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この世界に、君がいてくれたから~もう愚鈍なデブの残念令嬢とは言わせない!~  作者: 北野 志遥
婚約破棄から、王都での奮闘

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4.びっくりするほど酷い

 朝食の時間。

 エレオノーラは、マリーを通じていつもと違うメニューを注文した。炭水化物を控えめにして、野菜とタンパク質をたっぷりと摂る健康的な朝食。

 パンの量を減らして、代わりに卵と野菜を増やす。

 同じ朝食のテーブルについた両親は怪訝な顔をしていたが、特に何も言わなかった。

 朝食を終えて、エレオノーラは自分の部屋に戻った。


 最初に確認したいのは、この体がどれだけ思った通りに動くのかということだった。

「とりあえず、かかとをつけたまましゃがむ運動テストから始めてみよう」


 エレオノーラは恐る恐る膝をゆっくりと曲げてみた。膝を少し折るだけでも、太ももから足首までの全てが痛んだ。まるで無理やり引っ張られているようだ。

 そして、まだ途中の段階で——

「……!?おっとっと!」

 バランスを崩しそうになった。体が前に傾く。慌てて立ち上がった。

 エレオノーラは、痛む足をさすりながら考えた。

(これだけ足が動かなかったら、ダンスが苦手なのも当然よね……。ハーマンに愚鈍だと言われても、本当に仕方がないわ。)


 次に、エレオノーラは両腕を天井に向けてまっすぐ上げてみることにした。

 腕を上げる。ゆっくりと。

 でも。

 肩の関節に、鈍くて重い痛みが走り、途中からどうやっても上には上がらなくなってしまった。

(まさかの18歳で四十肩!?こんな簡単な動きさえもできないなんて……。)


 前世で真央が学んだアナトミートレインという理論によると、体は全て筋膜でつながっている。足や肩が動かないなら、他も無事なはずがない。


 エレオノーラは、自分の体がここまで硬く、不自由で動かしにくいものであることに改めて深いショックを受けた。しかも、ほんのちょっとしか動いていないにも関わらず、額や背中に玉のような汗が流れている。


 エレオノーラは深いため息をついたが、いつまでも落ち込んでいても何も始まらない。真央が長年かけて学んだ操体法による体のケアを思い出した今、少しでも使いやすくて動かしやすい体にしていくしかないと前向きに考えた。


 まずは、最も簡単にできて効果的だと言われている足首回しから始めることにした。


 児童デイサービスで働いていた時には、子どもたちに筋膜の繋がりを楽しく意識してもらうために、よくこの運動を一緒にしていた。

「難しいけど、わかるかな?」

 真央は、いつもこう言っていた。

「まず、両足を伸ばして座ります。足首だけ回します。足首しか回していないのに、膝が動いているのがわかったらOKだよ」

 そして、こう付け加える。

「できるだけ、小さくゆっくり回すのがコツだよ」

 子ども達にとっては、「小さくゆっくり」が難しい。けれど、じっと動きを確かめて、「……わかった!」と笑顔になる子の変化は早かった。

 足首がゆるむと、引っ張られていた筋肉が自然にほどけ、体は少しずつ本来の位置に戻っていく。


 エレオノーラは床に座り、目を閉じて体の声に耳を澄ませた。

 力が入りすぎないよう、手は使わない。両足同時は難しかったため、若干動かしやすい右足からゆっくりと回し始めた。すね、膝、太もも、脚の付け根、腰へと続く感覚をたどるように。


 でも——


 いくら意識を向けても、太ももの筋肉がかすかに動くのがわかる程度だった。

 足首ひとつで頭のてっぺんまで全身のつながりを感じられた真央の体とは、あまりにも違う。

 エレオノーラは操体法の基本どおり、右足を動かしやすい方にたっぷり回してから、逆方向に軽く回し、左足も同じように続けた。


 次に、エレオノーラは首を小さく回した。ほとんど止まっているような速さで。

 頭の皮膚がつられて動くのがわかる。

 ゆっくり、ゆっくり。

 その時、部屋のドアがノックされた。

「お嬢様、確認させていただきたいことがあるのですが、よろしいですか?」

 マリーの声だ。

「どうぞ、入って」

 マリーが部屋に入ると、エレオノーラは、ちょうど気持ちいい首の角度を見つけて、ストップしたところだった。エレオノーラは頭を左後ろに倒したまま、半目でマリーの方を見る。

「どうしたの?」

 マリーは、エレオノーラのその様子に一歩後ずさりした。

「えぇと……。もう、王太子妃教育のために登城する必要はないという通達が来たそうです」

 マリーは戸惑いながら言った。

 エレオノーラは、また少しずつ首を回し始めた。マリーの方すら向かずに、体操を続ける。

「あぁ、そうよね。わかっていたわ」

 エレオノーラは小さく笑った。

「……わざわざそんなこと知らせなくてもいいのにね」

 マリーは、おずおずとエレオノーラに訪ねた。

「ちなみに、お嬢様は、一体何を……?」

「ちょっと、健康のために体操しようと思って」

 話しているうちに、皮膚が引っ張られる感覚が無くなった。エレオノーラは動きを止めた。

 頭がすっきりした気がする。視界が少し明るくなった。

「それでは、失礼いたしました」

 マリーが怪訝な顔をしながら一礼して出ていく。

 エレオノーラは笑顔で見届けた。


 体は、一か所だけをゆるめても、すぐに元に戻ってしまう。

 つながりを利用して丁寧に整えていけば、体は最も安定した形へと、ゆっくり変わっていく。

 真央も、そうだった。

 腰の痛みが無くなったら、肩が痛くなった。

 肩の痛みが無くなったら、足の痛みが気になった。

 痛いところが、次々と移っていった。

 そして、いつしか、痛いところが少なくなっていったのだ。


 これだけ体がうまく使えていない状態なら、正しく動くようになるまで、きっと長い時間が必要だろう。気が遠くなる道のりでも、毎日向き合い続けるしかない。歪みが原因なら、体を取り戻すことで、自然と健康的な変化もついてくるはずだ。


「いつまでも、愚鈍な残念令嬢ではいられないもの。頑張るしかないわ!」


 汗でびっしょりになってしまったエレオノーラは、これから毎日欠かさずトレーニングを続けていくことを心の奥底から固く決意した。


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