エピローグ「そして、今日も走り続ける」
あれから5年。
池巣自動車営業所の朝は、今日も変わらず始まっていた。
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車庫には青と白のバスが並ぶ。
運転士たちは、それぞれの一日へ向けて準備をしている。
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「おはようございます。」
細野孝太郎が事務所へ入る。
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「おはよう。」
聞き慣れた声。
山下恒一だった。
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「細野もすっかり貫禄が出たな。」
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「山下さんに言われると複雑です。」
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「なんでだよ。」
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変わらないやり取り。
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でも。
5年前とは違う。
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細野はもう新人ではない。
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後輩から相談され。
新人を指導し。
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時には迷う運転士たちの支えになる存在になっていた。
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「細野さん。」
若い運転士が声を掛ける。
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「この前の判断なんですけど……。」
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細野は笑う。
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「まずは安全を考える。」
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「それから、お客様の立場で考える。」
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「正解は一つじゃない。」
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「だから、自分で考えることが大切だ。」
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その言葉は。
かつて金城から教わったものだった。
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金城恒一。
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今でも時々、営業所へ顔を出す。
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「お前たち、ちゃんと教えてるか?」
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そう言いながら。
昔と変わらない厳しさと優しさで、後輩たちを見る。
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そして。
その教えは次の世代へ受け継がれていた。
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大森恒一も変わらない。
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冷静な判断。
正確な仕事。
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営業所には欠かせない存在だった。
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山下は相変わらず明るい。
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時々、余計な一言を言って。
周りを笑わせる。
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でも。
誰より仲間を大切にしていることを、みんな知っていた。
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池巣自動車営業所。
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そこは。
ただ働く場所ではなかった。
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困った時に助け合える。
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失敗した時に支えてくれる。
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帰る場所のような場所だった。
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午後。
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細野のスマートフォンが鳴る。
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画面を見る。
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「西園寺さんからだ。」
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本社へ異動した西園寺美月。
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今でも月に一度。
必ず池巣営業所へ顔を出している。
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営業担当として。
そして。
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大切な仲間として。
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「来週、営業所へ行きますね。」
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そんな連絡だった。
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細野は微笑む。
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あの春。
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西園寺が伝えてくれた想い。
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今でも忘れていない。
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そして。
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藤崎彩も。
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変わらず営業所を支えている。
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仕事への向き合い方。
仲間を見る優しさ。
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昔から変わらない。
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細野にとって。
二人がどんな存在なのか。
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答えは。
今も描かれない。
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ただ。
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二人とも。
細野の人生の中で大切な人であることは変わらなかった。
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その日の夕方。
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車庫。
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細野が帰庫した時だった。
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「細野。」
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山下がニヤニヤしながら近づいてくる。
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「何ですか?」
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「嫁さんが来たぞ。」
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「……またですか。」
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細野は苦笑する。
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山下が指差す先。
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そこには。
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二人の女性がいた。
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藤崎彩。
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西園寺美月。
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二人とも笑顔でこちらを見ている。
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「山下さん。」
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「どっちですか。」
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細野が聞く。
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山下は笑った。
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「知らん。」
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「それは、お前が決めることだろ。」
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営業所に笑い声が広がる。
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5年前も。
今も。
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変わらないものがある。
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仲間。
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安全。
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そして。
誰かの人生を支える仕事。
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細野は運転席へ向かう。
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明日も。
またバスは走る。
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誰かを学校へ。
誰かを職場へ。
誰かを大切な場所へ届けるために。
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池巣自動車営業所の物語は。
これからも続いていく。
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そして今日も。
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池巣自動車営業所のバスは走り続ける。
(完)




