7.みんなでトレーニング
次の日の朝6時、ヴェルデン公爵家の舞踏室に運動着姿のヒューゴとフランソワがやってきた。彼らの明るく弾んだ声が、朝の静かで落ち着いた雰囲気を心地よく破る。エレオノーラも動きやすい運動着に身を包み、万全の態勢で二人を温かく出迎えた。
エレオノーラは、まずは自分が昨日繰り返し何度もやっている足首回しを提案した。
「まずは、足を伸ばして床に座ってね」
ヒューゴが、
「いったい何を始めるんだ?」
と少し訝し気な顔をしながらも素直に床に座った。フランソワも首をかしげて不思議そうな表情をしている。
「手は使わないで、足首を回しやすい方向に回してみてね」
3人とも足首がかなり硬く、滑らかに回すことができずにカクカクとぎこちなく動くだけだったが、まずは回しやすい方向へ10回、そして逆方向に3回ほどゆっくりと動かしていく。初心者には、10回3回というシンプルなルールが一番わかりやすいのだ。
「本当に硬いのですわ、私の足首。こんなにうまく動かないなんて、本当にびっくりしましたわ」
フランソワがぽよぽよとした眉毛を困ったように寄せながら、一生懸命足首を回そうとしている。
「これを続けていけば、そのうち足首が軽くなるはずなのよ。足首が軽くなると、体全体の動きも良くなって、痩せやすい体になるんだって」
エレオノーラも自分の頑固な足首と必死に格闘しながら、励ますように二人に声をかけた。
すると、黙々と足首と格闘していたヒューゴが、ふとエレオノーラに話しかけた。
「……なぁ、エレン。一体なんでそんな専門的なことを知ってるんだ?それに、知ってたのになんで今まで試さなかったんだ?」
「城の図書館で偶然見つけたスタンダル帝国の書籍に、効果的なダイエット方法が詳しく載っていて。いつか絶対に試してみたいと思ってたのだけど、王太子妃教育があまりにも忙しくて……」
「ああ、あれは本当に大変だったよな。エレンがずっと朝から晩まで勉強漬けだったの、俺たちもよく知ってるよ」
ヒューゴは納得したように頷き、フランソワも同意するように微笑んだ。エレオノーラは心の中でほっと胸を撫で下ろした。前世の記憶を隠しておくには、この説明で十分だったらしい。
次は、これも昨日から何回もしている首回しだ。エレオノーラが丁寧に説明する。
「首を回すときは、本当にゆっくりと動きやすい方向に動かしてね。無理に力を入れると首を痛めてしまうの。ゆっくり回していると、頭の表面の皮膚が動いているような不思議な感覚があるの、わかる?引っ張られる感じが無くなるまでずっと回し続けてね。途中で特に気持ちいいところが見つかったら、そこでしばらく止まってもいいし、もし肩を動かしたくなったら自由に動いてかまわないんだって」
3人がそれぞれ静かに首を回し始めると、しばらくしてそれぞれに特別気持ちいいポイントが見つかって、自然と動きが止まった。すると、おもむろにヒューゴが肩をゆっくりと動かし始め、シャリシャリ!ゴキ!という小さな音が鳴り始めた。
「……これ、本当に大丈夫なのか?俺の肩が砕けたりしないか?」
ヒューゴが不安そうに上目遣いで尋ねるのを見て、エレオノーラは明るく笑い飛ばした。
「その音は、骨や筋肉が本来あるべき正しい位置に戻ろうとしている証拠らしいよ。でも、無理やり音を鳴らそうとすると逆に痛めてしまうから、わざと音を鳴らそうとするのは絶対にダメなんだって。自然に鳴ってしまうのは全然かまわないって書いてあったわ」
ヒューゴはほっとした顔で、再びゆっくりと首を動かし始めた。フランソワやエレオノーラも肩を軽く動かし、呼吸を整える。
「首がほぐれてくると、頭や全身も楽になってくるんだって。焦らずに気長に続けていきましょう。首回しは、たまに気分転換にやってみるといいんじゃないのかな」
エレオノーラの言葉に、2人も真剣な面持ちでうなずいた。
長い時間をかけて丁寧に首を回し終えると、3人はもう汗だくになってしまっていた。それでも、ゆっくりと立ち上がると確かに体が軽くなって、とても心地よい爽やかな感覚が全身に広がっていく。
「なんだか、いつも痛んでいた腰の痛みが少し和らいだ気がしますわ」
フランソワが嬉しそうな声で言った。
「俺も、なんだか肩が軽くなった気がするな」
ヒューゴが肩を回しながら言う。
3人はそれぞれの体の変化を感じながら、体を動かした後の爽やかな気持ちを分かち合った。
もし、面白いと感じていただけましたら、ブックマーク登録と、ページ下の 『ポイントを入れて作者を応援しよう!』 より、評価 ★★★★★ をいただけますと幸いです。
8月いっぱいは毎日21時に更新します。9月からは2日に1回を予定しています。
X(旧Twitter)のアカウントは、@kitanosiharu です。感想お待ちしています!
https://x.com/kitanosiharu