備万端だ。ぷう達は一路ボス亀のいる湖に向けて出発する。
「では、いきますよ。私が先頭を進みますので、みなさんついてきてください」
「「「「はい」」」」
カリンを先頭に走り出す。カリンとぷうは地面を、アオイとピヨとエリカは空を飛んでだ。流石はみんな☆6ランクのハンターだ。移動速度はかなり速い。
「どうですか? もっと速くても大丈夫ですか?」
カリンは後ろを見ながら聞いてくる。もちろん一種の挑発だ。カリンは、自分はもう老いて実力は下がる一方だと考えていた。だが、違った。ぴぴ達が持ってきた魔力が豊富な食材で、昔の力が戻りつつあるのを実感していた。そうなるともう若い頃の血が騒いでしょうがない。いや、1度失ったからこそ、より強く血が騒ぐのだ。ギルマスやわんこ大臣達は後輩に教えるためだとかいって、ぴぴの特訓を受けている。だが、そんなのは建前だ。ギルマスはぼろ負けしたぴぴにリベンジしたい。わんこ大臣達も、ぴぴやぷうに挑みたくなっただけに違いなかった。そしてそれは、カリンとて同じだった。
「余裕だよ~」
「へへ、まだまだ余裕だぜ!」
「ああ、あたしも大丈夫だよ」
「私もまだ行けます」
どうやらみんなのってきたようだ。
「では、少し速度を上げますよ」
カリンは速度を上げて走り出す。今までは身体強化だけで走っていたが、風属性の補助魔法を使い、自身の速度を大幅に上昇させる。少し速度を上げるとか言っておきながら、軽く5割増しくらいの速度で爆走し始めた。
当然ほかのみんなも、そうやすやすと置いていかれるわけにはいかない。アオイもピヨもエリカも、普段から空を飛んで生活している種族なのだ。妖精族として、オオタカとして、風属性魔法で負けるわけにはいかなかった。3人ともぐんぐん速度を上げる。
「どうです? 付いてこれますか?」
「うん」
「カリン殿、もうちょっと速く頼むぜ!」
「ああ、あたしもまだまだいけるよ!」
「はい、私もお願いします」
「ほほう、いいでしょう! ここからが本番です!」
カリンはさらに速度を上げために、風魔法をもっと強力にする。だが、それだけじゃない。そこに更に、植物属性の魔法をも発動させる。
今まで使っていたのは基本的な身体強化魔法プラス、風属性魔法だ。身体強化魔法は、命の属性に分類される魔法だ。そのため、メイクンに生きるものならすべての生物が使える。エルフだろうが、妖精だろうが、鷹だろうが、猫だろうが、モンスターだろうが、だ。そして、風属性魔法は、空を飛ぶ種族のほうが上手な傾向にあった。これは地上に住む種族にはなかなか逆転できない問題だった。カリンはもちろんそんなことは知っている。では、なぜそんな魔法しか使わなかったかといえば、新入りの実力を試すと同時に、挑発でもあった。全種族共通の魔法と、あなた方が得意な風属性魔法で、私はここまで速いですよ。というわけだ。
そして、宣言通りここからが本番だ。カリンはエルフの中でも、森に住むウッドエルフだ。別に珍しいわけではない。森に住むエルフはいたって普通の一般的なエルフだ。そして、植物系の魔法は大得意だ。カリンは全身にツタのようなものを這わせる。それだけじゃない。足に絡みついたつたは、本来の足より長く伸び、腕に絡みついたつたは、本来の腕より長く伸びた。ハピがいたらこういうだろう。パワードスーツっぽいと。でも、この世界の人にはこう見えた。ウッドゴーレムみたいだと。
「では、覚悟はいいですね? 行きますよ?」
カリンはそう言って笑った。そして、種族のプライドをかけた、負けられない戦いが始まるのだった。




