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三門戻り橋 魔封じの銀鈴  作者: のすけ
19/22

麗しき都の灯篭

 夜更けにボクは、誰かの低い声に呼び起こされた。

「安野一香、安野一香よ、目を覚ませ。妖魔が現れた。清悠のヤツはすでに出立したぞ」

「えっ!」

 ガバッとボクは布団の上に跳ね起きた。

 部屋に人影はない。清悠の鈴の音も聞こえなかったな。

 でもまた妖魔が出たって聞こえた。

 清悠、ボクを呼んでくれなかった。本当に一人で行くなんて。

 喧嘩したあの時、二人ではぐれずに結界を渡る呪を断ち切って、もう本当にボクを連れて行かないつもりなんだね。

 慌ただしく着替えて護りの鈴を首から掛けたボクは外に飛び出し、一目散に戻り橋へと駆けていった。

「俺と一緒の時以外は、ここを渡るなよ正道。約束しろ」

 なんて清悠は言ってたけど、そんなのもう知らないから。

 ボクを置き去りにして一人で出かけた清悠がいけないんだからねっ。

「それっ」

 全力疾走して勢いのままボクは思い切り三門戻り橋に飛び込んだ。

 あれっ。

 これまでのように、すぐに目指す場所に出たと思ったら、そこはまだ神社の中の細い小径で、あたりの風景もなんら変わりなく深夜の冷えた空気がしんと静まり返っているだけだった。

 何かがおかしい、戻り橋が渡れないよ。

 焦る頭の中で、さっきボクを起こした低い声が響いた。

「やれやれ清悠め、意固地な。余程お前のことが気がかりとみえる。さて、ここは俺の出番だな」

 ボクはすぐに、その温かい声は織戸正道の魂のものだと気づいた。

「正道さん。なぜボクはここを通れないの」

「ハハハ。なに、清悠のやつがお前を通さないように細工したのさ」

「酷い。そんなにボクが邪魔なの」

「邪魔というのは違うな。まあ後で清悠を存分になじるがいい。さて事は急を要する。一香、お前の体をしばし借り受ける。また道を開けてもらうぞ」

 そう正道が言うとボクは再び、あの気が遠くなる感覚に見舞われた。



 一香に替わって意識を浮上させた織戸正道は、慣れ親しんだ自分の弓に抜き出した矢を一本番えると、目の前の戻り橋の奥に向けて勢いよく矢を放った。

 バンッ。

 戻り橋の奥の景色が音を立てて、今しがた一香を寄せ付けないために清悠の張った結界は、矢を受けてガラスのように砕け弾け飛び、その奥に暗く渦巻く空気に包まれた道が開かれた。

「よし、行くぞ」

 織戸正道はためらう事なくその中へ飛び込んだ。

 そうして踊り出た場所は。

 そこは、眼下に広大なまばゆい夜景が広がる都会の上空だった。

 数知れず立ち並ぶビル群にタワーマンションの赤色灯や窓明り、色とりどりの看板、ひときわ高い電波塔に巡らされたイルミネーションは、明るく繊細なグラデーションで色を変えながら明滅している。

 その下には、オレンジや白色のライトに縁取られてあらゆる方向にうねり流れる道路があり、せわしなく行き交う自動車が列をなしている。

「わあ、夜景が見える。何ここ、空の上なの」

 この景色を織戸正道の身の内から浮上して覗き見た、一香の意識が驚いて呟いた。

「そうだ、いやさか。お前たちの暮らすこの時代の夜は、常に色とりどりの灯籠が灯されているのか。誠に美しいな」

 平安人の織戸正道も思わず感嘆の声をあげた。

 だが、次の瞬間。

 バリバリバリッ!ドドーーーーンッ!

 目の前に雷が落ちたような轟音と衝撃があって、眼下の夜景の一箇所がフッと暗くなった。

 と思うと、そのあたりから白く煙が上がって来て小さく揺れ動く炎が見えた。



「あ、火事だ。落雷して火事が起きたんだ」

 落雷と同時に意識が浮上して、正道の体を取り戻したボクは叫んだ。

 そして音の出所の宙空には、またしても醜悪な妖魔が現れていた。

 そいつは人型をしていて、ゴワつく鎧を着た武者のように見えるけれど、体中に赤い瞳を持つ目がびっしりと並んでいる。

 というより邪悪な目が密集して人の姿をとったようで、ギョロギョロ動く数えきれないその眼は、これまでに対峙したことがないほどの悪意を発散している。

 その体の周りを灰色の薄雲が取り巻いていて、ビリリッ、パリパリッと空気を裂いては細い閃光が走る。

 すごくすごく、嫌な感じ。

 雷を操るヤツなんだな、さっきの火事はこいつの仕業だね。

 そいつを見つめる正道の魂がボクに言った。

「一香、あれは人間のあらゆる悪意で出来ている。嫉妬や強欲、差別や裏切り、孤独や殺意などを貪った妖魔が肥大して、この広大な都の上空に現れたのだよ」

「すごく邪悪なヤツなんだね」

 そして今、その妖魔の前で清悠がただ一人、印を結び一心に呪文を詠唱していた。

 その姿は薄い光の膜に包まれているように、浮かび上がって見える。

 清悠、やっと見つけた。

 ボクが彼を見つめた時、清悠もまたこちらの気配に気づいたように振り向いた。

 詠唱を切らさずに、清悠は鋭く目だけでボクを問い詰めた。

 どうしてここに来た!

 と、その眼差しが言ってくる。

 ボクも負けずに強く見返して言ってやった。

「正道さんが呼んでくれたの。一人で行くなんて、そんなの絶対許さないからっ」

 清悠は無言でクルッとボクに背を向け、また妖魔に向き直った。

 彼の呪文が、いく本もの光の螺旋に変わり周囲の雲を抜け、蠢く赤い邪眼をちりばめた妖魔に向かって行く。

 星光る夜空の真っ只中、それは横ざまに流れ飛ぶ打ち上げ花火のように綺麗だった。

 そうして一人で闘ってる。

 力を合わせて闘おうって空気じゃあない。でも、ボクだってやるだけだ。

 清悠の光の螺旋は妖魔の手足に絡みつくと縛り付け始めた。

 ビリリッ、ビリリッ、パリパリッ、パリパリッと音を立て、妖魔も反応して手足を振り払うように暴れる。

「一香、天津祝詞(あまつのりと)(うた)えるな」正道の魂がそう言ってきた。

「天津祝詞、うん覚えてる。できるよ」

 それはこの一ヶ月あまり、毎朝の神様へのご挨拶として清悠と詠っていた祝詞だもの。

 ボクはもうすっかり暗記していた。

「ならば、よいか。俺と心を合わせろ。呼吸を整え心を鎮め、祝詞を詠いながら矢を射るのだ」

「わかった」

 邪悪な妖魔を鎮めたい、街を守りたい。清悠を守り助けたい。

 ボクと正道の心が一つに重なった。

「たかあまはらにかむづまります、かむろぎかむろみのみこともちて、すめみおやかむいざなぎのおおかみ……」

 詠いながら妖魔をしっかりと狙い定めて、矢を放つ。

 それは風を切って確かに命中した、途端に。

 ビリリッ、パリパリッ、バリバリバリッ!ドドーーーーンッ!

 のたうちまわる妖魔が激しく放電し、空が明るく光ったと思うと大きな雷が落ちた。

 ボクもすごく驚いたけど、悲鳴をあげそうになるのを必死で飲み込み、なおも祝詞を詠う。

「……たちばなの、おどのあはぎはらに、みそぎはらひたまふときに……」

 集中して再び矢を放つ、よしっ。

 今度も命中した。

 ビリリッ、パリパリッ、バリバリバリッ!ドドーーーーンッ!

 妖魔が全身を震わせて激しく暴れる。攻撃が効いてるんだ、ひるむもんか。

 よしもう一度だ。

「……もろもろのまがことつみけがれをはらへたまひ、きよめたまふとまをすことのよしを……」

 ボクは祝詞を切らさずに詠い続けて妖魔に狙いを定めた。

 清悠の放つ呪文もさらにきつく巻きついて二重、三重と蔦のように妖魔を拘束して行くのが見える。

 ところが妖魔は、ビリリッ、ビリリッ、パリパリッ、と放電したかと思うと、今度は全身にある赤い瞳からレーザー光のように鋭い光を放ち、それが一斉に清悠めがけて飛んで行った。

 危ないっ、清悠。

 そうボクが叫びそうになったその時。

 ふわり、と清悠の前に小さな白い紙が舞い踊った。

 と思うとそれが、白く大きな一羽の鳥に変わって大きく羽を広げ、ジジジジジッと音を立てて、妖魔の放った赤いレーザー光をその身に受け止めた。

 鳥はあっという間に燃え上がり、白い煙になって消えた。

 けど、清悠は無傷だ。

 良かった。白い半紙、あの鳥は式神?

「一香、祝詞を続けろ」

 一瞬気がそれて祝詞が切れかけたボクに正道の魂が呼びかけてきた。

 そうだ、しっかりしなきゃ。ボクはまた弓に矢を番えた。

「……あまつかみ、くにつかみ、やおよろずのかみたちともにきこしめせと、かしこみかしこみもまをす」

 正道の魂が暖かい手を添えてくれるのをはっきりと感じた。

 ビュンッと矢は飛んでいき、妖魔に命中した。

 ビリリッ、パリパリッ、バリバリバリッ!

 妖魔は放電しながら体を震わせ、その体に赤く亀裂が走った。

 バリバリバリッ!バリバリバリッ!

 放電の音が鈍く長く響いて、妖魔は高く両腕を差し上げ、苦しげに体を揺らす。

 少し追い込んだのだろうか。

 でも、また奴の身体中に蠢く赤い邪眼が強い光を帯びてきた。

 妖魔はこちらに向かって大きく身を投げるように体を倒し、そして今度はあの赤いレーザー光がボクに向かって一斉に放たれた。

「安野っ」

 ボクを振り向いた清悠が、ふわりと手から白い紙を離す。

 すると、さっき見た白い大きな鶴のような鳥が翼を広げてボクの前に飛んで来た。

 ジジジジジッと音がして、無数の赤いレーザー光が鳥の体に突き刺さり焼いて行く。

 でもなお鳥の体をすり抜けた赤い光をボクが感じた時。

「一香、前に出るぞっ」

 また気が遠くなり、織戸正道の魂がボクを庇って目の前に仁王立ちしたのがわかった。

 狩衣姿で白く煙ったように半透明のその体に、赤いレーザー光がいく本も突き刺さる。

 ジューッ、ジューッと何かが焼ける音。

「うっ、くうっ」呻く正道が歯を食い縛る。

「正道さんっ……」

 声をあげて、そのままボクは何も見えなくなった。



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